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目を開いたら…自分の顔のどアップが目の前にあった。
どアップ…は、やはり耐えらえないなぁ。あぁ…もう少し目が大きかったら…と黒い毛に覆われた手で、自分の目の辺りをこのくらい…(にゃぁ~)と言って触った。
そうだよ…、鼻だってもう少し高かったら(にゃぁん)と…また自分の鼻を触ろうとしたら…突然抱き上げられた。
「平蔵!おまえ…どうしてここにいるんだ?」
と翔兄はそう言いながら、私の頭を撫でた。あぁやっぱりいいなぁ…撫でられると安心する。抱きかかえられ、ふぅ~と溜め息をついて見回したら、ここはどうやら保健室のようだった。あぁ…あの時、(俺の妹発言)がすごく恥ずかしくって…気を失って…逃げ出したんだ。
私は、翔兄の腕の中で、体を捻り…ベットに眠る自分の姿を見た…。なんだか、信じられない。自分の意識は、この黒い子猫の中にあるのに、でも体はあそこのベッドに横たわっている…不思議…とそんなことを考えていた。
まさか大人しくなった理由が、そういうことだったとは思っていないだろう翔兄は、私を抱きしめ…子猫の私に話しかけるように…
「俺…ずっと前から、花音が、休憩時間になると3階の西から2番目窓から顔を出すのを知っていたんだ。知っていたから、休憩時間には必ず3階から見える場所に顔を出していた。いつも…チラッと見ては関心なさそうに、引っ込むんだ。それでも…見てくれていることが嬉しかった。今日なんて…名前を呼んでくれた、聞き間違いじゃない。確かに「翔兄」と聞こえたんだ、振り向いたら手を振っていた…。俺、もうカッコイイとかカッコ悪いとか考えないで、花音のところに走っていったよ。花音にカッコイイ自分を見せたいと…思っていたことが…くだらない事だとようやく気がついたよ。俺ってバカだよな。」
「そうだぞ!翔太。」
お兄ちゃんの声だ!あの!諸悪権現は…どこにと、周りをクルクルを見渡したら…頭をものすごい力で撫でる手が…!!
どうやら今、保健室に入ってきたらしい。右手は私の頭に、左手は、ジュースを一本持ち、両ポケットにジュースを一本づつ入れているお兄ちゃんがいた。
「にゃん!(お兄ちゃん、止めて!)」
「真一、やめろよ。おまえ嫌われるぞ。」
「そうか…喜んでいるみたいに見えるが…」
「にゃぁん、にゃぁ~(どうすんのよ。変人の妹だとばれちゃったよ。バカバカ!!)」
「やっぱり喜んでいるぞ。俺のことが好きだろう。平蔵。」
「にや~!にゃぁん!!!(ない!それはない!)」
「真一…、それは嫌われてると思う。」
翔兄の言葉を無視するように、お兄ちゃんは私の顔を見て笑っていたが、突然…驚いたような顔で、私を覗き込んできた。
そして…眉間に皺を寄せて…小さな声でこう言った。
「名にし負はば 逢坂山の さかねづら
人に知られで くるよしもがな (三条 右大臣)」
と歌を一首詠むと ・・まさかなぁ・・・・と呟いた。
あの和歌がどういう意味だったか…ぜんぜんわからなかった…。
お兄ちゃんは…なにを思ったんだろう。気になって…お兄ちゃんの顔をじっと見つめた。
そんな私を、お兄ちゃんは見つめ返し…こう…のたまった。
「ほら、やっぱり俺のことが好きなんだろう。平蔵。」と
私はバカバカしくて、そっぽを向き、翔兄の腕の中で丸くなった。
その様子を見て…翔兄が大きな声で笑った。胸に抱かれた私まで揺れるくらいに…
やさしい腕の中で幸せだった・・・6つ目の出来事だった。