デジャヴ
2作目もホラーとなりました。夏のホラーで涼しくなってもらえたら嬉しいです。
次はホラー以外でも書いてみたいなぁと思いつつ・・・・
最後まで読んで頂けると幸いです。
「おい、大丈夫か?聞いてんのかコウ?」
・・・ん、知ってる声が聞こえる。ああ、長岡か。
「目、覚めたか?何ぼんやりしてんだよ」
低く笑う声はやけに頭に響く。そういえば何してたんだっけーー。
確か、高校の同級生だった長岡に久しぶりに会った。
彼とは、中学、高校と同じであったが、友達と言える関係まで仲良くなったのは高校生になってからだ。それについても帰路が同じということ、二人とも部活動に励んでいなかったことなどから、共通の友人を介して仲良くなった。その後別々の大学を卒業して、僕も長岡も今では都内でしがないサラリーマンをしている。
「なぁコウ、明日飲みに行かね?」
長岡からの突然の連絡だった。1ヶ月ぶりくらいであろうか、彼からは時々こうして連絡が来る。別に行ってもいいし、行かなくてもいい。ただ断る理由も見当たらないから、毎回誘いにのっている。彼は僕が誘いに乗ると、なんとも嬉しそうな反応をするので、僕も実はまんざらでもなかったりする。
仕事を早々に切り上げ、都内の繁華街にある日本酒の立ち飲み居酒屋で長岡と落ち合った。
「おう!コウ、今日は早かったじゃねぇか」
「いやいや、お前の集合時間が早すぎるんだろ」
くだらない話をしながら笑いあうと、お互いが元気であることを確かめているようで僕は落ち着いた気分になる。
職場から直接酒場に向かったので、小腹が空いている。そりゃそうだ、昼過ぎから何も食べていない。正直なところ酒を飲むというより、飯を食べたい。
僕の眉間に寄った皺を見ても、長岡は空気を読まずに乾杯の音頭を取り出した。空きっ腹に酒、それもいきなり日本酒ときたもんだ。
2杯3杯と仕事の愚痴を肴に酒を飲み進め、小一時間ほど経つと、アルコールは僕の脳みそを揺らし始めた。
「ーーうぅっ気持ち悪い」
僕は手で口を塞ぎ、吐かないように必死だった。食事を取っていないと吐く物が胃にないから吐きたくても吐けない。胃液が直接出るのが一番きついのだ。
「ーーー大丈夫か?何も食ってねぇからなー、とりあえず休憩挟んでメシでも腹に入れるか」
長岡にそう言われると意識が朦朧としてきた。僕は千鳥足になりながら長岡と肩を組んで店を後にした。
「おい、大丈夫か?聞いてんのかコウ?」
「目、覚めたか?何ぼんやりしてんだよ」
何か遠くで声が聞こえる
ーーー細めた目から差し込む暖色の照明が眩い。
「やっと起きたか、飯あるとこに連れてきたぞ。たらふく食おうぜ」
長岡が笑いながらそう言うと、僕はさっきまでとは違う場所にいることに気がついた。
ここはどこだろう。まるで結婚式の会場のような広さだ。ざっと見渡しただけでも100人程いる。白いテーブルクロスがひかれた高級中華料理店のような丸テーブルは会場にいくつもあり、それを囲んで食事をする人達も随分と賑やかで楽しそうだ。
ここへきている人達は年齢、性別に関係なく、また見た目も多種多様で、いかにも社長と思えるような風貌をした人間から、僕らのようなしがないサラリーマンまでいる。どうやらそういった結婚式の会場のような、豪華な雰囲気を楽しめることをコンセプトにした今流行りの店らしい。
ゆっくりとあたりを見渡した後、僕はテーブルに視線を送るなり悪寒が走り、嗚咽した。
そのテーブルに並べられた豪華絢爛に見える料理は、今まで見たことないような恐ろしいものだった。人間の目玉と思わしき球体は、まるでトマトのごとくサラダに盛り付けられ、向かいの客を見れば大脳と思わしきものをスプーンで掬い頬張っている。それをさぞ当たり前の様にしている人々に底知れぬ恐怖を感じた。
助けを求めるように長岡を見ると、何やら切断された指のような物を咥えていた。僕はおかしくなりそうだった。現実世界でありえないことが起こっている、それだけはわかる。
「おい、どうしたコウ?お前も食えよ」
無邪気そうに笑う長岡が差し出した指と思われる物は爪が剥がれ皮がべろりと向けている。
僕は当たり前のごとく差し出された物に耐えられず、吐きそうになって席を立った。
「少しトイレに行ってくる」
そう言って会場を後にした。これはきっと何かの間違いだ。悪い夢に違いない。間違っている、何もかも。もう体に酒が残っているとか、胃液が食道を逆上し酸の匂いがきついとかどうでもよかった。
扉を開けると目の前にはエレベーターがあった。トイレに行くことより、外の空気を吸って現実であることを確かめたい。夢ならば覚めてほしいと思った僕は、1度ビルの外へ出ることを決心する。
ボタンの横の数字を見ると、冷静を保てなくなった僕でも現在の位置がわかる。どうやらここは8回建てのビルにある3階の会場らしい。僕はエレベーターが今8階に止まっていることから、階段で降りた方が早いと思い、右側にある非常用の階段へ向かった。
まだ酒が残っていたが、1階まで降りるのは容易だ。階段を下り、1階のフロアに出て、出口を探しても見当たらない。そこにあるのは大きな扉だけであった。何やら見たことがあるような扉だと違和感を感じつつ、扉を開けると、そこには3階で見た会場と全く同じ光景が広がっていた。
「お、トイレ遅かったな。大丈夫だったか?」
長岡は、顔面蒼白した僕に声をかける。
僕はもう気が気ではなかった。言葉が詰まる。一刻も早くこの場から抜け出したい。
長岡の言葉を無視してその会場からエレベーターに向かった。エレベーターの横の数字を見ると3階になっている。
ーーー確かに、非常階段で1回に降りたはずなのに。
今度は確実に階を移動したいと思い、エレベーターに飛び乗り1階のボタンを押した。1階で扉が開く。正面に大きな扉がある。まさかと思い恐る恐る扉を開けると、そこには3階で見た会場と全く同じ光景が広がっていた。
「お前・・・本当に大丈夫か?」
長岡は、不安そうな表情を浮かべている。
「うあああああああああああああああああああ」
それは心の底からの叫びだった。会場の視線が一気に僕に集まる。僕はもう何もかもがおかしくなってしまった。
おかしいのだ。頭も何もかも全部おかしい。そうだ、会場の窓を開けて飛び降りよう。そしたら3階から出られる。運が良ければ地面にぶつかって骨折くらいで済む。窓を開けて飛び降りようとした時、
ーーーーバンッ。
長岡に体を引っ張れた後、頬を思いっきり殴られた。
「コウ!!!お前何やってんだよ!!ここ3階だぞ、落ち着け!!・・・・人目もあるからとりあえず1階まで降りて外に出よう」
ーーー1階?外?ああ、よかったこれで確かに1階まで降りて外へ出られる。僕はこの3階から解放されるのだ。長岡の言葉で心の底から安心すると視界がぼやけて意識が遠のいた。
ーーーーーーーーー
「目が覚めたみたいだな」
長岡の声に気がつくと僕は病院のベッド上で点滴を受けていた。
「コウ、お前、日本酒飲みすぎてすぐ倒れちゃんだもん、マジでビックリしたよ・・最初から飛ばしすぎたかな」
頭をポリポリかく長岡に反省の表情はあまり見られない。
「あれ?3階は?夢だったのか?全部」
僕は確かめるように長岡の顔を見つめた。
「ーーー3階?何がだよ???」
不思議そうな顔をして僕を見つめた。
よかった。本当によかった。安心すると一気に緊張が解けた。体も動くし気分もそこまで悪くない。医者に状態を尋ねると、疲労困憊の状態でアルコールを大量に摂取するのは良くないよと、険しい顔で言われた。入院も点滴だけの一時的なものでいいらしい。
「ちょっと喉乾いたし、体動かして外の空気吸いたいから、1階の自販機でお茶、買ってきてもいいですか?」
「もう点滴も打ち終わったから大丈夫だよ」
医者の言葉を聞くと僕は小銭を持って颯爽と階段へ向かった。長岡は病室で身の回りの荷物を片付け、帰宅の準備を始めた。
階段を降りで、下の階へ行くと見たことのある大きな扉があった。
急いで上の階へ戻ろうとすると、強い力で下に腕を引っ張られた。振り向くと、下から腕を掴んでいたのは長岡だった。
「よう、やっと起きたか、飯あるとこに連れてきたぞ。たらふく食おうぜ」
もう僕は声も出なかった。
腕を引く長岡は、なぜか笑っていた。