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先輩を好きになった20の出来事  作者: 夏野 みかん


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私たち三人は、松宮家からおいとますると、誰一人声をあげることなく歩

いていたが…突然お兄ちゃんが声を発した。


「翔太。俺も…後から行く。だから先に大人になるなよ。待っていろ。」


お兄ちゃんは…きっと心配なのだろう。自ら…荒波の中に飛び込んでいく翔兄が。私たちの周りが動いていく、その動きは…もう止められないのだろう。これが、大人になっていく為の流れなのだろうか。

お兄ちゃんの言葉に、翔兄は「恩恵を受けれる間は、子供でいてやるさ。」

と笑っていた翔兄のその顔は、流されないように、潮の流れを見る目を養い、そ

して泳ぎきると言っていた。



 この日私たちは、時の流れを肌で感じ

               もう、戻れないと心が感じていた。

    



お兄ちゃんが…(先に大人になるなよ。待っていろ。)と言いたくなるくらいに、一気に前へと歩みを速めた、翔兄。

寂しい…どんどん心の距離も離れていくようだ。

切ない思いで、翔兄を見た…

この思いは、どこに持っていったらいいのだろうか…

妹では我慢できなくなる、後輩だなんて嫌だ。私は…私は…


この人が、翔兄が好きだと思った・・・・19番目の出来事だった。

 

         

*****



今、目の前に、恐い顔で仁王立ちしているお兄ちゃんがいる。

30分ほど前だ、ノックもなしに部屋に入ってきたかと思ったら…


「何してる?バカだ、バカだと思っていたが…これほどとは…」と言って…この状態だ。


「…お兄ちゃん…バカって…なんでよ。」


「バカだから、バカだと言っている。なぜ、翔太から逃げてる?」


「お兄ちゃんには…関係ないよ…」


「わびぬれば 今はたおなじ 難波なる

         みをつくしても 逢はむとぞ思ふ ( 元良親王 )



花音、お前はこの歌の意味がわかるか?


会えないのなら、私はもう死んだも同じです。それならいっそ、難波潟にある澪標みおつくしのように、身を尽してもいいので、あなたにお会いしたい。と言う意味の百人一首だ。おまえの気持ち、そのまんまだろう。」




私は…唇を噛んで下を向いた。



ささくれた気持ちに、お兄ちゃんの言葉は辛く…余裕がないままイラつく気持ちで言ってしまった。


「そうよ…その和歌の通りよ。でも…女性として見られていないのに…(好き)だと言って気まずくなるより、妹や後輩の立場でずっと側にいたほうがいいもん…だからほっといてよ!!」


お兄ちゃんの眉が上がり、不機嫌な顔で…「ほんと…おまえはバカだ!」


「バカでもいいもん!!」そう言って、お兄ちゃんの横をすり抜け、逃げるよう


に外へ飛び出した。



寒い……外は…雪が降り出していた。



ふう~と手袋をしていない手の平に息を吹きかけ、空を見上げた。冷たい雪が顔

に降り注いできた。



翔兄…に言えなかったなぁ…イギリスでも頑張って…と




そのひとことが言えないまま、クリスマスが過ぎ…そしてお正月が過ぎ…

松宮さんのところに行ってから、もう一ヶ月近く経ってしまった。

あれから翔兄は、イギリスでの新生活の準備で2度ほど渡英して、忙しい日々を

送っていたが…何度も私の家に訪ねて来てくれた、でも私はいろんな理由を言っ

て、翔兄に会わない様にしていた。会いたいんだけど、会えば…辛くて…何よりどんな顔で会ったらいいのかわからなかった。




Pコートを掴んで飛び出した来たのは…正解だったなぁ…とぼんやり考えながら歩いていた。どこに向かって歩いていたわけではなかったが…足は学校へと向かっていたらしい。気がついたら、学校の門の前だった。グランドは…薄っすらと雪が積もり…白い絨毯を敷いてあるようだった。足跡をつけながらグランドを歩いたら、サッカーゴールの前で足が止まった。


ここだ…。あの雨の日、翔兄はこのサッカーゴールに凭れ泣いていた、大事な人たちをまた亡くすかもしれないという恐怖と寂しさ…おじいさんのためにどうしたらいいのかわからないジレンマ…

そして実の父親の存在…押しつぶされそうな出来事にとうとう耐え切れなくて…ここで翔兄は泣いていた。


冷え切ったサッカーゴールに手を伸ばした、触れた指先が冷たくて震えた、だけ

ど胸は、正反対に熱く震えた…そうだ。その姿に、私は恋をしたんだ。翔兄と知らずに恋をしたんだ。



いつも女の子に囲まれ、明るくて誰にもやさしい、そして頭脳明晰、容姿端麗と…まるで作られたかのような人物像に、なんとなく胡散臭さを感じ、私は、翔兄…この先輩が苦手だったが、あの日…雨の中で、子供みたい泣いて、

鼻の頭が赤くし…少し茶色い髪の毛先が、いつもは計算されたかのように流れているのに雨でぐしゃぐしゃで…

ネクタイはなくて、ブレザーは雨を吸い込み…型崩れして…

ぜんぜんカッコよくないのに…私の胸が…音を立てた。

上手に泣けない人が、ようやく泣けたという姿が、心のどこかで翔兄と感じたの

かもしれない。


あの日の翔兄のように、サッカーゴールに持たれ、空を見上げた。

雨ではなく、雪だったが、顔に落ちた時点で水になっていく感触は…あの日を思い出させた。平蔵と出会ったのもあの雨の日のここでだ。

部室の前の植え込みから、雨に濡れたせいもあるのかもしれないが…小さくて痩せた…黒い子猫が出てきた。


「おいで…」と手を差し伸べると…

私の指に甘えるように、体を寄せて来た平蔵。



平蔵が、私と翔兄を繋いだ。



私の腕の中から逃げ出した平蔵が…逃げた先は、翔兄の足元だった。

あの時…雨と泥で汚れた翔兄のズボンの裾に、尻尾を絡ませ慰めるかのように

にゃぁ…にゃぁ…と鳴いていた。

先輩は腰を落とし子猫を抱き上げた…子猫は…先輩の唇を舐め…まるで元気を出してと言っているかのように見えた。



平蔵がいてくれたから、私は翔兄の本当の姿を見る事が出来た。


平蔵に体を借りた私は、ほんの少しだが、翔兄の元気の素になれた気がする。


不思議な猫の平蔵は…翔兄を心配した、翔兄のおかあさんだったのだろうか…


                  

          

     

にゃぁ~ん




猫の声が聞こえたと思ったら…足元が暖かい熱に包まれた。

黒い子猫が…私の足元に…私は「まさか…へ、平蔵?」と言って手を伸ばしたが、その手は、黒い子猫に触れる前に・・・・


大きな手に腕を引かれ、雪で湿ったコートに抱きしめられた。

       







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