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ベイラーとの出会い

 

 泉コウは世界が灰色に見えている。彼は情熱を持ちえぬまま高校二年生になってしまった。


「……なんだ?」


 灰色のホームに、見慣れた電車が入ってくる。もう何百回みた光景。だがその光景に、今まで見たことのない物が見えた。


 スーツを着た、長い髪の女性。女性と分かったのはスカートを履いていた為。ふらふらと、おぼつかない脚で、その駅にいつのまにか現れていた。


 その長い髪の女性は、すでに電車が入ってきているにも関わらず、ホームの、黄色い線の外側へと歩いて行く。コウの通うこの駅には、ホームドアという福祉設備は設置されていない。止める壁などない。であれば、誰かが、その先に行こうとしている彼女を止めなければならなかった。


「(誰も、誰も気が付いてないのか)」


 その光景をみて、徐々に呼吸が浅くなるのを感じる。同時に、周りの人間が、その女性に気が付いていない事が不思議でならなかった。


「(誰か! 誰か気が付けよ! でないと! )」


 コウが頭の中で叫びながら、しかし女性は止まらず、すでに黄色い線を踏み越えている。あと一歩、外にでてしまえば。どうなるか。


 コウは、()()()を想像してしまった。故に、動いた。


 情熱の無い彼の内側にあった一欠けらの善性により、何もかもをかなぐり捨て、女性の手を無理やりつかみ、引き戻した。だがコウは、172cmで痩せ気味の48kg。どうしようもなく腕が細い。


 そんな彼が成人女性引き上げるには、同じように体重をかけるしかなく、よって重心を入れ替えるようにして、ようやく女性を引っ張りあげることができた。コウはその代償に、自分が黄色い線の外側に出たことに気が付かない。


 コウは、その時はじめて、その女性と目が合った。


「(泣いてるじゃん)」


 女性の流していた涙は黒かった。それが目尻に施したアイメイクが崩れた時に起きる、女性の数ある悩みの種の一つであることをコウは知らなかった。

 

 そして知らずに、彼は電車に轢かれ死んでいった。



「もし。ベイラー? もし?」

《……》


 彼が目を開けたとき、飛び込んできた情報に眩暈がして再び目を閉じた。もう一度目を開けた時そこには


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


《(このクソ緑はなんだ? 駅はどこいった?)》



 己の景色に色がついていることを半ばおどろきながら、その緑を眺めていく。どうしても緑としかまだ認識できないが、それでもわかるものがある。それはどれも立派な樹木であり、緑色の葉をつけている。日差しが体を照り付けている。駅で浴びていたものよりずっと暖かく、そして湿っていた。


《(場所が違う……ならここは、なんだ?)》


 まず病院ではなかった。知らない天井などそこにはない。では天国かと言うとそれも違う。羽の生えた天使が飛んでいない。しかし地獄にしてはあまりに穏やかすぎる。


《(ここは……どこだ?)》 


 意識を得たコウが立ち上がろうとすると、それができなかった。腕に力をいれてもまるで入らない。それどころか、なぜか体の動かし方が()()()()()()()()()()かろうじて、自分の体は今仰向けの状態になっていることだけは把握できている。


《(いままで、どうやって動いていたんだっけ?)》

「もし。ベイラー? 動けますか?」


 ここにきてようやく、自分が誰かに声を掛けられていることに気が付き、目線を動かした。するとそこには、天使としては奇妙な恰好をした人間たちが立っていた。彼らの背中には翼はなく、全員が大人で、まるで天に祈るように片膝をついて両手を握っている。


 そして目の前で屈んでいる少女を見る。


 年齢は15才ほどに見える。栗色をした淡い髪に、ぴょんと飛び出たひと房の毛。周りと違い彼女はドレスを着ていた。そのドレスは丈が長く、さらに履物は高めのヒールであり、この森の中を出歩くような恰好ではなかった。そして何より。


《(美人だ)》


 彼女にも背中に羽が生えていない。やはり天使ではない。しかしコウには、もし天使がいるならきっと彼女のような女性を指すのだろうなと、漠然と考えていた。


「動いては、くださらないのね」

《(さっきから何だ。っていうか人多いな)》


 人の多さに若干の恥ずかしさを感じながら、倒れた自分をのぞき込んでくるその顔を見ていると、なにやら眉をひそめているのがわかった。同時に、青い服の男たちが、どうやら彼女の付き人のような存在であることを勘付き始める。周りの態度が、あきらかに少女に対するソレではない。もっと目上の、上司か、あるいはそれ以上の扱いをしていた。


「あなたはこの地に生まれました。しかし、立ち上がるか否かは、あなたの意思に委ねられます」

《(生まれた? 意思?)》


 その少女がさらに混乱を後押しするように語りだした。口を効けない為、黙って聞く形になる。正確には、口を効きたくても効くことができない。


《(……しゃべるってどうするんだ?)》

「立ち上がるならそれでよし。立ち上がらなければ、再びソウジュの木の力となって巡り巡るでしょう。……でも、どう? あなた、私の為に、立ってくれて?」


 彼女の声が、最後のほうがほぼ掠れていた。それは願いであり、しかしもう叶う事はないのだと、自分に言い聞かせているような、そんな言い方だった。彼女のその言葉と共に、コウは顔をもう一度見る。


 ドレスとヒールのよく似合う、凛としているその声の持ち主は、今にも泣きそうな顔をしていた。ドレスの裾をぎゅっと握りしめて耐えている。


 彼女は、自分が―――コウが立たなければ、この場で泣いてしまうかもしれないと考えた。


 考えて、想像した。


 見るからに幼さの残る彼女は、泣きたい時があれば、泣いていいはずだ。それを許されない立場にあるのだと、周りの大人たちの存在が裏付けている。事実、彼女はまだ一度も、大人たちの方に顔を向けていない。


《(泣く、のかぁ……それは……それは)》


 みしみしと体中から、木々がこすれ合うような音が鳴り始める。なぜ自分からそんな音が出るのか。問いかける暇も、余裕もなかった。今はただ、この体をどうにかして立ち上がらせることだけを考える。


 なぜ、立ち上がるのか。


 少女は言った。立ち上がらなければ、別にそれでよいと。


 それならば、それでいいはず。体は思うように動かず、動かそうとしも謎の異音が出るばかりで、まったく力が入らない。このままあきらめて、彼女の言う通り立ち上がらなければいい。そうすればすべて終わる。これはきっと夢なのだと。結論付けられる。


 いままで、そうしてきた。これからも、きっとそうするのだろうと漠然と考えていた。


 だが。


 だがしかし。


《(それは嫌だ!!)》


 コウはそれを拒んだ。そしてそれは力となる。拒むことは、時に前に進むときに最大の力を発揮することがあり、今がコウにとってその時だった。全身から爆音が鳴り響きながら、上体を起こす。両手を地面に置いた時、一瞬、彼女への危機を察知した。それは直感だったのか、それとも今まで気が付いていないだけだったのか。


《危ないから離れて!》

「は、はい!」


 思わず口が開いた。その声で少女が後ろに下がる。ようやく体が思うように動き始めたことに驚きながら、それでも全身を自由に動かせない。全身筋肉痛であっても、もっとましに動けるだろうと思いながら、必死に膝を畳んで、ようやく立ち上がろうとすると、今度は重心が変にぶれてしまい、横倒しに倒れそうになる。


《(この体! ちゃんとしろって)》


 左手でとっさに体を支える。その腕さえぷるぷると震え、いつ力が抜けるか分からないような状態だった。


《(この、立てよ。立てってば)》


 重心を体の中央に乗せ、あとひと踏ん張りというところで、どうしても力がはいらない。


《(だめ、かぁ)》


 自分の力だけでは、どうしようもできなくなってしまう。倒れないが、立ち上がらない。なんとも中途半端な恰好のまま、しかし力だけが抜けていく。このまま、何もせず立ち上がらないのはコウの決意が許さないが、体が言う事を聞かなかった。周りの青い服の男たちは、すでに諦めたようで、帰り支度をはじめていた。暖かな日差しの中で、空気だけが冷たくなっていく。


《(やっぱりだめなのか)》

「―――れ」


 その時、小さな、ほんの小さな声が聞こえた。それはあの少女が、離れた位置からじっとこちらを見つめながら、かすかに唱えた祈り。


「頑張れ、頑張れ、頑張れ」


 周りの大人たちは、すでに立ち上がれないコウを見捨てていた。だが彼女だけは違っていた。ただ一人。応援してくれた。


「貴方なら、大丈夫。だから、頑張れ」


 ひっそりと、周りに聞こえないように、コウだけに聞こえるように唱えられたその言葉は、今まで聞いたどの言葉より、コウを奮いあげた。


《お、おおお》


 もはや恥を感じている場合でも、恰好をつけている場合でもなかった。持てる力をすべて出し切るべく、全身に力をいれ、咆哮をあげながら立ち上がる。


《おおおおおおおお!!》


 両膝に全身全霊の力を込めて、叫び声をあげならがら、ようやく、コウは立つ事ができた。その光景をみた大人たちは、ある者は自分の見ている物が信じられず何度も目をこすり、ある者は歓喜の声をあげ、またある者は、万来の拍手でコウを称えた。


 そして、祈り続け、応援し続けた少女は、誰よりも朗らかに、笑っていた。


《ああ、いいな》

「いい?」

《うん。貴方の笑顔は、すっごく……すっごく……》


 とても魅力的な笑顔だった。その笑顔のことを、いますぐ言及したかった。実際するつもりだった。だが、ここにきてようやく、今まで気が付かなかった決定的な違いを理解する。


()()()()

「それは、まぁベイラーと比べたらそうでしょうけど」

《……ベイラー?》

「貴方のことよ」

《ちょっと、まって》


 なぜ屈んでいた彼女と目があっていたのか。 


 なぜ大人たちが近寄らなかったのか。


 なぜ体の動かし方が分からなかったのか

 

 理由は単純明快。泉コウはすでに人間の体ではなくなっていた。()()7()()()()()()()が、今の彼の体であった。

 

《えっと……僕は、なに? 》

「なに、って?」

《えっと、僕は動物? それとも、何かの道具?》

「違うわ。貴方はソウジュベイラー」

《ソウジュ、ベイラー?》

「そう。ソウジュの木から生まれた実がベイラー。だからみんな、貴方たちの事を、()()()()と呼ぶわ」

《まって? 実? 僕が? 》

「後ろをご覧になって」


 彼は、ここでようやく、自分が何から出てきて、何なのかを見た。


 それは巨大な、山のように巨大な樹木であった。幹はビルのように太く、枝一つとっても道路のように長い。その表面は真っ白な白木であり、その葉に至るまで白く染まっている。そしてその白い葉の間に、七色に色づいた特大の実がいくつか成っていた。


「貴方、とても珍しいのよ」

《どうして? 》

「だって、ソウジュと同じ。真っ白い体。まるで綿雲みたい」

《……そうか。これは、いや、ここは》


 もはやここがどこなのかは、気にしていなかった。すでにここは自分の知る世界ではなく、そしてなんの因果か、巨大なロボットになってしまったということだけが、彼の、最初に知る事ができた物であった。


異世界ものです。


ソウジュの木と呼ばれる、異世界に生える巨大な樹木。

その木から生まれる果実、人と一緒に生活し、人と共に旅をするベイラー。

7mほどの大きさの彼等になってしまった主人公、コウとの冒険が始まります。


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