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「しのぶれど 色に出にけり わが恋は
物や思ふと 人に問ふまで (平 兼盛)」
退院の朝、母の代わりにお兄ちゃんが来て…私の顔を見て、最初に言った言葉がこれだ。
久しぶりに、お兄ちゃんの変人さを再確認した。……お兄ちゃん…なんなの…
その時の私の顔はきっと…お兄ちゃんを呆れたように見たと思う。
ふぅ~と溜め息をこれ見よがしについて、私は…
「なんで、おにいちゃんなの?学校はどうしたの?お母さんが仕事で難しいって言っていたから、おばあちゃんが来ると思っていたら…なんで。」
「ばあちゃんに、荷物を運べとは言えないだろう。それより百人一首部の花音君、今の歌を聞いてのご感想は?」
「お兄ちゃん、私にわかるわけないじゃん…、部員がひとりもいないからと言うことで、応援で入った私が!!!」
めちゃくちゃ、不機嫌に言ってやった、しばらくなかったから油断したが、こうやってお兄ちゃんは、何事も百人一首を引き合いに出し、誤魔化すところがある。
迎えに来てくれたことはありがたいけど…でも、突然、百人一首を言われても、わけわかんないよ。
その考えが顔に出て、ムッとした顔のまま、お兄ちゃんを見た。
お兄ちゃんは…そんなことも大して気にしてないかのように、歌の意味を言い始めた。
「人に気づかれないようにじっとおさえていたのに、私の恋心は、とうとう顔に出てしまったようです。なにか思い悩んでいるのですか?と、人に尋ねられるほどになってしまいました。」
私は…きっと今真っ赤だろう…。口があわわ…と動いている。
「図星か…」と淡々と言うと。
私のベットの横にある椅子に座ると、「話せよ。兄ちゃんが相談に乗ってやる。」と言った…
い…いや…お兄ちゃんに言ったら、翔兄の耳に入る…それより…寝ると…意識がない時は、どうやら翔兄のところの猫になっているらしいなんて!!い、言えない。
し!信じてももらえないよ…
私は、お兄ちゃんに目が合わせられなくて、下を向いた。そんな私に…お兄ちゃんは…
「あいつなぁ…、おまえが入学したら、かっこよく前に出て、新入生へのお祝いを言いたいと、突然言い出して…生徒会長に立候補したんだぜ。笑えるだろう…。直接言えば言いじゃんって言ったら、印象を良くしたいんだ。かっこいいと思われたいんだ…と、おまえは乙女か!っていうくらい赤くなって…
俺は、声を大にして言いたかったよ。秋月 翔太に恋する女子諸君!あいつは俺の妹に…10年以上片思いしているんだぞ!!って」
私は…顔を上げた…初恋の相手だと…私が初恋の相手だと言ったけど…、それは昔のことだと…
困惑した顔が…だんだんと赤くなっていくのが自分でもわかった。
そんな私の様子を見て…お兄ちゃんは少し笑い…
「少しは翔太を気にしてくれてるんだよなぁ?…あいつを…頼むよ。あの時みたいに…しっかり手を握ってやってくれ。」そう言って、私の頭に手を置いた。
「頼むよ…」お兄ちゃんの顔は、笑っていたけど、声は…震えていた。
…胸に熱いものが湧いてきて、言葉が出なくて、大きく頷いたら…
「こういうときは…」とお兄ちゃんの声が、先程と違ってしっかりとした声で
「由良の門を 渡る舟人 かぢを絶え
ゆくへも知らぬ 恋の道かな(曽禰 好忠)
と答えて欲しかった。」
【由良の海峡を漕ぎ渡る船頭が、かいをなくして行く先もわからず流されてしまうように、この先、私の恋の道も同じです。】
お兄ちゃん・・・・
感動したこの涙を・・・・・返せよ・・・・