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どうやって、家に帰ったのか覚えていない…気がついた時には鞄を投げ出し、玄関に座り込んでいた。
鞄を投げ出したすごい音で、祖母が「花音!!」と目を吊り上げて出てきたが…私の姿を見て、吊りあがった目は、大きく見開き「由紀子!!!花音が大変!」と母を呼んでいた。
それから後は…記憶がない。
次に目が覚めた時は、白い部屋だった…そして母が覗き込むように私を見ていた…。
「もう…あんなに濡れて…馬鹿!…肺炎で入院よ。」と言っていることは厳しかったが、裏腹に顔は泣きそうだった。
ごめんね…と言ったつもりだったが、母に伝わっただろうか…。
また、意識が遠のいていった。
あったかい…私は、その温もりがまだ欲しくて顔を押し付けたが、その温もりが離れようとしたので…そっと目を開け、その温もりを見た…それはシャツ?…白いシャツみたいだった。
「目が覚めたんだ。大丈夫?」
その声は…もしかして…いやそんなはずは…と考えていたら、覗き込まれた…。
そ・ん・な・・・先輩、と言ったつもりが…
にやぁ…
にやぁ…?って今、にやぁ…って言ったよね。私…
先輩に抱き上げられ、じっと見つめられた…先輩の瞳に映る…私は
・・・・・・・・・黒い・・子・ね・・・こ・・・・だった。
猫だ…、落ち着け、これは夢、そう夢よ。そんなことを考えているとは思っていない先輩は、私の頭を撫で、顎の下もくすぐるように触った。
…これって割と気持ちいいじゃん……が「にゃぁーん」となった。
「気持ちいい?」やわらかい笑みが先輩から零れ、その手はまた私を抱きしめ、泣きそうな声で
「おまえ…やばかったんだぞ。でもよかった…、もう大丈夫だよなぁ。」
「にゃぁー(夢とはいえ、抱きしめられた感覚は…リアルだ。)」
多少噛み合わない会話だが、先輩は…どうやら良いように受け取ったらしく、
「そうか、ありがとうっていってるんだなぁ、どういたしまして」と言って、優しく微笑んだ。
この微笑って…いつもとは違う。これって…こんな微笑を私は、先輩にしてもらいたいと思っているんだろう
か?本当の先輩を私は見たいのだろうか…。私は…じっと先輩を見た。
「おまえ…家がないなら、俺のところに来ないか?」
「にゃぁ…(まるでプロポーズだ…あはは…)」
「そうか、来るか!じゃぁ…名前を決めようなぁ!」
「にゃぁ…(いや、ひとことだって言ってません。夢の中の先輩は、人の、いや猫の意見は聞かない人だ。おいおい、ちゃんと聞いてよ。)」
「平蔵ってどうだ!」
「にゃう…(…嫌だ!!例え夢でも嫌だ!断固抗議する!)」
「じぃちゃんと見ているんだけど、鬼平犯〇帳の長谷〇平蔵が、ずげーかっこいいんだ。それからとって平蔵!!いいだろう?」
「にゃぁ…にゃぁ…(おじいさんと仲が良いのは、確かに喜ばしいことですが…根本的に…それって男の名前でしょう…いや…ちょっと待て…私って今…夢の中…おまけに猫。そもそも私って、メスなんだろうか?)」
先輩に抱き上げられている私は、恐る恐る頭を下げ確認した・・・・女の子だ。
ほぉ~・・・・・
いや!!確認して、安心している場合じゃない。その名前は堪忍してよ~と嫌という意思を表すために、私は言葉で通じないなら体でと…暴れた。ところが…
「おいおい、そんなに踊ってしまうくらい、嬉しいのか…平蔵。」
「にゃう…(踊っていないし…もう決まっているし…夢とはいえ…もう泣きたいよ)」
先輩は、私をぎゅうっと抱きしめ…
「おまえは最後まで、俺と一緒にいてくれよ…。」と呟く声が聞こえたが…
それはどういう意味だったのだろう…
私は…包まれた温もりに、身を委ね…また眠りに攫われていった。
今から思えば、それは…先輩を好きなった…ふたつめのできごとだった。
目が覚めた…母が私の手を握って…
「もう…びっくりしちゃったわ。健康だけが取り柄の花音が、入院することになるなんて…」
「取り柄って…それしかないの私って?」
母は、にやりと笑い「それ以外にあったら、教えて」と小憎たらしく言ったあと…
小さく良かったと言った。
私は…小さな声が聞こえたが、なんだか照れくさくて…「ひどい~!!」と叫んでやった。
母の笑い声が病室広がり…私は夢のことをすっかり忘れてしまった…
だが…
あれは…夢ではなかった。これが、始まりだった。