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もう少し休めば良かった…。
出来れば…試験が終わるまで、休めばよかった…。
黒板に先生が「いいか!!ここは出るぞ!」とチョークで叩きながら生徒を見ている、出ると解かっていても…きっと応用問題になったらお手上げだ。花音は、大きな溜め息をついた。
翔兄に会いたくて、母親たちが止めるなか、学校にやってきては見たものの。
試験前と言う事をすっかり忘れていた…。あぁ…いつもの倍は赤点かも…授業の終わりを告げるチャイムに、心で感謝をしつつ、花音は3階の教室を出て、廊下から体育館の方向にある、生徒会室にいつものように目をやった。相変わらず女子生徒に囲まれた翔兄が見えた、ふぅ~あの中に入れる自信も勇気もないよ…。
あぁ~今まで避けていた翔兄に、どうやって近づけばいいのか考えてもいなかった。
子猫の時だったら、側にいられるが…言葉が通じない…。子猫になっても、ただ見ているだけ…そうやって考えるみると、翔兄と私の間って何一つ変わっていない。
苦手だと避けていた人だった…、でも本当は気になって仕方がなかった…
お兄ちゃんは、翔兄が私に今も片思いと言ったが…それは違うだろ。
お祖父ちゃんのことが、翔兄に昔の辛い思い出を呼び覚ましたのだと思う。
そう…両親の死という辛い思い出が甦ったのだろう。
あの時泣き方を忘れるくらい辛くて、壊れそうだった翔兄。
一緒に泣いた私に縋っているのだと思う。
耐え切れる自信を得たいから、私に縋っているのだと思う。
翔兄…と呟くように呼んで、小さく手を振った…どうせ見えるわけがないと、高を括った大胆な行動だった…女子生徒に囲まれた翔兄が、突然…上を…私がいる3階を見上げた。
目が合ったような気がした。…翔兄の顔が、見る見る赤くなり…女子生徒の囲いを抜け出したかと思うと走り出した。上から見ると…異様だった。まさしく金魚の糞状態になっていた。
階段の下から…ざわめきが上がってきた…。まさか…だと思うけど…と息を飲んだとき、ざわめきの素が、息を切らしてやって来た。
大きく肩が動いていた、顔が赤くなっていた。切れ長の目が私を見つめ…
「…入院していたんだって、花巻から聞いた…。もういいのか?見舞いに行けなくてごめんな。」
周りは唖然として、私と翔兄を交互に見つめていた…
いや私だって驚いて、ぽかんと口を開けたままだった。
な、なにか言わなきゃと開けていた口を閉じた時、後ろからヘッドロックを掛けられた。
「いや~、すまんな。翔太、俺の妹を気にかけてもらって…悪りぃなぁ。」
周りはまた唖然とした…が、一人の勇者が変人に立ち向かった。
「花、花巻君の妹?」
「あぁ、そうだ。両親が離婚したから…苗字が違うがなぁ…」
えぇぇ~!!と叫ぶ声が、あちらこちらから響いたように聞こえたのは…決して幻聴ではないだろう…
終わった…ダサイ女子高生プラス、変人の妹と新たな二つ名を頂戴した瞬間だった。
私は…周りの喧騒から、逃げ出したいと思ったら…意識が遠のいていった。
お兄ちゃんのバカと言葉を残して…
お兄ちゃんのことはムカつくけど…
でも…これも…
翔兄を好きになった…5つ目の出来事だった。