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「おまえ、大丈夫か?」
「う、うん。秋…いや翔兄になにかあったの?」
「俺からは言えないけど…ただ、今あいつの心を支えているのは…平蔵だけかもしれないなぁ」
「へ!へいぞう!!……まさか…あのまさかとは思うけど、く、ろい猫だったりして~」
兄は、大きく目を見開き…
「おまえ、いつ超能力者になった……」
兄のバカバカしい物言いに、いつものように返す力がなかった…。いや声が出てこなかった。
自分の口があわわわ…と動いているのはわかった、言葉が出てこなかった。
なにが、起こっているのだろう?私の目は兄に縋ったが、この兄貴では…と頭が拒否した。
でも…誰にも言えない、いや信じてもらえないだろう。
兄を見ては、頭を振り、また兄を見ては、頭を振る…その繰り返しを兄は訝しげに見ていた。
その夜、心臓が飛び出すくらいドキドキ感が、堪らなくて眠れなかった。でも寝ないと、確かめられない。
本当なのだろうか?私が…猫になってるのだろうか…。あの翔兄の…猫に…、
翔兄は、今誰と暮らしているのだろう…そう言えば、平蔵という名は時代劇が好きなお祖父ちゃんから…と言っていたなぁ。
11年前、5歳だった私が覚えていることは…翔兄のお父さんとお母さんのお葬式だ。
親戚も少なく…そして一人息子の翔兄は入院していて本当に、寂しいお葬式だった。
そうだ、喪主は父方の祖父だった…そのおじいちゃんと暮らしているのだろうか。
最後に翔兄を見たのは、翔兄が引っ越す日だった。
荷物が次々と運び出される様子を、翔兄は顔を歪め、泣くのを我慢していた。
骨折し三角巾で吊っている翔兄の左手には、家族の写真が握られていた。
私は…翔兄の怪我をしていない右手を握った。
翔兄は、繋がれている手を見て、そして私の顔を見て…
「ひとりぼっちになっちゃった…」と言って、また、片付けられていく部屋を見つめていたが…そのうち涙がポロポロと零れていった、でも声は出ていなかった。
私は…翔兄の手を強く握り、そして、うまく泣けない翔兄の代わりに、大声で泣いた。
「ひとりぼっちになっちゃった…」と言った翔兄に、私がいるからと言葉に出来ない分、翔兄の手に伝えたかった。
私がいるから、翔兄の側にいるからと伝えたかった。
うまく泣けない翔兄は、6歳のままだった…。
あの日、試験前で部活は休み、そして雨で誰もいない校庭で、雨の音に紛れる
ように泣くあの姿は、確かに、翔兄だった…。
いつ、眠ったのだろうか…気がついたら翔兄のベットの上で、丸くなっていた。
翔兄は机に伏して眠っていた…試験勉強していたのだろうか…
私は、翔兄の机に飛び乗り、翔兄を見た。
どうして…半年も気がつかなかったのだろう。あの頃と同じだ。茶色い癖のある髪も、意志が強そうな眉も、口下手でうまく話せない口、その分、表情豊かに揺れ動く切れ長の目。
翔兄…。なにがあったの?。
私が、子猫になっちゃったのは、また翔兄の側にいてあげてと、神様が言っているのかもしれない。
あの時…私は…翔兄の手を強く握ったが、今日は翔兄の頬に頭を寄せ、そして言葉に出来ない分、翔兄の頬を軽く舐めた。
それは…悲しい思い出を呼び覚ました、私と先輩…ううん…
私がまた翔兄を好きになった3つ目の出来事だった。