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簡単な策

「《ミーン! 無茶だって》」

「《うるさい! 僕1人でも行くんだ! そうしないとナットが! ナットが!! 》」


 騒々しさに包まれるレイミール造船所。そこには、腕のないミーンを取り押さえるように動くコウ。騒動を知りあたふたするリク。その状況を半ば静観するレイダ。ベイラー達が騒然としていた。


  ナットがいないとわかった直後、ミーンは城を飛び出し、一目散にに港へと向かった。足の速さはベイラー1であるミーンに追いつける者などおらず、そのまま誰の静止も受けずに造船所にたどり着いく。そして船に乗り込もうとするも、船乗り達が様子のおかしさに問いただしていると、道で転び、川に落ち、全身を水浸しにしながらコウが追いつき、どうにか止める事に成功していた。


「《どこにいるのかもわかないのに、どうやって探すつもりだ! 》」

「《ナットなら笛を持ってる! どこにいようと見つけてみせる! 》」


  押し問答であり、お互い一歩も退かない。かろうじてコウがミーンの体を押さえつけているが、そもそも2人とも、今は乗り手を欠いており、繊細な動きも、力強い動きもできない。その上で、コウよりも長く生きているミーンが、いつすり抜けられるのかは、もはや時間の問題だった。


「《まずは地図なりなんなりを用意するとか、色々あるだろう》」

「《そんなことしている間にナットが捕まったらどうするの! ナットは、ナットは……あのパームが隠れてる場所を見つける為に僕から飛び出したんだ!》」

「《そ、そんなことをナットが言ってたのか》」

「《そんなの言わなくてもわかるよ! 僕の乗り手はナットなんだよ! 》」


  コウが、その言葉に思わず固まる。言わなくても分かるというのは、カリンが乗り手としてコウと共にいたこの一年の間、ほんの1、2回しかなかった。どれもこれも土壇場でおこなわれた物で、いい記憶であったとは言いがたい。しかしミーンはそうではなく、ナットと会話がなくとも通じ合えていると言う。


「《コウは分からないだろうね! いっつも姫さまにべったりだから! 乗って居なきゃ、乗り手の事は何1つわからないんだ! 僕がナットをどれだけ大切な乗り手なのかも、絶対に分からない! 》」


  そして、ミーンは感情のままにコウにナイフを突き立てる。一度口に出してしまったら、引っ込める事はできない。ミーンも、言った後で自分の言葉がいかに剥き出しの感情のままの言葉なのかを理解し、一瞬たじろぐ。そして、その言葉を受け取り、コウは、怒るでもなく、悲しむでもない反応を示す。


「《……そうだよ。わからないよ。だから、本当に、羨ましい》」


  ミーンに突如として羨望の眼差しを受ける。それは本心からの言葉。


「《俺はずっと迷い続けてる。この体になる前もそうだ……ずっと、流されて生きてきた……一度こうだと決めて走れるカリンは、本当にすごいと思う。カリンだけじゃない。ナットとミーンの関係も本当にすごい。……言ってしまえば、ミーンの両手がないのはハンディだ……それを物ともしない》」


  突き立てるられたナイフから溢れ出すのは、真っ赤な血ではなく、心の奥底に溜まっていた、淀みにも似た、普段な口に出さない混濁とした感情


「《だから、分からないことだらけだ。なんでそんなに一直線で動けるのか。なんで相手の事がそんなに分かるのか……でも、それとこれとは別なんだよ》」


  そして、鬱屈とした感情を超えて、真にミーンを想い、言葉を紡ぐ。怒鳴るでも、縋るでもない。淡々と、しかし、決して意図を違えぬように。慎重に。


「《ミーンだけが、ナットを大切に思っているんじゃないんだ。俺も、カリンも、ネイラも、オルレイトも、マイヤも、リオもクオも。ベイラーのみんなだって……だから、そんな事、言わないでくれよ……それは……なんだか、寂しいじゃないか》」

「《寂しいって……なんで》」

「《なんでって、そりゃ……えっと……》」


  コウが、思わず言葉に詰まった。最後の一言が思い描けずにいた。その事が決定打になって、ミーンがコウを振りほどく。


「《僕はひとりでもいく……だから》」

「仲間だから、は理由にならなくて? 」


  そして、バトンを受け取るように、だれかが言葉を繋ぎ足す。コウのすぐ後ろに、その人物は居た。


「今まで、私達があなたがたを蔑ろになんかしたことがあって? ミーン」

「《姫さま……》」

「コウ。惜しかったわね」

「《俺は言葉選びが下手なんだって思うよ》」


  コウの乗り手。カリンが仁王立ちでそこに居た。


「ミーン。ナットは必ず助けに行く。だから、少し、本当に少しまってくださらない? 」

「《なら姫さま。どれくらいですか? 1日ですか? 3日ですか? それとも1週間? 》」

「……いいえ。もう待たなくていいみたい」

「《姫さま! いい加減にしてください! これで姫さまが止めるのは二度目だ! でも今度は……》」


  ミーンが今度こそ怒る。一度、パームの件で問い詰めた事のあるミーンにとって、この静止は、感情を逆撫でするのに有効だった。パームを殺害しないように説得したのはカリンであり、その際に逃れたパームが今の事態を引き起こしている。当然と言えば当然であった。ミーンには、カリンに対する説得の期待値が限りなく0に近かった。


「ええ。二度目だからよ。だから今度こそ間違わない。手段も、結果も全て。その手段が来たわ」

 

  カリンが指差す。造船所から外にでて、港の方角を指している。すると、その指差した先には、騒々しさ辺りに響いていた。


「……メイロォったら。わざわざ使いをよこしてくれるなんてね」

「《メイロォ……ええと、シラヴァーズに何か頼んだんですか?? 》」

「直接その子に聞いた方が早く済むわ」


  シラヴァーズ。この国で出会った人魚たち。人間とは違う価値観と寿命をもつ、恋人を探す旅人たち。その名前が出た事で、 ミーンが疑心暗鬼になりながら造船所を出る。


「シラヴァーズだってよ……本当にいたんだな……」

「あれって御伽話じゃなかったのか……作り物じゃないか……? 」

「《通っていいかな?? 》」


  住人は目の前で広がる光景を信じられずにぼそぼそと話している。住人を追い払いながら、足元に気をつけてあゆみを進めると、港の船着場で腰を下ろすシラヴァーズがいた。髪を二本に束ね、派手に取り繕った、黄色い煌びやかな髪をしている。その外見に、ミーンは見覚えがあった。なぜなら、そのシラヴァーズに、一度弓を撃たれた事があった。


「《……おまえは、あのボウガンをもってきた派手なシラヴァーズ!! 》」

「あ、空色の! やっぱりいい色ねぇ」


  振り向く姿は、幼さが残るものの、活発さを併せもち、不思議な魅力に満ちて居た。住民達もおもわずその仕草に見ほれている。


「《シラヴァーズが人前にでていいの? 》」

「うん。もう海賊には居場所がばれちゃったしね。そのうち攻め入られるより、ちょくちょく遊びにくるようにしたほうがいいだろうって……あ、えっとね。メイロォの頼まれごとなんだけど」

「《そう! それだ! 一体なにを頼まれたの!》」

「こんなおっきい首飾りもらったからねー。ちゃーんと教えちゃう」


  見せびらかすように胸元に下がるネックレスをこれ見よがしに見せる。金の鎖で囲われ、真ん中に指先ほどの青い宝石がはめ込まれて居た。たしかな豪華さがそこにあった。見せびらかしたことで気分をよくしたのか、饒舌に話はじめる。


「船を用意しなさい。案内してあげる」

「《……えっと、名前は? 》」

「あたしはシロロ。人の作った武器とか、物とかが大好きなの。貴方は?お声の可愛らしいベイラーさん」

「《僕はミーン。……まって。案内って? 》」

「あたし、貴方とちがって汚い空色をした、空飛ぶベイラーが帰るお家を知ってるわ」


  汚い空色とは、アーリィベイラーの、青黒い体のことであり、そのおうちとは、ナットが向かった先に違いなかった。




 ◆


  ナットはずっと困惑し続けている。捕まったが最後、自分の命は無いと思っていた。それが今や明かりの灯った部屋に入れられて、さらに衣服と食事も与えられている。衣服も粗末なものではなく、ほつれも汚れもない清潔で綺麗な白い布でできたもの。食事は、このサーラでよく見た魚料理。味もよく、毒もない。ナットのこの待遇を指示したのは、この場所の長、鉄仮面の男直々の物であるのが、ナットの混乱をさらに加速させていた。


「……僕は、どうすればいいんだ」


  最初は、この場所を見つけることで、カリン達の助けになればと思い、ミーンの中から飛び出してきた。しかし、見つけた場所は、想像だにしない物で、その実行者は、まるで普通の、いわゆる良い人であった。混乱は、自身の選択が選べない事を指す。ナットの場合は、この後、どうすればいいのか。この先、カリン達に出会ったとして、どうすればいいのか。最初の意気込みは、いつのまにか消え去っていた。


「何が正しいんだ……何をすればいいんだ……」


  与えられた服と、自分が脱いだ、砂だらけの服を見比べる。しばらくすれば船が出て、自分はサーラに帰れれると言う。それはナットにとってあまりに都合が良かった。


「このまま、じっとしていよう……」


  あてがわれた部屋でひとり仰向けに寝転ぶ。牢屋としては上質で、きちんとした寝床もある。その事がナットをさらに思考することを邪魔させる。ナットは、今まで自分で何もかもを決めてきたつもりでいる。しかし、彼が郵便の仕事をし始めたのも、彼の叔父の仇を打たなかったのも、前者は叔父の勧めで、後者はカリンの説得で決断している。彼自身の決断ではない。後者に至っては、最初は納得していたものの、その事が原因で、今のパームが生き残っている状況を生み出している事に、決断そのものに揺らぎが起きていた。ナットは、自分ひとりで物事を決定するのがすこし苦手であると自覚し始めている。13歳という年齢でこの自覚が得られるだけでも十分であるが、この部屋の中ではなんの慰めにもならなかった。


「今頃、みんな怒ってるかな」


  そして気にしだすのは、自分が置いてきてしまった仲間達。特に自分のベイラーについて考え出す。


「びっくり、してたもんな……」


 ミーンへ「行ってくる」と一言言っただけで、自分の意図さえ話さずに飛び出してしまった。ベイラーには人間のように表情があるわけでないが、それでも、ミーンが驚いていたのだけは分かった。自分の首から下げる笛を撫でる。ミーンに会って、自分はどうすればいいのか。


「ベイラーを作ってる島……その黒幕みたいなのにも会えた……でも、それがなんの為なのかまるでわからない……どうみんなに話せばいい……ミーンに……なんて言えばいいだ……」


  揺らぎの幅は徐々に大きくなり、そのうち、考えるのをやめていく。考えても考えても答えが出てこない。そして、行動に移したくとも、どう行動すればいいのかもわからない。終いには、何もかもが面倒くさくなっていく。


「帰ってから考えればいいか……みんなに謝って……それから……」


  仰向けから横になる。眠りにでもつこうかとしたとき、枕の高さが随分と高い。用意されたベッドはいわゆる大人用で、体の小さいナットには合っていなかった。あまりに首が窮屈であり、仕方なく自分の服を乱雑に折りたたみ、即席の枕にして横になる。郵便の仕事が終わって昼寝をする際に、ナットがよくやっていた習慣のひとつ。そのまま、まぶたを閉じようとした時だった。砂の違和感とは別に、服の中に知らない感触がある事に気がつく。自分が気がつかなかっただけで、もしやまだ食べられる物が入っていたのかもしれないと期待に胸を膨らませ、自分の服を弄る。


「パン……じゃないな……固い……」


  探しても見つからない為に、おもむろに畳んだ服をはたく。何度か手を叩いた後、それがころりと地面に落ちた。


「なんだこれ……燃えカス?……」


  それは木片だった。大きさは手のひらに収まるサイズであり、乾燥してパサパサし、ところどころ煤けている。この木々がない島の地下で、なぜこんなものがと首をかしげるが、次第に、それが何だったのかを思い出す。


「こ……これ……あの子のか!! 」


  それは、自分の目の前で燃え尽きた、名も知らぬベイラー。痛めつけられたのか、それとも無理やりな改造をされたのかは定かではない。しかし、その体にあるべき本来の色は剥がされて無くなり、節々のサイクルは十全に回らず、立ち上がる事さえできなかったベイラー。そして、そんな体になってなお、近づいてしまったナットを遠ざけるべく動いてくれた、心優しいベイラー。その彼の破片が、ナットの服に引っかかっていた。あの炎でまだ燃え尽きていなかった場所があったのか、しっかりと形として残り、ナットの服にくっついていた。そして、その破片をみて、ナットの思考が急激に回り出す。今の今まで、思考を停止しようとすらしていた彼に、新たな活力が与えられる。


「あの旦那って人が、どれだけいい人なのかはよく分かった……でも、それでも」


  飛び起き、与えられた服を脱ぎ捨てる。そして、いつもの、少々みすぼらしくも、使い慣れた服に着替えた。胸に下がる笛を大切に握りしめる。


「人がやっちゃいけないことを、あの人はしてる。それだけは確かなんだ……ここから逃げなきゃ」


  決断と決意がナットを奮い立たせた。もうこの場で彼がぶれる事はない。扉が開き、周りに人が居ないかどうかを確認して駆け出していく。


「やる事は変わらないんだ。アーリィベイラーをつかって逃げる。それしかない」


  アーリィならば、走る事もでき、万が一追い詰められても、変形して空も飛ぶ事ができる。ここから船を奪うよりずっと早く逃げ切れると考えた。


「まずは、さっきの場所に……」


  そう、ナットが決意した瞬間だった。突如、耳をつんざくような、金属をガンガン叩くような音が騒音がこの地下に響く。同時に、この島全体が一気に騒がしくなった。


「もう見つかったのか! 早すぎる! 」


  ナットが、自身の危機を直感し、駆け出す。目指すは、ザンアーリィ達が並べられている倉庫。余裕さえあらば、あの燃え尽きたベイラー達の元に行き、別れの言葉一つ言ってやりたいが、今そこまで出来る余裕がナットにはない。


「全てが終わったらもう一度、今度は花を持ってきてやるからね」


  騒がしさはいよいよもって大きくなり、怒号も一緒に聞こえ始める。隠れながら逃げなければならないなと考えていると、なにやら遠くの怒号がおかしなことを言っていた。


「海賊がなんでこんなとこに! 」

「しかも髑髏の旗だ! あの髑髏は伝説のレイミール海賊だぜ! 」

「200年も前の海賊がどうして! 」

「いいから武器をもて! 鉄仮面の旦那に殺されたくなかったらあのベイラーを死守だ死守! 」

「(……海賊……まさか、迎えにきてくれたのか! でもどうしてここが……)」


  一瞬の疑念を振り払い、生まれた好機を最大限に生かす、混乱の最中にある島の中を縫うように、時に走り、時に歩き、時に横穴に入りながら、誰にも見つからず、誰にも気がつかれずに倉庫へとたどり着く。


「青いベイラー……いた!! 」


  そして、よこにずらりと並ぶベイラーの集団。その一番近くにたどり着く。アーリィベイラーのすぐ側まで来たことで、改めてその姿の異様さが浮き彫りになる。蛍光色めいた緑色のコクピットに、青い絵の具に黒をぶちまけたような、濁った発色。そして、顔は一つ目。特徴的ではあるが、どれもベイラーには無い特徴だった。


「一体どんな事をすればこんなベイラーを生み出せるようになったんだか」


 そして、ペタペタとコクピットを触る。だがここで、今まで失念していたある事実を思い出す。


「どうやって乗るんだ!? 」


  普通のベイラーであれば、心を開き、迎え入れてくれることで、人はコクピットに収まる事ができる。一度迎えてもらえれば、その後の出入りは自由だ。しかし、今目の前にいるベイラーは、そもそもこちらを認識していない。ただ突っ立ってぼーっとしているだけだ。これでは中に入る事ができない。


「パーム達はどうやって……」

「この薬がいるんだなぁ」


  一番聞きたくない、一番見つかってはいけない人間の声が、背後から聞こえてきた。とっさに跳びのき、背後を確認するも、振り向いたのと同時に、その腹に蹴りを入れられ、無様に吹っ飛ばされる。


「こいつらは意思もなければ心ってやつもねぇ。だからこのクラシルスが居る。こいつがあればどんなベイラーでも出入り自由だ……まったく。こんなところで見知った顔に会えるとはなあ」


  へっへっへっへと。耳障りな笑い声が聞こえてくる。パームが、ナットを蹴飛ばし、勝ち誇ったように笑っていた。背後にはそれぞれ武器をもった男たちが控えている。ナットが、自身を蹴飛ばした男を睨みつける。そして、憎き名前を呼ぶ。


「パーム、アドモント……」

「海賊がどうしてこんな場所を見つけたのかようやくわかったぜ。お前がここまで案内したわけだ……まぁその前に、どうやってお前がこの場所を見つけたのかが気になるが……今はどうでもいいか」


  パームが己の武器を抜く。ベイラーに使わせる物とおなじ、分厚い鉈。片手で振るう事のできるギリギリの大きさをしているその刃には、使い込まれた血の跡がまざまざと残っている。


「さて……人質としてはかなり上等だ。だがチョロチョロにげられても困る。なら……別に足の一本や二本は無くなってもいいなぁ!! 」


  縦斬りの要領で思いきりふり抜かれる鉈を、間一髪でかわすナット。そして頭の中で、この窮地をどう乗り切るかを、必死に考える。


「(戦うのは無理! 相手の方が数がおおい! 罠は? そもそも道具がない! 言い負かす? もう相手は武器をもってる! )」


 そして、考えれば考えるほど、窮地である事が再認識される。ナットにとっての困難の最大値が1秒毎に更新されていた。振り抜かれる鉈を、武芸など習っていないナットは不恰好になりながら必死の形相で避ける。反撃する暇もなかった。


「(ベイラーには乗れない。武器もない。どうすればいい! どうすれば!! )」


  だが、決して諦めなかった。もうぶれているナットはそこにはない。けっして考えることをやめずに、自身の目的を果たすために、ひたすら考え抜く。すでに剣戟が5手目に差し掛かる頃。諦めないナットの頭に、一つの妙案が思い浮かんだ。


「(……前に、コウが言ってた。姫さまに蹴り飛ばされて、倒れた事があるって)」


  見上げる先にいるのは、その空を飛ぶために大きな翼を携えた結果、見るからに背中側に重心があるアーリィベイラー。よく見れば、腰が若干仰け反っていいる。背中側がかなり重たいのが見て取れた。


「……やるしかない! 」


  そして、その案にかナットは賭けた。意を決して走り出す。軽快な身のこなしで、ナットはアーリィベイラーの肩にまできた。それを追いかけるように、ナットが駆け上がる。武器を持った男達は、そこまで足腰がつよくないのか、駆け上がると言うより、よじ登る形で追いかけてくる。


「何をしようとしても無駄だぜぇ? 」

「そう言う台詞は、僕を1発蹴飛ばせるようになってから言ってよね」


  ナットが挑発する。わかりいやすいが、たしかに今までパームの鉈が当たったことはない。体の小ささとそのすばしっこさで、尽く間合いを外されていたのが原因ではあった。パームの頭の中でも、その事が懸念としてあり、この挑発に乗る気でいる。そして、パームはその先を読む。


「(あいつは俺の蹴りを呼んで躱し、そのまま逃げる気でいる……だがこっちがそのままこの鉈をぶん投げちまえば、脳天をぱっくり割ってお終い。簡単な仕事だ)」


  何度想像しても、この手段があまりに有効に見えた。笑顔を作りそうになるのを必死にこらえながら、ナットの挑発に乗る。


「オラぁ!! 」


  何の形もない。前に向けて蹴飛ばす蹴り。つま先を相手に突き刺すように蹴り上げるその蹴りを、パームは、想定として、避けられる事を考えている。見かけでも威力があるように見せかけ、この蹴りを躱させる。そうすることで、鉈の投擲を確実に当てる気でいた。


「……がぁ!! 」


  ()()()()()()()()()()()。ナットはモロに蹴りを受け、再び吹き飛んでいく。体の軽いナットが、大人のパームの、それも全力の蹴りを受ければ当然だった。しかしこの自体に、一番驚いたのはパームだった。


「なんで避けねぇ? 」

「こうする為さ!! 」


  吐き出すように叫んだナットが、吹き飛ばされながらも自身の標的を見据える。それは、目の前にいるパームでもなく、今まさに追いついてベイラーの肩で渋滞している男達でもない。ナットはずっと、ある一点しか見ていない。その一点とは、たった今自分たちが足場にしている、青黒いベイラー。アーリィベイラーの頭。その側面。


「うあぁああああああ」


  獣のような叫び声上げ、体当たりにも似た蹴りによる突撃を、ベイラーにかけた。パームが全力で蹴り上げた事。ナットの全力の蹴りをさらに後押しする。そして、アーリィベイラーの頭。その側面に思いっきり蹴りを入れた。ナットの行動の一つ一つにまるで意味を感じず、パームは呆れた様子で話す。


「おいおい。蹴りすぎてついに頭までおかしくなっちまったか? 」

「これでいいんだ。武器もない。人もいない。なら、こう言うのを利用するのがきっといいんだ」


ナットが、その勢いを殺しきれず、空中に自身を放り出されながら、確信をもって言った。


「これが僕の逃げ道だ」


  そして、ナットの言葉の意味を、パームは理解する。アーリィベイラーが、その二足で立った状態で、頭に、それも横からの衝撃を受けた事で、一瞬ぐらりと揺れた。そして、この一瞬が、ナットが考えぬいた策。一瞬でも重心がぶれたアーリィは、一気に重心が不安定になる。背面に重い翼を持ち、そしてただでさえ意思のないベイラーであれば、自分で力んで調節することも無い。結果として、アーリィベイラーは、自分の体重を二本の足では支えきれず、かつ、とっさに腕を出すこともできず、大きくゆれながら、仰向けに倒れこんでいく。足場がくずれたパームが、ついに驚愕の表情を隠さずにいた。


「こいつ、ベイラーを押し倒すために、ワザと蹴りを食らったってのか!! 」


  武器をもってよじ登っていた男達は、突如倒れこんだベイラーの下敷きになり、何人かは打撲に、何人かは足や腕を挟まれ、痛みに悶え苦しんでいる。パームはと言うと、一瞬、誰よりも早くナットの真意を見抜いたお陰で、ベイラーから飛び降りて事なきを得ていた。倒れこんだ事で地響きがなり、あたりが木屑で何もみえなくなる。遠のく足音が、ナットがこの場からすでに逃げ出している事を意味していた。


「……くっそ」


 悪態をつきながら、パームが後を追いかけ始めた。


 ◆


「やってやった! やってやったぞ! ゲッホゲッホ」


  ナットが喜びみ満ち溢れながら、走る速度は落とさずに港へと向かう。二度も蹴り込まれた脇腹がズキズキと痛むが、今は痛みにかまけて足をとめるのだけは避けたかった。


「もうすぐだ。もうすぐ、この島の港に……一番最初に来た場所に着く」


  希望に満ち溢れながら、出口の光に駆け込んでいく。この出口まで、ナットは誰一人としてそれ違わなかった。それもまた、ナットを勇気付ける要因として作用する。


「もうすぐだ。もうすぐ!! 」


  そして、出口にたどりつき、何日かぶりの日の光を浴びる。


「やぁ。少年。また会ったね」


  そして、絶望が再び体を支配した。鉄の仮面を被った男と、周りには、人間を射殺すための弓を携えた、荒くれ者ではなく、完全に私兵として男に付き従う者たちが、ナットにむけて弓を番えていた。仮面に隠された表情は逆光で何もみえないが、すくなくとも、笑っていないことだけは声色で判断できた。


「……旦那、さん」

「おやおや、覚えていてくれて嬉しいよ。でも、いけないなぁ。あの祭儀場を見て泣き叫んだ君なら、きっといいアーリィベイラー乗りになって、私をたすけてくれると思っていたのだが」

「ふざけるな! 人の都合のいいようにベイラーを作るような男に僕が従うと思ってるのか! 」


  旦那がナットの主張を受け入れ。一瞬思案する。そして、弓兵たちの弓を下げさせる。その行動に、混乱ではなく、猜疑心をもってナットが望む。


「君は勘違いをしている。私はただ、この龍に支配された世界を変えたいだけなのだよ。君の処遇は、君の考えられる想像など遥かに超えた物を与えることができる。君はただ、私を、ほんの少し助けてくれるだけでいいんだ」


  すっと、人間の弱いところを補填してくれるような優しい声色で、ナットが包み込まれる。一歩ずつ歩みを進め、ナットのすぐそばまで寄る。


「私と一緒に、人が我が物顔でいるこの世界をかえようではないか。私にはそれが手伝える。君ならばそれが出来る」


  手袋を取り、鉄仮面は右手を差し出す。その手も顔とおなじように火傷にまみれ、膨れており、あまり綺麗とは言い難かった。ナットはただうつむき、その手だけをみて、答える。


「貴方はきっと誰かに優しくできるいい人なんだ。僕も同じように優しくしてくれた。貴方はいい人だ。」

「そうかい」

「でも貴方はベイラーを殺した」


  その手をナットが振り払う。俯いた顔は決意と共にあげられ、その目はしっかりと鉄仮面を見据えている。もう迷いは無かった。


「僕らはベイラーと一緒に生きているんだ。そしてベイラーも僕ら人と一緒に生きてくれているんだ! それを、ベイラーだけ僕ら人の都合のいいように形を変えようだなんて、それも、その自覚がないままやってるなんて、パームより酷い悪党だ!! 僕は、貴方の味方には、絶対にならない!! 」


  それは、明確な決別だった。空気が凍り、静寂が訪れる。その静寂を破ったのは、他でも無い鉄仮面の男だった。その声色は、怒りもでなく、悲しみでもない。憐れみだった。


「残念だ。君もまた古き人間だったということだ。さらばだ少年」


  鉄仮面の男が手をあげると、弓兵が弓を番えて引きしぼる。狙いは正確にナットの体を貫くもので、容赦も油断もない確実な殺害の意図が見て取れた。ここでも、ナットは必死に考えている。つい先程、自身の窮地の段階を更新したばかりだというのに、それ以上の窮地が訪れ、しかも周りには何もない状況というのが、ナットを苦しめた。


「(なんだ。何がある! あと僕に何がある! 砂をかけて目くらましをするか! 服を脱いで虚をつくか! どれもこれもだめだ! 相手は今度は飛び道具をもってる! にげきれない! 戦うしかない! でも、どうすればいい! 今度はどうすればいい!! )」



  だが、この窮地でも、ナットは諦めていない。今までのナットであれば、自暴自棄になって思考を停止していた。それは、自分の目的が明確ではなく、受動的であった為。しかし、この島での体験は、ナットを人間的な意味でも大きく成長させていた。だが、その急成長をもってしても、少年のも力と、今訪れている絶対的な窮地は、変えようがなかった。


「(だめ、かぁ!! )」


  今度こそ、全く手が思いつけなかった。しかし、歯を食いしばり、あわよくば弓がはずれ、まだ足搔ける未来を思い描く。弓が当たるまで、自分の命運を否定的な物に支配させることは断じてなかった。弓がゆっくりと引きしぼられていく音を嫌でも耳にしながら、それでも諦めずに走ろうとした。その時だった。


「笛をつかうんだ!!! 」


  誰かの声が、ナットの耳に届いた。そして条件反射で、胸元にある笛を、肺いっぱいの空気を使って吹き鳴らす。音階もない、ただの単音が、この島に、弱く、しかし確実に響いた。その笛の音に込められた願いはただ一つ。今の今まで、ナットが考えもしなかった、だが確実に今打てる最後の一手。


「放て」


  笛の音が鳴り終わるのを待たずに、鉄仮面の男が弓兵に号令をかける。その号令に従い、まるで人形のように一糸乱れぬ動作でナットに弓を放つ兵たち。これで、瞬きする間にナットは弓で貫かれる。だが、ナットは、すでに最後の一手を打った後であった。


「《……僕を呼んだ?》」

「……うん。呼んだ」


  上空から、海水を伴って振りそそぐベイラーが、その弓をことごとく体で防ぐ。人間用の小さな弓では、ベイラーの体に掠り傷しかつけることができない。空色の体が立ち上がり、はためくマントが砂浜を濡らす。


「《はじめて、そうやってよんでくれたね》」

「うん。……これ、今までこんな使い方、したことなかったから」


  ナットは、一つの想いを込めて笛を吹いた。それは、最後の最後に打てる策。今の今まで、ナットにはなかった選択肢。それは当たり前過ぎて気がつけない、ただ一つの願い。


 それは仲間に、助けてと叫ぶ事。もうナットは1人で戦ってはいなかった。

ナットはようやく、誰かに助けを求める事が出来るようになりました。

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