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人のベイラー

※ 人によっては胸糞注意

  ナットがパーム達の後を追いかけていると、すでに何人かの人間に見つかりそうになり、その都度体の小ささを生かして隠れ、やりすごす。少ない時間この場を見ただけでも、この島の至る所に人の手が入っている。長年の風化によって空いた洞窟に、格子状の骨組みをつくり、箱状にして人間が寝泊まりできるように整備が進んでいる。ナットが入り込んだ洞窟以外にも、見えないだけで整備が進んでいるのは、先程すれ違った者が持っていた物を見て判断できた。


「(……野菜だ。野菜をここで作ってる)」


 種類までは遠目で分からなかったが、泥がついたままの、収穫直後の物が籠に入れて運ばれていた。大人数が滞りなくこの島に住めるように、食事も、排泄も、営み全てが完結できるようになっている。


「(でも、野菜だけじゃ生きていけない……きっと誰かがここに食べ物だとかを運んでるんだ……ベイラーもきっとそうだ。空から見た時、ソウジュの木は無かった。なら、あのベイラーは、うんと遠い所から、船で運ばれたんだ……)」


  ベイラーは、ソウジュの木と呼ばれる、巨木から成る種である。それに手足が生え、人間が乗り込み、遠くに行く事で、自身を芽吹かせる。ソウジュの幹は白く、種は七色。孤島であるこの島で一本でも生えてるならば、上空から一目で分かる、絢爛な外見をしている。だが、ナットはそれを見ていない。


「(……ベイラーは人間と一緒に居てもいいって思ってくれるから、一緒に居てくれるのに、それを、僕らの都合だけで働かせようなんて、なんて連中だ)」


  ナットの怒りは、乗り手としての考えからくる、彼らの無遠慮な行動に対して物。たしかに、ベイラーは人間より大きく、力がある。コウが造船所で行ったように、船を作る事一つでも、人が何人掛りで、何日もかかる作業を、1日で終わらせてしまう。ナットの故郷、ゲレーンでは、人の手では難しい広大な土地を耕すのに、ベイラーの手は大いに役に立つ。


  だが、それもこれも全て、ベイラーが人間の言うことを全て聞き入れてくれる家畜だからではない。彼ら、彼女らは、そうする事で、人間が生き長らえ、繁栄し、自分たちを遠くの場所まで連れて行ってくれる、交換の条件を満たしているからだ。付け加えるなら、そこにベイラーは、人間の事が大好きで、人間の為になるならと、善意の元で手助けしてくれている。


  もし、ベイラーが、人間を協力するに値しない者だと判断した瞬間。人間はもう二度と、ベイラーの恩恵を受けることはない。逆に、ベイラーに人間が従わざる負えない。ベイラーは人間など、いとも簡単に踏み潰せてしまう。


「(それをしないのは、全部ベイラーが人間を好きで居てくれてるからなのに……それを……ッツ!)」


  怒りに震えていると、すぐ側から足音が聞こえてくる。同時に、笑い声がきこえてきた。その笑い声は、やけに耳障りで、同じ間隔で聞こえてくる。その声を、ナットはよく知っていた。


「(パームの笑い声!? 隠れられる場所は……)」


  周りを見渡し、洞窟と洞窟の間の、風化によってできた穴なのか、人一人がギリギリ入り込める場所をみつける。そこに身を滑り込ませ、出来るだけ奥まで引っ込んでいく。聞こえてくる足音は、一人ではなく、何人かものも。息を止め、じっと体を動かさずにいる。心臓の音だけが、ナットの耳にやけに響いてくる。


「(通り過ぎてくれ…………)」


  パームの一団はすぐそこまで来ていた。話し声までもが耳にはっきりと聞こえてくるほど距離は縮まってくる。同時にナットの鼻にツンとした酒の匂いが漂ってくる。話し声を聞いてみると、何人かは呂律が回っておらず、足取りもおぼろげで、すでに出来上がっている者もる。そして、パームは酔っておらず、まだ舌は回っていた。


「へっへっへっへ……いやぁぶったまげたぜ……旦那は俺たちには考えつかねぇでかいことをしようって事だなぁ」

「あれ、俺らも乗れるんですかね!? 」

「おうよ! むしろ使いこなしてくれなきゃ困るのはオメーらだぜ? ケーシィより下手くそだってなじられたくなかったら必死でお勉強するこった」

「えー勉強かよー! おれっちヤダぜー」

「ならてめーはケーシィ以下だマヌケェへっへっへ」


  会話の内容はわからないが、彼らのご機嫌がいい事だけはよくわかる。近くに侵入者が居るなど考えもしていない。ナットが一安心していると、思いもよらない会話が聞こえてきた。


「うっぷ……気持ち悪い」

「だぁ! オメェまた酒が弱ぇくせにガブガブのみやがって。このパーム様の服を汚してみろ? 二度と酒が飲めなくしてやるからな」

「すいませ……うっぷ」

「パ、パームさんやべーよこいつ! 」

「いいじゃねぇかその辺で吐いとけ。()()()()()()()()()()()()()


  ナットの体に戦慄が走る。まったくの偶然であるが、彼らの指差した穴は、ちょうどナットが今身を潜めている場所。都合が良すぎて、ナットはすでに自身のことがバレているのではと一瞬は考える。だが、そんな事よりも、むしろ、今までのことがそんなことになってしまうほど、緊急の事態が彼に迫っていた。


「(ヤダヤダヤダヤダ! どうする! )」


  このままあの男が吐けばどうなるか。想像するだけで生理的嫌悪がその身を包んだ。さらに、もし、あの男がこのまま吐けば、仲間が側によってくる。その時、自分が見つかってしまう可能性もある。


「(こんな事で、こんな形でみつかってたまるか……なにか、なにか……)」


 必死に周りを見る。しかしどこを見ても岩、岩、岩。かろうじて色合いが違うだけで、特に他には何も変わらない。


「(このまま浴びなきゃだめ!? 声をおさえて!? よしんばそうしたとして、今度は僕の匂いがひどいことになる! 隠れるどころじゃなくなる! )」


  もっともらしい言い訳を見つけ出すも、彼にとっては重要であった。もし、ナットが勇気をもってこのまま誰とも知らぬ物を浴びたとして、その匂いは隠す事ができない。隠れながら進む必要があるナットにそれは重すぎるハンデだった。


「(そうじゃなくても浴びたくない! )」


  理性とは別の部分でも、心の底からからそう思い、何か手立てはないかと頭を巡らす。自分の持っている服を頭からかぶってやり過ごすか、それとも、相手が酔っているのをいい事に突破するか。ナットの頭に浮かんだのは二つ。


「(ひとつめは、僕の上着でなんとかなる……でもこの狭い場所で脱げるか……もう一つは、最悪の手段だ……もしパームが酔ってなかったら……そのあと、酔っていない別の誰かに捕まる事だってありうるのに……でも、今捕まるなら)」


  ナットは覚悟を決め、懐から武器をさがす。


「(せめて、パームに一撃……)」


  自分の叔父から貰い、普段そこにあるはずのナイフがない事に気がつく。この島に来た時に、ベイラーに差したままで引き抜けずにいた。


「(は、はは……なら、とりあず息を止めて……)」

 

  肩を落とし、目線を下に移したその時だった。ずっと岩だとおもっていた部分に、なにやら、別の質感を持った物が落ちている事に気がつく。それは透き通った色をしており、とても細長い外見をしている。丸い棒の表面だけが転がっているような、不思議な形をしていた。


「(……これ、なんだろ)」


  足でつつくと、乾燥しているのか、パラパラと一部が崩れる。そして、崩れた部分をよくみれば、そこには、鱗のような模様が付いている。


「(……抜け殻? なん……の……)」


  長い体。鱗。そして、この、湿っぽい洞窟。この条件に会う動植物を、ナット走っている。


「(……どこだ……どこに……)」


  今度は、自分を守るためではなく、それを探すために首を動かす。探す目標が違うだけで、あっさりとそれは見つかった。ナットが隠れた穴の、さらに奥にある小さな穴に、それはいた。長い体。鱗に覆われた表面。湿った体。なにより、口の外にまで見える巨大な牙。


「(……キルネックだ……間違いない)」


  コウのいた世界での、蛇の外見をしているその生き物は、主に湿地帯や洞窟に生息する、脱皮しながら成長する生き物であり、獰猛で、チューブ状になった舌をもち、その牙は、標的に穴を開け、中身を吸い出す為の、彼らの必要不可欠な道具である。そして、彼らの主な標的とは、海から上がったミルブルス等の、巨大な哺乳類。その哺乳類は、人間も該当する。


「(寝てるとこ悪いけど……ちょっとお願い)」


  ここで、ナットが今度こそ勇気をふりしぼる。手短な石を手に取り、表面を思いっきり殴る。そして、すぐさま自分はしゃがみ、キルネックの視界から消え去る。そして、その行動のすぐ後、パームの一味であった男の胃はすでに決壊寸前になっていた。


「気持ち悪い……うっっぷぇ……」

「さっさと出すもん出せ……まったく……」


  パームが彼らに背を向け、くすねてきた果物をかじろうとした、その時だった。


「うあぁああああああああ!! 」

「なんだうっとうしい……ッツ!? 」


 穴の中から、こちらを覗き込む二つの目。縦に伸びる瞳孔はしっかりとこちらを認識している。滑るような鱗は、薄い灰色と、黒と黄色が混じったマダラ模様が並んでいる。小さな頭と、長い、大きな体。全長は3mほどになる。


「shaaaa……!!」


  そして、特筆すべきは、そのちいさな頭には似つかわしくない、巨大な牙。獲物を一撃で行動不能にするための、必殺の武器。


「このマヌケェ! キルネックの寝床に吐くやつがいるか!! 」

「お、おれはまだ吐いてねぇっよぉ」

「いいからもってる水ぶっかけて走れ!! テメェのゲロでも酒でもいい!! 」


  ここに来て、パームの判断は的確だった。キルネックは体温を調節する機能がない。冷たい水を浴びれば体が冷え続け、鈍くなった隙に逃げる事ができる。


「くそう! あとで見つけ出すの面倒だが、いま手ぶらでなにもねぇ! 死にたくなかったら走れ!! 」


  懐から水をとりだし、がむしゃらにぶちまける。キルネックの体や目にはいり、一瞬怯む。その隙にパーム達がその場を後にする。駆け出していく姿をキルネックは捉え、寝起きで、さらに水をかけられた後で鈍くなった体をうごかしながら、ズルズルと鈍い動きで這っていった。


  いろいろな意味での窮地を脱したナットが顔をのぞかせる。キルネックがゆっくりと進んでいくのを見届けて、ふとおもった。


「……(つがい)じゃないよな……???」


  自分がたった今叩き起こしてしまったキルネックがもし番なら、いまここにいる自分も同じくあぶないのではと、元いた場所に戻ると、そこには何もなく、ただ、抜け殻だけが散乱していた。


「……光? 洞窟の中で? 」


  ふと、覗き込んだ先に、小さな、しかしたしかに明るく見える光が見える。どこかに繋がっている事だけは確かなようで、横穴に体を滑り込ませる。


「よし。オルレイトだったら入れなかったな」


  自分の体の小ささがここまで有用に使える事に嬉しさがある反面、成長しなかったらどうしたものかと考える。13歳の彼は、10歳の双子とそれほど身長に違いがない。焦りがないといえば嘘になる。


  ひとまずの邪念を振り払い、己がキルネックになったように、横穴を這っていく。匍匐前進しながらもう一匹のキルネックが居ない事を願いつつ、慎重に、かつ素早く進んでいく。途中、ナットの鼻にまた別の種類の臭いがただよってくる。


「今度は酒じゃないや……もっと焦げ臭いぞ……」


  服の裾で鼻を抑えながら、ゆっくりと進んでいく。光は徐々に大きくなり、出口が見えてくる。ナットは、ここが外に出てるのではないと始めて勘付く。今、自分は坂にいて、その坂を下っている形だった。


「もっと下……地下でなんで明かりが? 」


  だんだんと匂いが強くなるのを感じながら、やっとの思いで横穴から顔をだす。


  そこは、だだっ広い作業場だった。幾人もの人々がせわしなく動き、汗を流しながら作業をしている。屈強な男達が重い荷物を運び、痩せた男が板に何かを書き連ねている。何人かは、ゲレーンでもよく使われる、紙を使っていた。


  そして、この地下での明るさは、油を染み込ませた紐に火をつけたランプが、何本も灯っている事が原因だった。鼻をつく匂いは、油が燃える時の独特な刺激臭にあたる。


「………ここは、一体? 」


  孤島の地下。そこに集う謎の集団。一番の違和感は、この場所には、パーム達のような荒くれ者が誰一人いないこと。誰もかれも身綺麗で、盗賊のようには見えなかったた。


「なんでこんなとこに、こんな人数が……? 」


  疑問しか上がってこない現状を知るべく、頭をもっと外にだした、その時だった。ランプが揺れ、ナットの視野の中に、それが映し出される。それは、鉢植えの形をしている。土が盛られてた中に、男達が樽いっぱいの水をせっせと流し込んでいる。庭師がつかうような枝切りハサミで、要所要所の葉を切り取り、剪定をしていた。


「もうそろそろだと聞きましたが」

「はい旦那様。もうすぐ生まれます」

「(なんだあの仮面の男……それに……生まれる……一体なにが?? )」



  地下で、男達に指示を出している者とは別に、異様な風貌をした男がそこにいた。王族のような豪華な服に、それに不釣り合いな、鈍色の鉄の仮面。歪な組み合わせで、いよいよ頭が混乱してくるナット。一体何をしているのかまるでわからないでいると、突如として地下が騒がしくなる。元凶に目をやれば、一つの植木鉢に実った、紫色をした実が、いまや落下しようとしている寸前だった。男達は急いで、落下する実を受け止める用意をしている。分厚い布を何枚も重ね、それをさらにベットのように平らな担架を十数人で運び出す。落下する場所をあらかじめ決めるためか、実の脇には、太い棒がしかれ、いつでも、担架の真下に落とせるようにしてある。


  そして、その時が訪れた。実はゆっくりと落ち、棒をレール代わりにて転がっていく。そして、担架に着地すると、ぼふんと大きな音がなり、実は割れずに済んだ。つぎに、落下した実に駆け寄る男達が、今度はその実を外側を、のこぎりで切断し始める。何十人掛りで、外側を輪切りにするように、実の外側を外していく。


  彼らの中で、その作業は慣れた物なのか、あっという間に外側の皮だけを切り取ってしまう。そして、中身を見て、地下に歓喜の声があがった。


「よし! 成功だ! 3体目も大丈夫だ! 」

「俺たちの手をいれたベイラーが、いよいよ物にしてきたという事だなぁ! 」

「いくぞぉ。運べぇ! 」

 

  中身を慎重に運びだしていく男達。その中身に、ナットは見覚えがありすぎた。


  それは、あの、紫色をした、パームのつかっていた空飛ぶベイラーだった。


  ナットの頭の中で、今見ている光景と、今までの謎が、全て噛み合っていく。同時に、疑問と、怒りが湧き上がってくるのが抑えられなくなる。


「そうか……だから、同じ形で、同じ色をしていたんだ……だから、数があったんだ……」


  奥歯を噛み締め、今見ている光景を忘れんとする。ナットが見ているのは、植木鉢。その数20はくだらない。この地下の空間いっぱいに広がっている。その植木鉢に生えているのは、大きさこそ違えど、見慣れな白く、美しい幹をした植物。


「人が、ソウジュの木に何かしたんだ……そうじゃないと、同じ色のベイラーができる理由にならない……あいつら、ソウジュに何かをすれば、あの紫のベイラーが生まれる事がわかっているんだ……」


  大きさはゲレーンの物よりだいぶ小さい。それでも、ベイラーよりは大きく、15mほどはある。どれも、その幹にたったひとつの実だけを宿してそこに生えていた。


「ここが、栽培場なんだ……空飛ぶベイラーの……人の言うことを聞く、ただの道具としてのベイラーの……ッツ!! 」


 運び出されたベイラーは、ぐったりとしており、意思など感じられない。ナットはここで、彼らは始めから意思など無いのだと気がつく。パームに反抗しないのではない。そもそも反抗できないように体が作られているのだ。


「なんて事を……知らせなきゃ……どうにかして……でもどうやって」


 周りに人がいない事を再三確認し、穴から這い出る。ナットの情報収集は終え、すでに帰る手筈を整え始める。


「そうだ。あの空飛ぶベイラーに乗り込む事が出来ればいいんだ……」


 ふと、あの紫色のベイラーが運び出される先を見る。生まれたばかりのベイラーは、運ばれる先が決まっているらしく、男達はこれまた慣れた手つきでベイラーを運んでいく。


「……しめた。アレを追いかければいいんだ」


  ナットに光明が見えた。目で追う事しかできなかったが、だいたいのあたりをつけ、上からベイラーの跡を追う。郵便で働き、地図をすぐに読み解く事ができるナットであれば、俯瞰でみた風景を自分の頭の中で描く事など造作もなかった。


  素早く移動し、担架の後をついていく。途中で拾った、だれかが宴会で使ったであろう酒を懐にしまう。長い上り坂で出来た廊下に差し掛かると、壁に沿う様に、時には堂々と歩き、不審がられないようにする。一瞬。反対側からきた一味に姿を見られるが、腰を曲げ、酒を煽る振りをしながら通り過ぎる。


「飲みすぎんなよぉ」

「(バレてないバレてない……いや、絶対バレていないでほしい……)」


  祈る様に心の中で唱えながら、担架の後をついていく。そして、ようやく長い廊下を渡り終え、角を曲がった。その先に、再び広い空間がある。光が差し込んでくるその出口の先には、地上がある理由になった。そして、その場所をちらりと覗く。


「(……ッツ! アーリィと、ザンアーリィが、いっぱいいる!? )」


  そこは、ベイラーの格納庫であった。直立不動で立っている青黒いベイラー。アーリィベイラーと、まだ寝かされたままでいる3人のベイラー。毒々しい紫色の、ザンアーリィ。アーリィベイラー2人に対し、ザンアーリィが1人。それが3組。計15人のベイラーがそこにいた。


「(こんなのでまた襲われたら、いくらコウでも……)」


  アーリィベイラーを蹴散らしたコウといえど、パームの操るザンアーリィベイラーには苦戦を強いられていた。それが再び、それも3人が相手となれば、話が変わってくる。


「(とにかく、海にでて空を飛んで……それから……それから……)」


  思案している最中だった。ふと、背後で音がなった。それは、木々がこすれあう、聞き慣れた音。


「……サイクルを回す音だ……でも、反対から……まさか、盗んできたベイラーもここに? 」


  パームは、ベイラーを誘拐していた過去がある。もし、彼の得意先がここなのであれば、誘拐されたベイラーの、牢屋があってもおかしくなかった。


「……まだ人がいる。ベイラーに乗り込むなら深夜にしないと」


  アーリィのいる場所にはまだ人がおり、強奪するのは難しい。しかし、この場に止まるのにも難しいかった。パームはナットの顔をしっている。もしここにパームがくれば、ナットだとバレてしまう。深夜になるまで、隠れ蓑が必要だった。


「サイクルの音がしたのは、こっちか」


  ちょうど格納庫と反対方向に位置する倉庫を見つける。すると、中から男達の声が聞こえてきた。


「相変わらずひでぇ匂いだ」

「出来損ないの集まりだしな。でもさすがにこれだけの数どうすんだろうな。捨てる訳だろ?」

「それがな。旦那様は取っておけって。これも計画に必要だからって」

「計画、ねぇ……悪趣味には変わりねぇ」

「言えてる」


  男達が、ナットとは別方向に歩き出した。すれ違うことなく離れていく事に安心しながら、入れ替わるように倉庫に入っていく。


「……誰もいない……ここなら安全かな……でもなんで、こんなに焦げ臭いんだ? 明かりも無いのに」


  誰も居ない事を確認し、ひとまず腰を落ち着かせる。一応の安全が確保できたからか、ここで、今の今までまるでなかった、極度の空腹に意識が向き始めていた。空を飛んでいる間は死に物狂いであり、今の今まで、腹の減り具合など気にする余裕がなかった為である。


  期待せずに懐を弄ると、一応は食べ物が見つかった。パンの一切れ。だがそれも、この場所についた時に砂の中に潜り込んだせいで、とても食べられる状態ではない。


「……酒の空きじゃなくてパンをくすねてくればよかった……でもそれじゃぁやってることパームとおんなじだよ……大丈夫。逃げ出せばいくらでも美味しい物を食べれる……あれ。一体どこでサイクルの音が」


  どかっと腰を下ろした、その時だった。再びサイクルの音が聞こえてくる。だが、聞き慣れた音に比べ、やけに小さく、その上、音が途切れ途切れで聞こえてくる。サイクルとは、ベイラーの関節や、手のひらにあるベイラー固有の物で、円形になっている。そこから木が生え、そして削れる事で関節を動かしている。生えては削れ、生えては削れを繰り返すことで、サイクルは成熟し、より早く、より大きな力を生み出す事ができる。慣れたベイラーは、サイクルの生やす力で、様々な道具を生み出す事ができる。


  だが、今聞こえてくるサイクルは、慣れたベイラーが出す音でもなく、むしろ、生まれたてのベイラーのような、不慣れな音をしていた。不審に思ったナットは立ち上がり、倉庫の奥へと進む。真っ暗でなにも見えず、手探りで音の出所を探していく。


  そして、音のありかを見つけた。


「……ベイラーだ……でもなんて……ひどい 」

「《……あ……ああ……》」


  横たわるベイラーがそこに居た。相当痛めつけられたのか、体にはいくつも杭が打たれ、すでにサイクルは十全に動いておらず、体が動いていない。ベイラーには、生まれた時に肌の色が必ず付いているが、削られすぎて、もう元の色が何色なのかわからない。喉にもなにかされたのか、心安らぐような音色も奏でられるベイラーの声は、しわがれた老人のようにか細かった。ナットは、彼もまた、パームに攫われたベイラーの1人だと考え、声をかけた


「だ、大丈夫? 連中に攫われたんだね? 」

「《は……な……》」

「もう大丈夫。今からここを出よう。すぐべつのベイラーを呼んでくる」

「《は……は……》」

「安心して。きっと助けるから」


  どうしても、ナットは自分の叔父のベイラーと、今ここで横たわっているベイラーとを重ねる。叔父のベイラーはなんとか無事で助かったが、このベイラーは、もう難しい。サイクルそのものになんらかの障害が出ている。助ける手段が思いつけない。しかしナットは、それでも、この倉庫の中にいさせるよりずっといいと考えていた。


「空を飛べるベイラーがいるんだ。そのベイラーに助けてもらおう」

「《……れて……》」

「さっきからどうしたの? やっぱり、どこか痛いのかい?」


  ベイラーの言葉に耳を傾ける。そして聞こえてきた言葉は、まるで想像だにしない言葉だった。


「《 は な れ て 》」


  ナットが驚くのと、突如伸びた木がナットを跳ね飛ばすのは同時だった。横たわるベイラーがサイクルを回し、ナットをしたたかに打ちのめす。腹を打って、胃の中身が逆流するナット。


「どう、して……」

「《もう……だめ……だから》」

「どうしてだよぉ……助けるよ……だから」

「《だめ……だ……間に合わない……もう、始まる……あ……あああああああああ》」


 ナットが痛みを堪えて起き上がり、ベイラーのそばに寄ろうとすると、それは起こり始めた。


  横たわるベイラーは、その背中に翼を携えていた。鳥の羽とは違う、明確な構造体としての翼がそこにある。しかし、元からあったものではないのか、体に馴染まない別の色をしており、無理やり背中に接木されたような姿をしている。そして、その背中の翼から、突如として火が起こり始めた。最初は小さな、爆竹のような音が何度も聞こえてくると、次第に大きな、炎を伴った危険な物へと変化し始める。


「な、なんだよ。なんなんだよこれぇ! 」

「《ちかくに……きたら……だめ……でも、ぼくが最後……だから》」

「さ、最後? 」

「《みんな、みんなこうなっていった……最初はみんな、空がとべるようになるって、うれしくって、空が飛べれば、また会えるからって……乗り手も知っていて、ここに連れてきたんだって……だから、全部ぼくらが悪いんだ……ぼくらが、うまく、空をとべなかったから……》」


  炎は背中から前にまわりはじめ、ついに、全身をめぐり始める。


「《ねぇ……ぼくら……だまされちゃったの……かなぁ……でも……あの人が……だましたとは……おもえないんだよ……ねぇ……人の子供……いったい……だれが……ぼくらをこうしたのかなぁ……乗り手は……ぼくらを空にとばしたかったのかなぁ……それとも……あの仮面の人が……そうしたかっただけなのかなぁ……もう……ぼくね……わかんないんだ……》」


  そして、炎が巻き上がったことで、暗かったはずの倉庫が明るくなる。そして、ナットは見た。


  おびただしい、おびただしい数の、ベイラーであったはずのもの。灰となってもえつきてもなお、形を残すベイラーの亡骸。色も、形も様々だが、確かにそこで生きていたはずの者達。それだけではない。ベイラーの形を限りなく近づけた、ベイラーではない物も、ここに転がっている。うまく形作れなかったのか、歪な成長をさせた元アーリィベイラー。そして先程、ナットが座ったのは、ベイラーの頭部だった。光を灯す筈の目は、暗闇しか写していない。今の光景と、ベイラーの言葉とで、さらにもう一つの謎がナットの中で解決する。


  彼らがベイラーをさらった理由。それは、ベイラーを研究し、改造する為であった。なぜ研究したのか。それは、自分達の都合のいいベイラーを、自分達の手で作り上げる為であった。


  同時に、ある事実も浮かび上がる。それは、あのアーリィベイラーを作り上げるために、何十人、何百人ものベイラーが攫われ、改造され、そして失敗した事。そしてアーリィに成らなかったベイラーは、物言わぬただの置物になってここで朽ちるまで誰にも認識されずに捨て置かれる事。


「《いったい……なんで……どう……して》」


  そして、ベイラーはその体を燃焼し、いつしか声を出せなくなっていった。全身に炎が周り、いつしか、ここにいた他のベイラーと同じように、その身体のほとんどを灰と変えて、いつしか、物言わぬ置物に変わっていった。


  ナットは周りの灰をすくい上げ、ただただ、先程のベイラーの言葉を反芻する。そこに、自身の嘆きを加えて叫んでしまう。


「わああああああああああああああああ!!!! 」


  ここにあるすべての灰が、ベイラーの死体であり、ここにあるベイラーの手足の全てが、人がおこなった虐殺だと知り、ナットの中の理性はタガを外れ、感情のままに叫びつづけた。

人の為だけのベイラーです。

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