3
その夜の夢も…私は…先輩の猫だった。
「猫は【寝子】が語源という説があるくらい、睡眠時間が長いって聞いたことがあったけど、ほんとお前はよく寝るよなぁ。」と言って、私の頭を撫でていた。
「にゃぁ~(まただよ。なんでこんな夢をみるんだろう)」
「目が覚めたか…」そう言って、私の顔を覗き込んだ先輩は、嬉しそうだった。
撫でられる大きな手に、私の体…というか猫になった私の体は、どうやらお気に入りらしく、先輩の大きな手に自分のほうから頭を寄せていった。
その様子に、先輩はやわらかく微笑むと…私を抱き上げ、腕の中に囲い…自分の頭を猫の私に逆に寄せてきた。
「平蔵…おまえは温かいよなぁ…。生きているって、この温かさなんだよなぁ…」
そう言うと、より私を抱きしめてきた。
「…俺…決めきれない。わかっているけど…決めきれないんだ。どうしたらいいのか…」
そう言う先輩の肩越しから、見える景色の中に…どこかで見た写真があった。
これは…どこかで見た気がするのだが…思い出せなくて…思わず手を伸ばしたら…
体が真っ逆様に落ちいって
…目が覚めた…。
あの…写真の人達って、どこかで見たような気がする…まぁ夢の中のことだから、いろんな記憶を繋ぎ合わせているのかもしれないが…なんだかすっきりしないまま…夜が明けてしまった。
まったく、なんでこんな夢を見るのだろうか…あの雨の日、ゴールポストに凭れていた先輩が忘れられないからだろうか。
熱が下がり…ようやく明日には家に帰れると言う日…。わが兄貴が見舞いに来た。
「なぁ…おまえなんで、雨の中…なにやっていたんだ?」
さすがに…先輩の泣いている姿を見て、植え込みから出るに出られず…そのままいたら…こうなりましたとは言いづらかった。
「そ、それはお兄ちゃんが、部室にいなかったから…」
「雨の中、待っていたのか…びしょぬれになって…ふ~ん…」と意味ありげに笑ったが…
「悪かったなぁ…、どうしてもあいつの側についていてやりたいかったんだ。だけど…大丈夫だと言って逃げられて…あの日は…部室に行けなかった。あいつもおまえと同じで…いつも我慢すんだ。どうにか力になってやりたかったが…」
そう言って、苦笑し…
「だが、俺が側にいるより、もっとあいつの心を癒すことができる奴が現れて…まぁ良かったんだろうなぁ」と私に言ってるというより、そう言って自分自身を納得させているようだった。
お兄ちゃんが珍しく真面目な事を言っている姿に…思わず
「…彼女?」と聞いた私に…ポカンとした顔が…私を凝視すると!
「あぁ…いやいや…男だよ。ほら、秋月だよ。」
「お、お…お兄ちゃん、秋月先輩と知り合い?!」
「はぁ?何言ってんだ。?覚えてないか?ほら…親父たちが別れる前に住んでいたあのアパートの、上の階に住んでいた翔太だよ。おまえ、翔兄って言ってよくついて回っていたじゃん。」
呆然とした…私の顔を見て、兄は…
「おまえ…知らなかったのか?!秋月 翔太が…おまえが言っていた翔兄だってことに…通りで……俺はおまえが年頃だから恥ずかしがって、あいつに近づかないと思っていたんだけど…気がつかなかったんだ…マジかよ。」
混乱しながらも私の頭は、12年程前の記憶を捜していた…。
両親が別れる2年ほど前だった…当時4歳の私はひとつ上の兄よりも、翔兄に懐いていた、翔兄はほんとに優しくて、兄や他の男の子たちが嫌がるなか、私はかなり邪魔な存在だったろうに、皆と一緒に遊ぶことも、うまく話すこともできない私を、翔兄は私の手をひいて仲間に入れてくれた。
そうだ…あの頃…父と母の仲は、冷え切っていて夫婦喧嘩が耐えなかった、
両親の喧嘩が恐くて…寂しくてアパートの踊り場で泣いている私を翔兄は、よく自分の家に連れて行ってくれた。翔兄のお父さんとお母さんは仲が良くてうらやましかった。
翔兄のお父さんは、力が強くてよく腕にぶら下がって遊んでもらった。
翔兄のお母さんは、編み物が上手で…マフラーと手袋を編んでもらった。
私は…もう家に帰らない、翔兄のお家の子になると言っていたっけ…
でも…あれは私が5歳、兄や翔兄が6歳の頃だった…翔兄の一家が交通事故で…翔
兄の…翔兄のお父さんとお母さんが亡くなったんだった…。助かったのは翔兄だけだった。
あぁ…そうだ。あの写真は…先輩の肩越しで見たあの写真は
…翔兄のお父さんとお母さんだった…。