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もし…これがテレビや小説の世界なら…有り得るだろう。
生徒会長、サッカー部のエース、頭脳明晰、おまけにイケメンでやさしいと揃う人物は…。
だが、現実にそんな男性がいたら、どう考えたって紛い物としか思えない。
それが、桂ノ宮高校の 秋月 翔太……先輩だった。
女子生徒らが言う秋月先輩の微笑みは、慈愛に満ちているそうだ。私には黒い笑みに見えるんだけど、あれはきっと腹の中で、(うざいんだよ。早く離れろよ。)と囲んだ女子生徒らに言っているんだと思う。
……な〜んて言っているが…
黒く長い髪を三つ編みにし、おまけに黒い眼鏡を掛け、いつの時代の女子高生だと言われる私が、偉そうに言えることではない。
容姿はこんな具合だし、勉強は…真ん中ぐらい…いや…ちょっと下だ。おまけに先輩みたいに、みんなの注目を浴びるような部活ではない。
…百人一首部…
部員は私をいれて2人。
もう溜め息さえ出てこない。
まったく対照的な先輩と私、だから苦手なのかもしれない。
先輩や先輩の周りの女子生徒らのよう、華やかな世界の住人達とは私は違う。
違う世界の人には、近づかない。傷付くだけだ、惨めな気分を味合うだけだ
揃い過ぎの先輩は、なんだか胡散臭くて苦手。テレビに出ているアイドルじゃあるまし…そう思っていても誰の迷惑にはならない。ましてや本人が知ることはない。
だって先輩は…私を…知らないから。
そう…私のことなんか知らないから、私がどう思っていても…構わない。
*****
中間考査の10日前、部活はお休みになった…万年休みの百人一首部には、あまり関係ないなぁと、私は独り言を言いながら、2年の部長 花巻 真一先輩と私のふたりだけの部室に向かっていた。
どうでもいい情報だが、花巻 真一は、私の兄だ。両親が10年ほど前に離婚して、苗字が変わったが実の兄だ。言いたくないが、血が言っている…容姿がそっくり…間違いない兄妹だと……最悪だ。
だが、わざわざ人に実の兄ですとは言ってない、まぁ…恥しいから…だ。
だって、すごい変な兄でとても兄だなんて言えない。
だから、部員も集まらないのかもしれない…このままだと廃部は免れないからと頭を下げられ入部したが…
やはり免れなかった…来春、廃部となった。
兄である部長は、もう落ち込み…気の毒だとは思うが…なにを考えているのやら、部室にいろんなものを持ち込み、今では部室は、兄の私室となっている。来春、廃部となったから片付けなくてはいけないのに…
溜め息をつき、試験前で部活が休みに入ったというのに今日も、片付けに部室に向かっていた。
渡り廊下を歩きながら、振り出した雨に…またまた溜め息をつき部室のドアノブに手を掛けたら…ガチャ ガチャとノブが回らない。
「あ、あれ…鍵が掛かっている。お兄ちゃん…いないんだ。もう…片付けたくなくて逃げたなぁ!」
なんだか、力が抜けた、「はぁ~もうどうでもいいや…」そう言って、部室の扉に凭れ、雨に煙る校庭に目をやった…
にゃぁ…
猫?…部室の前の植え込みから、黒い子猫が出てきた、野良猫だろう…
雨に濡れたせいもあるのかもしれないが…小さくて痩せていた…
「おいで…」と手を差し伸べると…子猫は私の指に甘えるように、体を寄せて来た。
「どうしたの?こんな雨の中…、風邪ひいちゃうよ。」そう言って、私は自分の腕の中に子猫を囲って体を温めようとしたら…
にゃぁ…にゃぁ…
とまた鳴いて、子猫の視線は…校庭を向いていた。
「なにかあるの?お母さんがいるのかなぁ。」
子猫の視線の先を見たら
サッカーゴールに凭れ、雨が降っているのに傘も差さず、雨空を見つめてた人がいた。
言葉が出なかった…あれは…秋月先輩だった
私はとっさに植え込みに身を隠した…見てはいけないと思ったからだ。
それはいつも明るくて…テレビのアイドルのような作った微笑を湛えていた先輩ではなかった。
そして、目から溢れるものが、その頬を伝わっている。
泣いている…あの秋月 翔太が、声を押し殺し泣いている。
だが、雨が激しく降りだしたら、先輩はもう我慢できなかったように…声を押し殺すことなく泣いていた。
顔は子供みたい泣くから、鼻の頭が赤くなり、少し茶色い髪の毛先が、いつもは計算されたかのように流れているのに雨でぐしゃぐしゃで…ネクタイはなくて、ブレザーは雨を吸い込み…型崩れして…ぜんぜんカッコよくないのに…私の胸が…音を立てた。
胸の音に驚いたわけではないだろうに…子猫がピクンと動き…私の腕の中から逃げ出し…逃げた先は、先輩の足元だった。
雨と泥で汚れた先輩のズボンの裾に、尻尾を絡ませ慰めるかのように
にゃぁ…にゃぁ…と鳴いていた。
先輩は腰を落とし子猫を抱き上げた…子猫は…先輩の唇を舐め…まるで元気を出して、と言っているかのように見えた。…私が子猫なら同じように、先輩を慰めていたからそう思えたのかもしれない。
今まで、テレビに出ているアイドルのように見えていた先輩が…17歳の男子高校生に見えた瞬間だった。
雨の中…私は、植え込みの中で…濡れながら、ぼんやりと先輩を見ていた。