魔王討伐という肩書
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待機している間、先ほど倒した魔物の事ばかりを考えていた。一人反省会である。
無我夢中だった事もあり、恐怖感は無かったのだが、私の行動は出過ぎた行動ではなかっただろうか?魔法の無駄遣いで怒られるんじゃないだろうか?新人のくせに上の指示なしに動いた事で、お咎めがあるのではないだろうか…?悪い方にばかり考えてしまう。
…もし咎められたとしても、今回の初めての実戦は私に自信を持つ事が出来た。魔物を近距離で見たのは、兄を殺された日以来…幼い私は、魔物を見て恐怖する事しか出来なかった。何も出来ずに何かを失うのはもう嫌だ。これからは少しでも力になりたい。誰かを守れる力が欲しい。
私とアンナさんが、着替えて支度した後、しばらくして二人の騎士の男性が、私達を迎えに来た。
どちらも体が大きく見上げなければいけないほどだ。騎士と言われる方々は皆こんなにも大きいのだろうか?などと考えているうちに目的の場所についてしまった。
連れていかれた一際大きいテントの前で、痩せて見えるが引き締まった体の男が腕を組んで柱に体を預けていた。黒髪で一重の目が開かれるとその瞳も真っ黒だ。その目に私を映し微動だにしない。私はどうしていいのか分からず見つめ返していると、アンネさんが男に話しかける。
「グァド様、ライアン様に呼ばれたのですが、こちらのテントで宜しかったですか?」
「あぁ…。まさかと思うが、こいつが今日の…」
この方がグァド様なのか…近くでお会いするのは初めてで、いつもは暗い色のフードを被っているのでお顔をまじまじと拝見出来る事など滅多にない。
グァド様は、アンネさんと話しているというのに私から目を離さない。私はアンネさんに助けを求めるように見ると、アンネさんは無理だとばかりに首を振る。
「本当にお前が、魔法であのデカいのを倒したのか?」
「…はい、その…偶然かもしれませんが…」
「偶然で倒せる相手なら苦労はしない…」
凄みというかなんというかグァド様は私を凄い形相で睨んでいる。もともと無表情だったりイライラしているのが標準な方だと聞くので、私を睨んでいるこの表情も、普通なのだろう。でも怖いものは怖いのである。私はビクビクしながら顔を背けずにいると、アンネさんがテントを開けて私を連れて行ってくれた。
「…とにかくお話しはなかで、失礼いたします」
テントの中に入れば今度は、座っていたネオ・ロンリース様が立ち上がり私の元へやってきたかと思えば手を取られる。今度は何を言われるんだろうっと緊張をしていると、ネオ・ロンリース様は、そんな私の緊張に気が付いたのかふわっっと笑ってくれた。
「貴方が私を助けてくれたのですね…。本当にありがとう」
「いえ…ネオ・ロンリース様がご無事で本当に良かったです」
ネオ・ロンリース様の笑みは、さすが癒しの聖女と呼ばれるに相応しいなぁっと思いながら私も笑顔を返す。
「そんな所で立っていられたら俺が中に入れない」
グァド様の一言で、私はネオ・ロンリース様に手を引かれるままテントの中央にある席へと案内される。魔導士長は先にこのテントへと呼ばれていたらしい。中央の席に座られたライアン様と大魔導士オルドレイク様に何やら報告をしているようだ。白い髭をたくわえたオルドレイク様は、御年80歳。どこにそんな元気があるのかっと疑問になるほど、まだまだ現役の魔導士様でもある。ネオ・ロンリース様と共にやってきた私が近づくと、3人の会話が終わり私のほうに視線が移る。先ほどから見られてばかりで穴が開くんじゃないかと思ってしまう。彼らだけじゃない、後ろからの視線もまだ切れていないのだ。
「先ほど話させて頂いたのが、こちらの彼女です」
「…そうか、君が…」
魔導士長が、私を右手で紹介するように差し出すと、オルドレイク様が、私を見るなり呟く。その目に懐かしさを含ませ、何かを納得したようにそれ以上は何も発さなかった。魔導士長もオルドレイク様の反応に少し困った様子で、改めて私を紹介しようとすると、ライアン様がそれを制した。
「セリシアには先ほど挨拶をしてもらった。まさか、こんなにもすぐに私の力になるなんて思っても見なかったけどね」
「さようでございましたか。ならば私はここで…」
「あぁ後始末のほう頼む」
ライアン様がそう投げかけると、魔導士長は「かしこまりました」っと言ってこの場からいなくなってしまった。本当にいなくなるっと言う表現が正しい。魔法で転移したのだ。私もあの魔法を覚えたいものだ。それにしても確かに私はライアン様には挨拶はしたが、オルドレイク様には直接挨拶はしていない。それはいいのだろうか?っと思いオルドレイク様を見れば、オルドレイク様からウインクを頂いた。何が何だか分からない…。
「セリシアにアンネ、来てもらって早々悪いが、あと一人ここに来る予定だ。もうすこし…いや、やっと来たか…」
「失礼、遅くなってしまった」
「遅い」
「すまない、魔物の返り血を浴びてしまってね。髪について乾くと後で厄介だ、軽く水で流してきた」
濡れた赤い髪をそのままに、鎧を外したその姿は白いシャツに黒のズボン。日に焼けた腕には見事な筋肉がついている。緋色の英雄とうたわれるエフェクト・バーン様は私を見つけると、屈託のない笑顔で私に近づき私の手を取る。
「初めましてお嬢さん。俺は、エフェクト・バーン。君の事は聞いてはいるけど、ちゃんと君の口から名前をききたい」
「初めまして、エフェクト・バーン様。私は、セリシアと申します」
手を取られたままの状態のまま話は続けられる。私はその手をどうしていいのか分からず握られたままだ。
「セリシア…君の年は?」
「18になります」
「若いなぁ…なら俺は君にとってはおじさんかな?」
エフェクト・バーン様は確か、三十過ぎぐらいの年齢だったはず…。困ったように笑う顔は何だか本来の年齢より幼く感じる。
「いえっ…あの、僭越ながら私には兄のように感じます」
「兄か…うん、いいね。だけれど、それはちょっとした牽制とかではないよね?」
「…あの」
勘違いしてしまいそうな熱い視線にに思わず顔を赤らめてしまう。社交辞令だとは分かっているが、社交界デビューも恋の駆け引きさえも行った事のない私には、刺激が強すぎる。そんな私の様子にエフェクト・バーン様は、ふっっと笑うと「可愛いね」っと耳元でささやいた。お噂通りの方だった…女性に優しいとは聞いていたが、私には太刀打ち出来ない方だと判断しアンネさんに頼ってばかりだと分かっていても縋るような目を向けてしまう。
「それ以上は、貴方の本命の女性に向けてくださいませ」
助けに入ってくれたのは、アンネさんではなくネオ・ロンリース様だった。私の手を取っていたエフェクト・バーン様の手を払い、早く進めるようにライアン様に目線をおくった。
「しかし、ネオには愛する旦那がいるのだろう?だからこうして、新しい恋にだなぁ…」
「よく言いますわ…。女性を口説く事が挨拶のような方ですのに…」
二人の会話に私は思わず、「えっ」っと驚く。別に口説く事が挨拶とか、エフェクト・バーン様がネオ・ロンリース様を…とかそんな事はどうでもいい。いや、どうでも良くはないが、ネオ・ロンリース様が結婚されている事を私は知らなかったのだ。
「どうかなさいました?」
ネオ・ロンリース様が驚いて口が開いてしまっている私をのぞき込む。私は素直に驚いた理由を口にした。
「あの、ネオ・ロンリース様がご結婚されているのを知らなくて…」
「そうなの。二か月前に、結婚式を挙げたのだけど…」
「かなり盛大に挙げて、しかも祭り状態だったから知らない奴なんていないと思ってたんだがなぁ…」
二か月前っという事は私がまだ側室だった時でもあり情報が入っていなかったのだろう。いや…入っていたとしても、丁度その時期はギリギリまで魔法を学びたくて必死で読み漁っていた頃だった…他の情報はほぼ入れていなかったのだろう。なんせ、もうすぐライアン様のお子様がお生まれになる…っと思うと、気が焦ってしまいそれ所じゃなかったのだ。
「そうだったのですね…。それは、おめでとうございます。すいません、少し情報に疎い所にいまして…」
「情報に疎い場所とは…それはなかなか、興味をそそるお嬢様だ…」
エフェクト・バーン様は、顎に手を当てワザとらしく考えた振りをしている。コホンっと咳払いが聞こえそちらを窺えば、ライアン様が「そろそろ話しを進めていいだろうか?」っと笑顔の中に青筋が浮かびそうな表情で私達を見ていた。
「あぁ…そうだった。セリシア、また後で話そうね」
「貴方に使う時間なんてセリシアにはありませんわ」
エフェクト・バーン様の言葉に、サラリとネオ・ロンリース様が否定する。とても仲が良いお二人の様だ。
「皆、席についてくれ…あぁ、セリシアはこちらに…」
っとライアン様の隣の席を進められる。あまり気が進まない席ではあるが、指示通り私はライアン様の隣の席へと座った。ライアン様は私が横に座るなり、「あの二人の間に君がいたら、話が進まなそうだからね」っと耳打ちした。私はライアン様に理解したっと伝える為、軽く頷いておく。
そして、始まった話の内容はまず先ほど倒した魔物の話だった。
統率とスピードがある魔物で親玉を中心に群れをなす魔物だったこと。
それゆえに、簡単に中央に配置して守っていたネオ・ロンリース様の元まで簡単に抜けられてしまったこと。
そこに、私が魔法で倒してしまったことで、統率を失った魔物が退散したこと。今回の狙いはネオ・ロンリース様ではないかということ。
ここに呼ばれたのは、魔物を倒した時の様子を聞く為だったはずだが、全く私は蚊帳の外ではないかというぐらいに、黙って座っているだけだった。
「セリシア、君の事なんだが…」
急に話をふられ、びくっっとしながらかろうじて「はい」っと私は答えると、皆が私に注目していた。なんだろうっと背筋を伸ばせば、ライアン様から良く分からないお言葉を頂く。
「君に、魔王討伐に参加してほしいんだ」
え?参加してますよね?言っている意味が分からず何て答えたらいいのかあぐねいていると、ライアン様が「あぁそうか…アンネ、彼女に詳しい話をしていないんだな?」っとアンネさんに話がいく。
「シアさんは魔導士への加入が出発二日前で、実戦経験もないということで必然的に次の街での下りて頂く予定でしたから…」
次の街で下りる???アンネさんが言っている事に驚き青ざめていると、アンネさんがそんな私の様子を見て「説明してなくてごめんなさいね」っと困った顔で私を見ていた。
曰く、魔王の領域への道のりまでに他の国や街にて、精悦部隊を整えるため補充する事
曰く、その国の戦力が無くなるのを防ぐためにも、連れていきた戦力と交代する事。
曰く、ある程度の魔法を使えれば、魔道士はどこの国でも歓迎されるという事。
だから今まで魔導士長は必要ないと判断し実戦を経験させてくれなかったのかっと気づき下唇を噛む。悔しかった…自分の実力を認められたと思っていたに、ただの交代要員だったなんて。もしかしたら兄は知っていたのかもしれない。だから、反対もなくここまでこれたのだと今さらながらに気づく。やられた…兄を信じすぎた私が迂闊だった。ただ、今はその兄も目論見がはずれた事になる。私はこの機会を逃すわけにはいけない。
「どうか私を、魔王討伐隊に入れてください」
「それを頼んでいるのは、こちらなのだが?」
「いえ!そうではないのです。私はもっとお役に立てるように頑張ります。なので、魔王討伐最後まで私を連れて行ってください」
ライアン様に縋るようにお願いすると、ライアン様は少し眉をひそめて「君は、どうしてそこまで…」っと呟くのが分かった。やはり、最後までは無理なのだろうか?こうなったら、一人ででも向かえるように準備をしなければいけない…そう考え始めたころ、エフェクト・バーン様が口添えをくださった。
「最後までは保証できないが…彼女の実力を見て決めるって事でいいんじゃないか?」
「しかし…」
「確かに実戦経験が少ないが、可能性はなくはないだろ?」
やはり、魔王討伐の最後…魔王まで行く面子は決まっているんだ。魔王討伐隊に参加出来たとしても、きっと今のままではどこかで待機するのではないか…、魔物の足止め係の役目があるのではないか…予想は大方当たっているらしい。
「…はっきりと約束は出来ない。それでも、いいか?」
「はい。私に機会さえ与えてくださるのなら、それ以上は望みません」
「いいだろう。では改めて頼む。ついてきてくれ」
「宜しくお願い致します」
私は今までのお嬢様的な挨拶ではなく、右手を胸に当てる臣下の礼をとる。ライアン様は困った顔で私の礼を受け止めてくれた。
私への話はこれで終わりだった。不安だったお咎めもないらしい。私はすぐに戻るものだと思っていたのだが、ライアン様達の話はこれからの事に移っていて戻る機会を逃していた。
次の街での交代の話の中に、今回の魔物の奇襲によって負傷者がかなり出た事もあり補充する人数も調整するらしい。交代する回数は大きいもので後3回。後はその場の都合で変わるという事が分かった。綿密に立てられていた他国との計画に、ライアン様がこの世界を救うための真剣さが分かる。二年間ほどで他国とのここまでの連結させるなんて、ライアン様はどれだけの睡眠時間を削ってきたのだろう?皆に慕われる理由が良く分かった気がした。
私は目の前に用意されたお茶を飲みながら、ここに出席されている方々の様子を窺う。誰もが魔王を倒すため、ライアン様の元へ集結した名だたる英雄達。その方々と並んでも見劣りのしないぐらいの力を持たなければ、魔王の懐までは連れていってはもらえないだろう。
話が個々の連絡になりそろそろ席を立とうとすれば、気配なくグァド様が私の隣の席に座った。隣に座る時ぐらい気配ぐらいは欲しかったなぁと驚いた素振りを見せない様、グァド様が私にに話しかけられるのを待つ。この方は傭兵をまとめ上げる頂点にいるだけあって、実力は計り知れない。そんなグァド様が私に何の用があるのだろうか…?
「お前は刃物を持った事があるのか?」
「えっ?」
「剣やナイフは持った事があるのかと聞いている」
「いえ、持ったことはありませんが…」
突拍子のない質問に、私はただ答える事しか出来ない。助け船をもらうにもただ今、他の方々は話し合いの最中で、アンネさんは私が話を聞いている途中で用事あるとの事で戻って行ってしまっていた。一対一でのグァド様との会話に緊張どころか、体が固まってしまいそうだ。
「これからの戦いでは、魔法が効かない魔物も出てくる。自分の身は自分で守るしかない。刃物なら教えてやれる」
グァド様直々に教えて貰えるなんて…驚きはしたが、とても光栄なことだ。
「はい、宜しくお願いします」
私がそう答えると、グァド様は無言で頷き席を立って行ってしまった。もしかしたら私が緊張していたから、気を使わせたのかも知れない。見た目よりも怖い人ではないのかなっとグァド様の後ろ姿を見送っていると、グァド様が急に私のほうを振り返って笑ったような気がした。私が見ていたことが分かったのだろう。恥ずかしくなった私は、その場から逃げるように自分のテントへと戻った。