廻りの魔導士という肩書
いつも読んで頂きありがとうございます。やっと、物語後半に入りました。
本来ならネオ・ロンリース様から離れる事は出来ないのだが、今回は事情が事情だ。私は素直にエフェクト・バーン様に従う。
扉が閉まるか閉まらないかの寸前で、ネオ・ロンリース様の様子を窺えば、目に涙をためて手紙を読んでいた。本当にこのお二人は、仲がいいのか悪いのか…。とてもお互いを気遣っている。幼馴染だと聞いてはいるが、夫婦だと言われても不思議ではないのではないかと思えるぐらいだ。
エフェクト・バーン様の横顔をそっと盗み見れば、いつもの笑顔とは違い、優しい微笑みをうかべている。
手首を掴まれたまま宿の外まで出て少し歩くと噴水が見えた。街灯はないが、雲一つもない夜空の大きな月だけで十分な明るさがあった。噴水まで歩けば、やっとエフェクト・バーン様が私を振り返る。
「さて、お嬢さん。もう少しお付き合いいただけるかな?」
お道化て見せているが、先ほどの優しい顔のままなエフェクト・バーン様に私はつられて微笑む。
「はい。丁度、私も月を見たいと思っていました」
「君は…いや、そうだな。少し散歩するのもいいかもしれない…行こうか?」
歩き出したエフェクト・バーン様に続き私も足を進める。私の歩調に合わせてくれているエフェクト・バーン様に流石だなっと思い顔を上げれば真剣なまなざしで月を眺めていた。
「あいつの…ネオの旦那は、俺の相棒だった奴で本当ならここでネオを守るはずだったんだが…俺のせいで怪我を負わせてしまった…」
「あの…それは…」
私が聞いてしまってもいい事だろうか…?そんな風に思っていると、エフェクト・バーン様は安心させるように微笑みを浮かべる。
「これは、皆知っている事だ。箱入りの君には、知らなかったようだけど」
「そう…なんですか…」
「あぁ、だから結婚するまでも色々と障害があの二人にはあって、やっと結婚出来たというのに魔王討伐だ…。あの時、俺が気を抜かなければ…とか考えてしまってね…。俺がアイツの代わりにネオを守るつもりではいるんだが、流石にずっととはいかない」
助けてもらった方の感情は、とても複雑になる事を私も知っている。かくゆう私も、兄に助けてもらい感謝の気持ちもあるのだが、同時に何故私を助けたんだと責めてしまう感情もある。…私ではなく兄が生き残ってくれたら良かったのに。そう思わない日はない。きっと、エフェクト・バーン様は贖罪する意味で、ネオ・ロンリース様を守っていて、ネオ・ロンリース様はそんなエフェクト・バーン様の行動を気に食わないんだろなと、二人の関係性が少しだけ分かった気がする。
「あの時…ネオが魔物の襲撃を受けたと聞いて、本当に肝が冷えたよ。急いで魔物を倒して向かったんだが…もう終わった後だった」
エフェクト・バーン様が集まりに遅れてきたのは、ネオ・ロンリース様を心配して急いだ為の事だったのか。返り血を浴びるほど、魔物を倒したエフェクト・バーン様のその時の焦りは計り知れない。
「セリシア、君がネオを守ってくれて本当に感謝している。…いや、今も彼女の傍にいてくれて、どれだけ心強いか…。本当にありがとう」
「ちょ…頭を上げてください」
エフェクト・バーン様が私に頭を下げるものだから、慌てて頭を上げてもらう。顔が見えてほっとしていると、エフェクト・バーン様の右手が私の頬に触れていた。
「…本当にたまたまお助け出来ただけなので…それに、これからきちんとお守り出来るか分かりませんし…もし、お礼を言っていただけるとしたら、魔王討伐が終わって最後までネオ・ロンリース様をお守り出来た時にお願いいたします」
「最後まで守ってくれるのか?」
「もちろんです!エフェクト・バーン様の代わりになるかは分かりませんが、お守りしたいと思っています」
私が本当に贖罪したい人はもういない。残っているものは、復讐だけだった。そんな私に誰かを守るという事が出来るのならば、命を賭けても守りたい。
「俺の代わりに?」
「はい、エフェクト・バーン様の代わりに…」
私がそうエフェクト・バーン様に伝えると、小声で「参ったな…」っと言ったかと思えば、頬にあった右手で頭を掻いた。
「君はもう少し、男に警戒したほうがいい。今だけは、誠実に兄としてエスコートしよう。この魔王討伐が終わったら覚悟しておくように…」
「…その時は、夜エフェクト・バーン様と二人にはならない様にいたします」
「…宣戦布告としてとっておくよ」
いつの間にか手首ではなく、繋がれた手によってエスコートされるように夜の街を歩く。時より言葉を交わし、笑いあう。こんなに穏やかな時間は久しぶりな気がする。エフェクト・バーン様の事を、兄の様だと比喩したが、やはり違うのだ。兄であればこんなに意識はしない。少し太めの眉はキリリ上がっており、二重のはっきりとした目の色は月の色と変わらないぐらいに淡い黄色。赤い髪は、月の光に照らされて神秘的な緋色にみえる。緋色の英雄が私の手を取る月の下…恋人同士ような二人きりの時間に酔うなというほうが無理な話だろう。ネオ・ロンリース様の旦那様を思う為の時間は、私にとって初めての男性との魅惑的な時間となった。
元いた噴水の前まで来れば、街を一周いたのだと分かり、この時間こそ魔法のように思えた私は現実に引き戻される。
「それでは、私は…」
「最後に聞いてもいいか?」
「はい。何でしょうか?」
「君はライアンの事をどう思っている?」
今日はやけにライアン様との関係を聞かれるな…と困っていれば「言いたくなければ、いいんだ」とエフェクト・バーン様に話を切り上げられる。言いたくない訳ではない。どう答えれば納得してもらえるのか分からないのだ。ライアン様の名ばかりの側室でしたと、正直に話してしまおうか?それだけで納得してもらえそうな気がする。…家名を捨てた私が、そんな事を言える訳がないのだが…。
「セリシアか?」
エフェクト・バーン様にお別れを…っと思った時、私の名が後ろから呼ばれる。振り向けば、そこにはライアン様が一人で私達をほうへ歩いてくる。周りが暗いせいなのか、いつもの笑顔と違い表情がなく感情が読めない。
「エフェクトと一緒なのか?」
「そりゃぁ、女性の一人歩きは危険だろう?ご一緒させてもらった」
私の前にエフェクト・バーン様が一歩前にでる。何ていうか庇われている様な状態に、私は出る幕がないらしい。
「何故セリシアが、夜一人で歩くのだ?」
「俺が誘ったのさ。月が綺麗だったものでね」
「ねっ」と、エフェクト・バーン様に同意を求められ、慌てて頷く。
「聖女にもお許しは貰っているし、何の問題もない。それよりも、ライアン。何か用でもあったのか?」
「あぁ、エフェクトに…。まぁ言付けをお前の部下に頼んでおいた、後で聞いてくれ。ではセリシア、行こうか?」
「えっ…」
いつの間にか傍まで来ていたライアン様に手首を掴まれ、歩き出す。先ほどもこんな展開でされるがままだった私は、予想通り抵抗もなくついていく。英雄様レベルになると人の意見など聞かないのだろうか?まぁ凡人な私は、流されるまま連れられて行くわけだが…。
エフェクト・バーン様を見れば、目を見開き驚いていたがすぐさまライアン様を呼び止めた。
「ライアン、セリシアは俺が最後まで…」
「お前の部下に聞いたが、仕事が溜まっているらしいな…」
エフェクト・バーン様は、目線をそらしつつ「あ~~…」と頭を掻く。仕事が残っていたのに、私に付き合わせてしまったのかと、心配していると「セリシアのせいじゃないから気にしなくていい」とライアン様は、私に手を振った。
「セリシア、すまない。今度埋め合わせを…」
「俺が代わりに埋め合わせをしよう。この事は、ネオにも伝えておくよ」
「おま…それは、俺に死ねと…」
「セリシア、俺にエスコートさせてくれるね」
仕事が残っているエフェクト・バーン様に、送って言って貰う訳にはいけない。ライアン様の満面の笑みに頷くしかなかった私は、この時、埋め合わせの約束も含まれている事に気が付いていなかった。
その日の夜、久々に兄の夢を見た。
「シア…君がこれをもっていて―」
あの時、兄から受け取ったもの。それは、廻りの魔法。母が廻りの魔導士と言われていた時に使っていた魔法。
私はこの魔法を使った事がない。…使い方が分からないのだ。兄から受け取ったものが、かろうじで廻りの魔法だと分かった時には兄も母もこの世に居なかった。相手の攻撃を返す…廻らせる魔法だという事は分かっているのだが、どんなに使おうにも何も結果が出ない。折角兄に廻らせてもらったのに、完全に宝の持ち腐れになっている。
勿論、オルドレイク様にも廻りの魔法について聞いた事もある。
「廻りの魔法とは、すべてのものを廻り返る因果応報ともいうべき魔法」
と言う謎かけのような問が、オルドレイク様から返ってきた。要は使える人間にしか分からない魔法なのだそうだ。
夢の中では、何度も兄が廻りの魔法を使っている。確かに、廻りの魔法は存在しているのだ。あの時の兄はどうやって廻りの魔法を使っていたのか?どのように発動させていたのか?そもそも、本当にあの時、私に廻りの魔法を受け取ったのか?夢で何度も兄に問うが答えは返ってこなかった。
――――――――――――
次の日の朝、オルドレイク様の宿泊している所へ、魔法の修行の為に赴いてた。魔法の基礎さえも誰かに教えられていた訳じゃなかった私だが、私が読んで学んでいた本はオルドレイク様が書かれた本だった事もあり習うより慣れよ精神での学びだった。待機していた街では魔法を使う修行もできず、いつも仕事の指示をしてくれていたヤーンさんは、この街の出身だった事もありどこかに出かけていた。結局、オルドレイク様の話相手として午前中を過ごし、午後は体を労わる為の時間として自由な時間となった。
何かお手伝い出来る事があるかもしれないと、ネオ・ロンリース様の元へと戻れば、こちらもご予定があり出かけているとの事だった。自由時間を頂いたのだが、どうも使い道が分からない。
どうしようか考えあぐねていると、部屋にノック音が響いた。誰だろうとドアに近づけば「セリシア、いるか?」っとグァド様の声。急いで、ドアを開ければ、グァド様がお一人で立っていた。
「これを」
グァド様に手渡されたのは、小振りのナイフだった。軽く持ちやすいナイフの柄の部分に綺麗な濃紺の石がはまっている。
「凄くきれいなナイフですね…」
素直に感想を言えば、グァド様はほんの少しだけだが口角を上げる。本当に微かだが…。
「魔法が効かない魔物もいる。そのナイフじゃ倒す事は無理でも、無いよりはマシだろう」
そう言えば、そう言う事おっしゃっていたなぁっとナイフを見つめ思い出していたら「気に入ったか?」っとグァド様に聞かれる。
「はい。このナイフの石が特に素敵です」
「…その石を見た時、お前の瞳のようだと…」
「えっ?私の…ですか?」
「あぁ…とても深く美しい蒼だと…」
グァド様から見た私の目はこんなにも綺麗なのかと、久しぶりに自分の目の色を意識した気がする。
「ありがとうございます。目の色はもう亡くなった母譲りで…その…嬉しいです」
「…お前の母も美しい蒼の目をしていたんだな…」
先ほどから、何だかグァド様から口説かれているようでグァド様の顔を見る事が出来ない。昨夜から私は男性に慣れていないのだとしみじみ感じる。ただグァド様は私の目を褒めて下さっただけだ。何の意識をする必要ないというのに…。
「お前の体はもう、自分だけの体ではない。気を引き締めて行動しろ」
グァド様の言葉選びが、何だか間違っている気がするが心配してくれているのは間違いないだろう。
「はい、気を付けます」
「そうしてくれ。やはり、ネオは狙われているらしい」
魔物はあからさまにネオ・ロンリース様を狙ってくるようになっていた。理由は分からないが魔物にとって、ネオ・ロンリース様の存在は脅威になっている様だ。お陰で魔法の練習には事欠かないぐらいに、戦闘を重ねこの街についていた。あまりにも執拗に、ネオ・ロンリース様を狙うからには何かあるのだろう…。もしかしたら、私が知らなくても他の方は分かっているのだろうか?
「何故…ネオが狙われるのか…お前は理由に心当たりはないか?」
グァド様も分からないのか…私が首を横にふれば「そうか…」とグァド様が考え込む。
「とにかく気をつけるんだ。何かあればすぐ俺を呼べ」
そこは誰かに助けを求めろではないんだなと、疑問を持ちつつグァド様を見れば真剣な眼差しで私を見ていた。
「はい」
やはり口説かれている様に思える。違うと分かっていても、恥ずかしくなって下を向けば、頭の上に軽くグァド様の手をのせられた。
「…この後なんだが…」
「セリシア、迎えにきた」
ライアン様の声がしたかと思えば、グァド様の隣に並んで私を見ている。いつの間にこんなに近くまでいらしたのだろう…?
「あの…迎えとは…?」
何か予定があっただろうか?私が質問すれば、グァド様の横から手を伸ばし私の手を取る。
「昨夜、埋め合わせをすると言っただろう?忘れていたのか?」
ライアン様は、グァド様に「要件は終わったようなので、彼女を連れていくよ」と相手の返答を待たずに私の手を繋いだまま歩き出す。
「あっ…グァド様。ありがとうございました」
半笑いなグァド様が、軽く頷いてくれる。今日はグァド様の珍しい表情を二つも見れたなぁと、現実逃避している自分がいた。