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真実邂逅

[12 真実邂逅(しんじつかいこう)


「万様が語られた、伝承の真実をお話します」

静寂が包み込む中、女は語っていく。

「それは一人の少年の死から始まります。

赤凪。

それが少年の名前。

少年は静、いいえ、凪穂様を鬼から救う為に、鬼共々、龍脈の流れの中に飛び込んだのです。

肉体は崩壊し、精神は龍脈に飲み込まれ、赤凪の言う存在は星の中に散り散りとなってしまいました。

凪穂様にとって少年は心の支えだったのでしょう。

絶望の淵を彷徨い、途方も無い悔恨の渦に飲み込まれたそうです。

見るに見かねた万様は、一つの可能性を提示してしまった。

それが無謀であり、人の領域では無理だと考えての事でした。

それでも、何かしら目標があれば、それが生きる望みに成るならばと」

「まさか、その可能性とは」

「お察しの通りです。

人の命の蘇生」

「…それはどういう意味合いなんでしょうか?

仮初の命ならそれ程難しくはありません。

供物さえあれば、なんとでもなります。

ですが、それがもし」

「その、もしです。

完全な一個体を現実に顕現させること」

「貴女も少しは符術を齧った身ならわかっていると思いますが、それは不可能です。

先ず、器が無い。

先ほど肉体が崩壊したと聞きました。

ならば、現実に降臨するための器が無い。

まあ、他人の体を代用するという手もあります。

問題は命の蘇生。

五行を保つことで成り立つ命をどうやって蘇生させるというのですか?

過去にも人の命を恋し、犠牲の上に成り立つ命を組み上げようとした者はいましたが、総てが徒労に終わった。

五行は指紋と同じです。

人の数程種類があり、自分のもので無ければ直ぐに拒絶反応が生まれ、命に罅が入る。

生きている人間に命を補充するなら兎も角、死んだ人間にそんな事をすれば、全く違う生き物になるか、拒絶反応から命そのものが砕けてしまう」

「確かに仰るとおりです。

生きているなら、自分に合わせた五行に創りかえることが出来ます。

ですが、死んだ人間には適応能力そのものが失われています。

そんな処に違う五行が注がれれば、相殺し合うのみ。

ですが、無透明な五行が存在するならどうでしょうか?

何色にも染まり、どんな形にも姿を変える。

そんなものが」

「…そんなものある筈が…、っ!

そうか!

だから静は天の氣を四つもその身に宿していたのか!

その少年の命を蘇生させる為に!」

「流石です、仁様。

問題は其処です。

五行が必要なのに、静姫が所有する天の氣は四つ。

それが悲劇だったのです」

「四つも集めたなら、何故?

もう一つは?」

「星を漂っています。

…少年が最後の一つを持ったまま」

「!

まさか、最後の一つは木行か!」

仁の中で、ピーン閃くものが走る。

「どうしてそれを!」

「一つ聞いてもいいですか?」

質問を質問で返す仁。

「凪穂と言う少女にとって、静なる人物はどういう(えにし)で結ばれているのですか?」

「万様がおっしゃるには義理の姉妹だそうです。

仁様は覚えておいでですか?

昔、新宮司の者は人柱として生かされ、その頭首だけが子を産む役目を授かり、生かされることを」

「頭首になる為、暗殺や裏工作が跋扈したことでしょうね」

「はい。

余りに巨大な力を有していた凪穂様は、朝廷からも恐れられ、頭首候補から除外され、天岩戸と呼ばれる牢獄に監禁されていたそうです。

ですが、凪穂様以外頭首に相応しい人間が居なかった為に、急遽撤回し、凪穂様が第一候補に上げたそうです。

蹴落とす以外生き延びる術の無かった姉、静は、幾多の方法で妹を暗殺しようとしました。

ですが、悉く傍にいた赤凪少年に邪魔され、最後にはその少年の怒りを買い、殺されたそうです」

「つまり、凪穂自身は静なる人物を恨んでも、憎んでもなかった。

そうですね」

「恐らくは。

確証はありません。

私も聞かされただけで、観た訳ではありませんから」

「検討は付きました。

推測の域は出ませんが、ある程度の外郭は掴めました。

…精神分裂症、簡潔に言えば凪穂と言う少女は二重人格になる素質を抱えていたということでしょう」

「二重人格ですか?」

「一つの体に二個の人格が宿る現象。

正確にはそう錯覚するものです。

この症状に陥る人は心を病んでいたり、堪えられない精神的苦痛を伴った時に、元となる人格を保護するため、その苦痛に耐えうる人格を創り上げてしまう。

人格分裂。

大概は元の自分と正反対の人格が生まれてしまいますが、今回は恐らく、罪悪感を元として新たな人格が構成されていると思われます」

「はあ?」

専門外の話の為か、瑚乃恵は生返事しか出来ないでいた。

「推測ですが、原因となったのは、赤凪少年が義理の姉を殺すシーンを目撃したところにあるのではないかと。

最愛の者が自分の為をはいえ、身内を手にかけた。

それはしこりとなり、少女の中で息づく。

罪悪感が知らない内に、少女の脳裡に何度も静をリピートし、記憶の中にある詳細な静の人格を創り上げていく」

「それが静姫」

「…木行は紡ぎ、記憶を司る。

少女は足りない五行を自分のモノで補ったのでしょう」

「でも、先程、人の五行では相殺し合うと」

「私たちは自分の中にある五行の分量を理解し、それを符に込めることで術の力とします。

ですが、無意識の領域で抑制がかかる。

誰も遣い過ぎで死にたくはないです。

だから、命を危険に犯す状態までいくと五行は肉体から吐き出せなくなる。

仮にその無意識の領域すら理解することが出来、これからの人生で消費する筈の不透明な木行、つまり記憶が存在するとしたら…」

「…もしそんなものが存在するなら、どうして過去に成功例がないのでしょうか?」

最もな質問をされ、仁は次に用意していた言葉を述べる。

「それが木行だけに当て嵌まるからでしょうね。

他のものではこうはいかない。

動、御、変化、流れはどうしても何かに働きかけなければその効力を発揮できない。

その為に、常に一定の破棄と供給を持続しなければならなくなる。

サイクルが頻繁に行われるということ。

不透明な五行が色に染まるまで、他の四行は間がありません。

ですが、木行だけは常に空白があるのです。

そうでなければ新しい知識、思い出を詰め込むことができなくなりますからね。

その部分が不透明な、未だ自分に色に染まっていないモノが存在する。

だから、人のモノで代用が可能なのは木行のみでしょうね」

「…それって」

「記憶は歴史、そして人格そのものです。

少女が下した決断は、自分の器を切り取ること。

自分の中に備わっている五行を切り取り、天の氣に交わらすことで、命を組み上げたに違いありません。

結果、記憶が省かれ、主人格が衰える。

それを機に、本人すら気付いていなかった人格が表に現われるようになる。

本人とは正反対の(しずか)の姿を借りて」

「そうですか、ならば私を救ってくださったのは凪穂様なのですね」

「瑚乃恵さん!?

貴方は、主人格、凪穂に会ったことがあるのですか!」

「はい…。

だからこそ、私は恩返しがしたいのです。

そして、万様の願いを受け入れ、叶えたいと私意したのです」

「恩ですか。

それを訊いても宜しいですか?」

「…私が仁様に仕える前のことです。

毎日血の滲む訓練に明け暮れ、それが当たり前だと言い訊かされ、私自身も心を殺し、機械のように徹することこそ(かけい)家の誇りだと教え込まれて育ちました。

そんなある日、父に連れられ静姫に謁見、顔見せを行ったのです。

静姫にお目通りになった瞬間、…震撼しました。

頭を垂れていても伝わる精神を蝕む威圧感。

私は止めることの叶わない震えに堪えることが出来ず、随時、侵食されていく感情に翻弄されました。

自分を機械と信じて疑わなかったのに、それを覆す圧倒感」

「仕方ないでしょうね。

私も始めて会った時、狂いそうになる自分を押さえ込むのに苦労したものです」

「それが私の中にある扉の隙間を開けました。

押し殺していたものが噴出し、濁流となり私を鬩ぎました。

それが感情だとも知らずに。

結局、私は恐怖の余り、意識を飛ばしてしまったのです」

「……」

「目を覚ますと、そこには悲しそうに微笑する、見惚れする女性が私を膝枕してくれてました。

…それが静姫だと理解するのに三分位の空白がありました。

先程までの総てを見下す眼差しや、自尊心など粉々にしてしまう威圧感など微塵も無く、澄んだ青空を想わす、淡い悲しみの藍色。

私は心が鉄から綿に変わった気がしました。

鉄はどんなに苦しんでも、内から溢れだす想いを逃がさず、朽ちるまで内包する。

その日、私は記憶する限りで初めて泣きました。

今迄の重圧、それに押し潰されないよう、自分を機械だと見立てて偽る生活。

私を解放し、人間だと気づかせてくれたのが凪穂様でした。

凪穂様は一言「済まない」とおっしゃられ、私の髪を梳くって下さいました。

何処までも続く宇宙(そら)のように、私に広い世界(こころ)を見せてくれました。

それが私の思い出。

他の人には何でもない事かもしれません。

でも、この日の事が無ければ、私が仁様に想いを寄せることも無く、鉄のように冷たく、硬く閉ざされた自分にも気付かずに生きていたでしょう。

私は感謝しています。

仁様に惹かれ、その事を確認できる心を持てたことを」

「それが恩、救いですか」

「はい」

「何か、照れますね。

…その話を聞くと正義と悪の二面性を彷彿とさせますね」

「二面性ですか?」

「まあ、ちょっとした余談ですよ。

正義は敵対者からみれば悪に他ならないこと。

悪は味方から見れば正義であること。

相違というやつです。

それを表裏一体にした人物に想えてね。

二律背反(アンチノミー)ですよ」

「二律背反ですか。

…分かる気がします。

それ以来、静姫が凪穂様に変わられる事はありませんでした。

何故、私だけが凪穂様に会えたのか…」

「それは、貴女が才に恵まれていたからでしょう」

「才?

私がですか?」

「驚くかもしれませんが、貴女は静姫と同波長の木行を備えています」

「…はい?」

「私も正直驚きました。

波長が恐ろしいぐらいに似通っていたんですから。

出会った当初、誰かの策略か、姫の隠し子かと思惟したほどです」

「はあ」

瑚乃恵はまた要領の得ない返事を返していた。

「意識が飛ぶことで、外へと開放され、同調した。

それにより、主人格が表に浮き彫りにされたのでしょう」

「…それで私に」

「どうしたのですか?」

「万様が私に言ったんです。

『貴女なら凪穂を元に戻せるかもしれない』と」

「正直難しいですね。

此れまでに何度か凪穂という人格が表立って出ていたなら話は別ですが、静という人格が主人格を上回ってしまっています」

「なら、又私が同調させられれば」

「止めておきなさい。

そんな事をすれば命を落としかねません。

それに、それでは一時的なものでしかありません。

人の器を形成するのに、自分の器を切り取ってしまったのです。

注がれた木行は溢れ、無駄に流れていくだけです。

根本的な解決にはなりません」

「知恵は御座いませんか!

私はどうしてもあの方をお助けしたい!

あんなに深い悲しみに満ちた瞳から零れる涙を拭って差し上げたい!」

「守護神は何と言っていましたか」

「手段を探して欲しいと。

記憶を安定させる方法を」

「…疑問が残りますね」

「何ですか?」

「先ず、少年の所在です。

その試みは失敗に終わったのですか?」

「…未だです」

「未だ?」

「仁様が二つ挙げた問題点、それがあったからです。

肉体、器がこの世界にはありません。

付け加えて、精神が星の中に分散してしまった為に命を組み上げても、染める色が存在しないのです」

「…未だということは、色を取り出す方法は有った訳ですね」

「はい。

不幸中の幸いと言っていいのでしょうか。

赤凪少年が持ち合わせていた天の氣、木の力が分散した精神、肉体を繋いでいたのです。

それを知った万様は、自分の命を糧にそれらを引き寄せ、御神木の中に集結させようとしているのです。

その期間が三百年。

伝承が示す鬼が復活する時」

「ちょっと待って下さい!

何故、鬼なのですか?

それではおかしくありませんか?」

「誤算があったそうです。

仁様、鬼が何であるか覚えておいでですか?」

陰璽星瀾(いんじせいらん)、地の五行を受け継ぎし者、星の衝動」

「…万様の誤算は陰陽が元は一つだったということです。

共に砕けた少年と鬼が持っていた天の氣と地の氣が、元の姿を求め交じり合ってしまったのです。

鬼が持っていた地の氣は木行。

そして少年が持っていた天の氣も木行だったのです」

「帰巣本能に近いものですね。

なるほど、引っ付いてしまった二つを別つことが不可能だったと。

そして取った手段が、二つとも集めてしまうこと」

「…もう一つ、大一(たいいつ)、陰陽の木行でも、龍脈の流れから全ての部品を繋ぎきれなかったそうです。

だから、足りない部分を補うようにして二つを一つにするしか器を組み上げることが出来ないそうです」

「詰まるところ、少年と鬼は同一人物なってしまったということですか?」

「そうです。

だから伝承には鬼が蘇るとあります」

「…分かりました。

疑問が解けましたよ。

…本題ですが、私に依頼したかったことは、記憶を安定させる方法を提示して欲しい、そう言うことですか?」

「はい。

都合の良いことを口にしているのは重々承知しているつもりですが、何とぞお力をお貸しください!」

「…条件があります」

「私で出来ることなら!」

「…………」

「あの~、どうしましたか?」

あまりに長い沈黙に耐えかねた瑚乃恵は、心配そうに仁の顔を覗き込む。

「わ、いや、…ちょっと、一分で結構です、時間をください!」

「は、はい!

幾らでも待ちますから、落ち着いてください」

見たこともない慌てぶりに、瑚乃恵も落ち着かなくなっていく。

「………あああ、もう、私らしくない。

瑚乃恵!」

「はい!」

自分の落ち着かなさぶりに、仁は意気込んでしまう。

「私と一緒になって欲しい!

それが条件です!」

「……なんて仰いました」

「結婚して欲しいと言ってるんです!

…済みません、別に条件を飲まなくても手伝います。

こんな脅迫じみた方法を取ってしまう自分の小物ぶりに腹が立ちます。

約束通りにずっと傍にします。

忘れてください、先程の条件は」

自分の情けなさにほとほと参る。

仁は俯き、瑚乃恵から目を逸らす。

「絶対に忘れません!

…私なんかで宜しいんですか?

私、嫉妬深いですよ」

仁は勢いよく頭を上げた。

頬が緩み、込みあげてくるものを留めるが大変そうにしていた。

「体で理解していますよ。

もう少しで刀の錆になるところでしたからね」

素直でないことに、少しからかい半分の口調になってしまう。

照れ隠しでしかないが。

「私、結構甘えん坊です」

「男として嬉しい限りです。

好きな相手に頼られることは」

今度は素直になれた。

「私」

「愛してます。

世界中の誰よりも」

これ以上自分を蔑む言葉を遮り、仁がプロポーズをする。

「…こんな私ですが、貰って貰えますか?」

「喜んで!」

満面に笑み。

込み上げた感情と共に言葉が倉庫を満たす。




肉体であるならば、蒼白な染まった顔と、どうしようもなく打ち震える体を抱いて蹲っていたことだろう。

衝撃だった。

何もかもが自分の為に用意され、そして狂いだした。

もし、鼎の存在がこれに関わっているなら、この新宮司に降り注いだ災厄や狂気の発端は総て自分にあることになる。

(何が悪かったのだ。

――俺が死んだとこか。

――凪穂を連れ出したことか。

――凪穂と出会ったことか。

――生き延びたことか。

――生まれたことか。

何もかも狂気へと疑いもなく突き進む。

…どうしてだ。

――俺は凪穂を守りたかった。

――凪穂に世界を見せてやりたかった。

――死にたくなかった。

――産声をあげたかった。

…それがいけなかったのか)

どうしようもない。

今更、改善できない運命という牙が無常に赤凪を裂く。

(俺が行った行動の一つ一つが着実に狂気に駆り立てていく。

俺の存在そのものが、何もかもを混沌にしてしまう。

俺が居なければ、こんなに苦しむ人間は居なかった。

俺は只の疫病神だ)

(かなしいことをいわないで)

(…鼎?)

(くるしみはわかつものなんでしょ。

あなたはそばにいてくれるといった。

そしてわかってくれるといった。

わたしがそばにいるから、かなしまないで)

(でも、俺はお前の家族を壊した元凶かもしれないんだぞ!

そんな男が傍にいても、お前は休まらないだろう、苦しいだろう、辛いだろう!)

(わたしがそばにいてとおねがいしたの。

わたしはそれでいい)

(…鼎)

赤凪は腕で煌々と輝く玉を強めに抱いた。

それだけで引き千切れそうな心が平穏を取り戻していく。

玉から発する優しさが沁み渡り、赤凪の頑なな心を解きほぐしていく。

(又、俺が励まされてしまったな。

…ありがとう)

それを告げると、もう一度だけその温もりを確かめるのだった。




月日は流れる。

仁が新宮司に戻り、静を凪穂に引き戻す方法を模索する。

そして仁が提案した方法とは…。




「…ホムンクルスですか?」

瑚乃恵は聞き覚えの無い単語を訊き返す。

「魔導生命体、これで器を創り上げます」

「ですが、器は人それぞれで、創った所で意味はないのでは?」

「同一人物なら問題はありません」

「話が掴めませんが?」

「クローンと言うものご存知ですか?」

「ええ、複製人間のことですよね」

「なんだか生々しい言い方ですね。

まあ、その通りです」

「クローン技術は未だ確立されてないと聞きましたが?」

「それは科学者の見解です。

実際、魔術師の間では五百年前には自分の複製ぐらいは創られています。

只、精神は無い為、人形ですけどね」

「それがホムンクルスですか」

「そうです。

これならば静姫の遺伝情報さえあれば、複製品を模造することができます」

「ですが、それがどうして記憶保護にあたるのですか?」

「まあ、話は最後まで聞いてください。

方法はこうです。

先ず、静姫の遺伝情報から複製品を創る。

此処で問題点が二点存在します。

一つは先ほど言った、ホムンクルスには精神が存在しない。

拠って、魂がありません。

瑚乃恵、魂とは何か考えたことはありますか」

「魂ですか、…考えたことはありませんが、符術遣いの間では五行の混合体と言われていますね」

「まあ、間違った見解ではないでしょうが、実際五行を混ぜてみても魂、精神は産まれません。

そんなモノで魂が生成出来るなら、私たちが創造主ですね」

仁は苦笑し、肩を竦めて見せる。

「…考えように因れば、怖いですね」

「まあ、試みた者は居ましたよ。

誰でも、自分が神になるかもしれないと思考すれば、その手段が転がっていれば試したくはなるでしょうから。

…で話は戻って、魂は何処から来るのでしょうか」

「…転生、輪廻転生ってあるぐらいですから、そうですね、よく言われる天国等で清められて、白色化すると言うのは嘘だと思います。

…魂は意味が刻まれている話も聞きますから、その意味を統括するところ、混沌が妥当と想います」

「混沌ですか。

そうそう、仏教用語に阿頼耶識(あらやしき)と言うものがあります。

人間の根源にあたる深層意識。

世界の現象の根拠。

人間の自己意識や通常の認識はこれによって生ずるとされています」

「それって、魂」

「どうでしょうね。

まあ、一つだけ言えることは、阿頼耶識が存在するとすれば、人間の意識は深層で繋がっているということです。

これが本当なら、その阿頼耶識に繋がる門を人は持ち得ているからこそ、自己意識を確立していると言えます。

まだ、実験段階だから何とも言えませんが、ホムンクルスに意識、木行を備える器を形成出来るかもしれません」

「あの~」

要領が掴めないので、不安げに話しかけようとする瑚乃恵。

「言いたいことは分かります。

話の本題は此処からです。

静姫が静で有らしめたのは、間違いなく木行の欠落、記憶の薄れから来るものです。

後、天の氣を体に四つも宿しているのも原因の一つです」

「天の氣の所為?」

「五行は本来、輪廻することで成り立っています。

だから、一つでも飛び抜けたモノが在れば、サイクルが上手くいかなくなります。

静姫の場合、木行以外の四行が強すぎる為に、木行を押し潰しそうになっている。

恐らく、毎日記憶は削り取られ崩壊に向かっているでしょう。

正直、今まで持ったのが不思議な程です」

「…では、凪穂様は」

「どれ位持つかは計りかねます。

明日にでも記憶が押し潰されるかもしれないし、後百年は持つかもしれない。

覚悟はしといてください」

「…はい」

「話を続けましょう。

私の試みはホムンクルスを創り上げ、静姫の切り取られた器に付け足すといったものです」

「そんなことが出来るのですか?」

「…難しいですね。

ですが、実例がありますから、何とかなるでしょう」

「実例?」

「静姫です。

静姫は自分の木行の器ごと切り取り、命を組み上げた。

ならば、逆も又然り」

「では!」

意気揚々としている瑚乃恵に仁は抑制をかけておく。

「焦らないでください。

要所に問題点が山済みなのですから。

先ずはホムンクルスを創るに中ってです。

静姫の遺伝子情報から創り上げてホムンクルスでは、欠落してしまった木行がそのままで生まれてしまいます。

拠って切り取りたくとも、それ自体が無いことになります」

「…意味がありませんね」

「そうです。

だから、木行を特質した人の遺伝子と掛け合わすことで、これを補います」

「で、ですが、それでは根本的に無理なのでは?

他のものと掛け合わせては、色が混じり合い拒絶反応を起こす。

それでは本末転倒です」

「あるんですよ。

同色の色が」

「そんな人が近くにいるんですか!」

「瑚乃恵、貴女ですよ」

「はい?」

仁に何を言われたのか分からない瑚乃恵は、返事二つで訊き返していた。

「木行が特出しており、同波動を発する。

貴女が凪穂に会った理由をお忘れですか?」

「…私ですか」

「これで木行に特出したホムンクルスが生成できます。

次に…成長ですね」

「成長?」

「器は確かに生まれた瞬間に定められ、変えることの出来ないものですが、その強度は年月を重ね、成長することで向上していきます。

だから、ホムンクルスには人として経験を重ねて貰わなければなりません。

移し変えるまでに器が破損しては、意味はありませんからね」

「月日が必要ということですか」

月日。

一刻を争う時に酷な単語だろう。

「そうです。

透明な木行を多く摘出する為に、術で脳内に抑制を掛けておけば、器がそれ程染まることはないでしょう。

後は、切り取り方と、移し方。

それを追々考えましょう」

「…仁さん、少し良いですか」

様付けではなく、さんになった。

未だくすぐったいものがあるが、最初の頃はぎこちなさに仁は笑ってしまったものだ。

「何でしょう?」

「そのホムンクルスは意思を持ち、生きているということなんですよね」

「…そうですね」

言いたい事が分かってしまい、仁の眉間に皴が寄る

「切り取り終えたホムンクルスは如何するつもりですか」

「…器を切り取れば、必然とホムンクルスの記憶能力は失われます。

生ける屍、廃棄するしかないでしょう」

「…何とかなりませんか?」

「…瑚乃恵」

「一人を救う為に、一人を犠牲にしては」

「瑚乃恵!

甘いことばかり口にしないでください!

犠牲の上に成り立つのが嫌なら、諦めなさい!

…道具として認識すればいい」

続く甘い言葉を仁は遮る。

現実を都合良く認識した者の台詞を、瑚乃恵の口から聞きたくなかったからだ。

「でも、意思を!

魂があるのですよ!

それでは人殺しです!」

「そうです!

私が為そうとしているのは、人殺しです!

…それしか方法が思いつかない以上、どうしようもない」

「嫌です!

凪穂様の事も、ホムンクルスの事も、何より、自分を追い詰め苦しむ仁さんを見たくない!」

仁は自分の愚かさに気付かされた。

瑚乃恵は何よりも仁の事を想い、その言葉を告げていたことに。

「…私の事など」

「仁さんが諦めるなら、私が探します!

これでも記憶力には自信があります。

直ぐ仁さんを追い越します」

今から勉強し処で、仁の魔導技術や知識に追いつくだけでもどれ程の月日が必要だろう。

それでも瑚乃恵の瞳には、それを遣り通す決意が漲っていた。

「…厄介な人に惚れたものだ。

分かりましたよ、探しましょう。

誰もが幸せになる方法を。

…それに瑚乃恵の遺伝子を受け継ぐなら、私達の子供ですからね」

「そうですね。

私達の子供、……恥ずかしいですね」

「瑚乃恵」

「はい」

「有難う御座います」

「な、なんですか!」

「貴女の心遣いにはいつも救われる」

「お礼を言うのは此方です!

我侭で、迷惑ばかりかけて」

「そうですか?

私は優しさにしか想えませんよ」

「仁さん」

「頑張りましょう。

これから生まれる我が子の為にも」

それが決意を表明であった。




二つの魂は怯えていた。

この先にあるものが、何もかもを水泡に帰してしまう、そんな真実しか遺されてないかもしれない。

それでも前に進むことを決めた。

それが積み重なった想いに答えることだと信じて、男は立ち向かう。

破片(じぶん)を掻き集め、思い出されていく記憶。

それが恐怖となり、魂を蝕む。

それでも女は男と歩む。

それが自分の意思で決めたことだから。

互いで支え合わなければ今にも壊れてしまいそうな自我を必死に保ちつつ、瞳は物語を追い続ける。




薄暗い広い空間に幾つもの透明な筒が立っていた。

それには液体が満たされ、中に小さな命が誕生していた。

「これが、私達の子供」

胎児と同じ状況で、臍に繋がれたチューブから呼吸と栄養を供給されながら、液体の中を漂う小さな生命。

潤んだ瞳で瑚乃恵は、その赤ん坊を見つめる。

「そうです。

…さしずめ、幸せの種ですかね」

「種ですか?」

仁の発言に、瑚乃恵は意図を測りかねて問い返していた。

「これから成長し、華を咲かせ、観るものに安らぎを与え、生み出された新たな種は他の場所でも幸せを運ぶ」

「幸せの種、…良いですね。

それじゃあ、宝物ですね」

「宝ですか。

なら、大事に育てましょう、私と貴女で」

「処で、この子は女の子なんですよね」

「そりゃ~、貴女と少女(凪穂)の遺伝子を組み合わせて生まれたんですから、女の子でしょう」

「名前、考えましたか?」

「名前……、そこまで頭が回りませんでした。

失敗したな、自分の子供の名前ぐらい事前に考えておくものですよね」

(かなえ)!」

それを聴き、瑚乃恵は嬉々として答えた。

「…鼎ですか」

「そう、鼎。

大切な…、大切な私達の宝物。

こんな名前では現しきれないけど、私達、一国の宝。

だから、鼎」

「鼎、良い名前ですね」

「良かった。

これでも一ヶ月も前から考えていたんですよ。

誰もが祝福してくれる、そんな名前を」

瑚乃恵はホッと胸を撫で下ろす。

その顔を覗き込み、仁は微笑む。

「…すっかり母親ですね。

そうか、鼎か」

「…私が子供を産めない体だから」

三年前、イギリスの片田舎で瑚乃恵を救う為に仁が行った開腹。

それが後々に齎したもの、素人だったことと、完全な殺菌が出来ない環境での開腹が災いし、瑚乃恵の子宮に悪影響を与えた。

卵子を生成することが出来なくなってしまっていた。

瑚乃恵は複製能力、子供の産めない体になってしまっていたのだ。

「それ以上は口にしないでください」

「悲観的になっている訳ではありませんよ。

だって、自慢の娘が産まれたんですもの。

みんなを幸せにする、最高の娘が」

「待望ですからね。

きっと、瑚乃恵に似た思い遣りのある、優しい子に育ってくれますよ」

「心配していません。

最高の父親が育てるんですもの」

「最高は言い過ぎですよ」

瑚乃恵はもう一度、カプセルに瞳を移し、語りかける。

「…鼎、こんな形で産まれてきたかもしれませんが、私達は貴女を愛しています。

産まれて来てくれて有難う」

「瑚乃恵」

偽り無い心。

二つの祝福の元、小さな命は誕生した瞬間だった。




(おかあさん)

破片が一斉に集まり、形を造る。

赤凪の腕の中の球体は、瞳一杯に涙を称えた小さな女の子へと姿をとる。

(お前は望まれて産まれたんだ。

あの両親に、誰よりも愛されて)

(おとうさん)

泣き虫な女の子は赤凪の胸に顔を埋め、嬉し涙を流す。

まだ流れる情景が、思い出を紡ぐ。

あたふたしながら、赤子の鼎をあやす仁。

鼎の眠る横顔を眺めながら、その柔らかい頬っぺたを突っ突く瑚乃恵。

普通の家庭にある、ありふれた日常。

それ故に愛が溢れた毎日。

毎年のように、母屋の柱に鼎の成長を記した傷跡。

春。

新宮寺では出来ない花見をする為に、家族で出かける。

あれもこれもとお弁当に詰め込む瑚乃恵。

鼎を肩車し、満開の桜道を歩く仁。

夏。

蝉時雨と風鈴の音に彩られた季節。

鼎を膝枕し、うちわを仰いで風を送る瑚乃恵。

カラカラとなる扇風機の前で、執筆を繰り返す仁。

秋。

紅葉と夕焼けに世界が一色に染まる。

お父さんにご飯を作るという鼎に、料理を教える瑚乃恵。

黒こげのメンチカツを頬張り、涙目の仁。

冬。

都の衣を白に変える雪の到来。

庭に敷き詰められた雪に、足跡を付けて走り回る鼎を優しく見守る瑚乃恵。

自慢げにどでかい雪だるまを造り、腰をいわした仁。

親子三人が季節を堪能しながら、幸せに送る日々。

そして柱には鼎の成長の跡が増えていく。

それに伴い、赤凪の腕の中、鼎は成長の過程を踏んで、大きくなっていく。

季節がある冬で止まる。

寒さが()みる気温とある出来事が、この男の身も心も凍らせていく。




「完成しましたね」

「ご苦労様です」

労いの言葉を送り、瑚乃恵は手の中にあるものを見る。

木霊(こだま)の書と表紙を飾る文字。

「これがあれば、器を移し変えることができるのですね」

「まあ、それに記したのは所詮動物による実験でしかありません。

成功率が九十%を超えているから心配はないと思いますが。

…後は時間ですね」

「…そうですね。

いくらなんでも十歳の女の子。

未だ情緒不安定な時期ですから、無理がありますね」

「今、鼎から必要な器を切り取れば、切り取った部分から崩壊してしまうでしょう。

最低でも、後四年。

伝承が現実になる日までは」

「…仁さん、教えて欲しいことがあるのですが」

「どうしました。

神妙な顔をして」

「私が一度、静姫に同調したことで木行を流し、凪穂様の人格を表に出したことがありますよね。

その方法、分かりませんか」

「…何をするつもりですか」

「最近、静姫の情緒がおかしいのです。

恐らく、人格の崩壊が始まっているようなのです」

「…あれはいけません。

あれを遣れば、貴女の木行は全て大きな器がある静姫に移り、…壊れてしまう」

「もう、者と物の区別もつかない始末なのです。

同調しているのか、私と居るときだけ大丈夫なのですが」

「……」

「お願いします!

このままでは、凪穂様が消えてしまう」

「どうして、そこまで」

「私はとても幸せです。

それもこれも感情が、人を愛することが出来る心を持ったからです。

だから、月日が流れる程、あの方への恩は募るばかり。

それに可能性があるなら、賭けてみたい。

私達が遣ってきたことが無駄にならないように」

「…まったく。

どうしてそんなに頑固で、我侭なんでしょうね、貴女は」

「…済みません」

「誤る必要はありません。

貴女の気持ちは判らない訳ではありませんから。

…方法は簡単です。

只、先程言ったように、全ての木行を吸い取られてしまう恐れがあります。

覚えていますか?

昔、私が四聖獣の符に五行を送り込んだ、あの時のような状況に成りかねません」

「覚悟は出来ています」

「覚悟などされては困ります。

無事に帰ってきてください。

それ以外なにも望みませんから」

「…はい。

帰ってきます」

だが、その約束が守られる事はない。




次に瑚乃恵の姿を見たとき、そこにはカラッポになってしまった人形が呆然と病院のベッドに横たわっていた。

「瑚乃恵」

覚悟して出掛けたのはわかった。

「鼎、どんな時でも傍に居ますからね」と告げ、出掛けていく後ろ姿は死を覚悟して者の背中だった。

新宮司から連絡が来た時、受話器を引っこ抜く勢いで電話にでた。

「仁様で御座いますか」

受話器越しからする声には聞き覚えがあった。

現、筧家頭首、字菟螺(じうら)

瑚乃恵の従姉弟(いとこ)に当たる男。

筧家には珍しく感性を持ち合わせた者で、瑚乃恵が仁に嫁ぎ筧家を出た後、筧家を継ぎよく纏め上げていた。

「字菟螺か、どうした」

声が震えないように必死に成りながら、一言も聞き逃さないように受話器をしっかりと耳に当てる。

「…瑚乃恵様がお倒れになりました」

「……」

「原因は不明で、静姫の部屋の前の廊下にて倒れているのを発見し、今病院の方に」

「……」

「意識は無く、…瞳孔が完全に開いていました。

危篤状態です」

「……」

「仁様、毒島病院の方へお急ぎください!」

「あ…、ああ」

予想は出来ていた。

(なら、何故止めなかった!)

成功率など、二桁も無かった。

(知っていながらどうして!)

瑚乃恵が望んだから。

(言い訳を作って、逃げる気かぁ!

卑怯者、臆病者、この下種(げす)がぁ!)

自分を罵るしかなかった。

受話器を置き、居間からする音が自棄に鬱陶しく思えた。

鼎が好きなラジオ番組だ。

私は居間に行き、そして耳障りなラジオを止める。

鼎はそれに対して、不満げな視線を向けてくるが、私を見るなり凍りついたように固まる。

どんな表情をしているのだろう?

自分がどんな顔をしているのかもわからない。

「瑚乃恵さんが危篤だそうです」

私で無い誰かが鼎に告げる。

そう思ったが、どうやら私の口から紡がれた言葉らしい。

「お母さんがどうしたの?」

理解していない。

現実味のない、夢のような感覚に襲われる。

「…わかりません。

只、危険な状態と。

私は病院に向かいます。

鼎は大人しく待ってなさい」

父親である私がそう告げる。

唯一冷静で、鼎を想う人格だけが事実を伝える。

後の人格は崩壊寸前で、焦燥感と絶望感ではちきれそうだった。

玄関を出た私は、なりふり構わず走った。

張り裂けそうな心音を無視し、ひたすらに走った。

病院に辿り着く前にぽつぽつと体を濡らすものが天から降ってきていた。

「仁様、此方です!」

字菟螺が入り口で待ち構えていた。

字菟螺の向かう先がおかしい事など、気にしている余裕は無かった。

字菟螺は手術室ではなく、病棟に向かっていた事に。

手遅れだと、医師に判断された事に。

心音を刻むだけの人形になった瑚乃恵が、其処には居た。

機材が示す心拍数は六十を切り、どんどん低下していた。

「・・こ・のえ」

瑚乃恵の瞳は見開かれているのに、虚空しか覗いていない。

意志が失われた脳が、肉体維持を捨ててしまっていた。

心臓すら動かそうとしない。

生命維持を放棄した体が冷たくなっていく。

仁は脱力して動かない身体を引き摺り、瑚乃恵に近づく。

ピィ―――。

その瞬間、心音停止のアラームが鳴り響く。

「こ・・のえ」

やっとのことで辿り着き、瑚乃恵に触れる。

冷たい。

温かさ(生きてる証)など微塵もない、冷たい躯だった。

「何で冷たいんだ。

前は温かかっただろう」

イギリスでのことを想い出し、その頬を撫でる。

寒空の中を走って、冷え切った手よりも冷たい頬だった。

未だ見開かれている目が、約束を守ろうと必死に戦った者の形相に思えてくる。

見るに耐えなくなった字菟螺が病室を出て行く。

泣かなかった。

何となく、泣けなかった。

実感が無かったからかもしれない。

掌を瞼にあて、瞳を閉じさす。

其処から記憶が無い。

気が付けば、鼎が心配そうに此方を見ている。

全身びしょ濡れで、体温が奪われていた。

雨の中を呆然と歩いて戻ってきていたらしい。

「…お母さんは?」

鼎からのその一言で、感性が溢れだす。

全て悲しみの一色に染まった感情が。

私は鼎にしがみ付き、ひたすら嗚咽した。

そして実感した。

瑚乃恵がこの世か居なくなってしまったことを。




私は考えた。

瑚乃恵が死んだ日から三日、高熱で犯された頭で。

十二月に濡れた状態でいた所為だろう。

後で心配した字菟螺が新宮寺に訪れた時、倒れた私を運ぶ鼎の姿があったそうだ。

思考は熱でイカれてしまったのだろう。

何故、何故、何故、何故、何故、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、何故、なぜ、ナゼ、なぜ、ナゼ、何故・・・・・・・・・。

結果は判っていた。

だから、瑚乃恵を止めるべきだった。

だが、私に瑚乃恵を止められたのか?

無理だ。

こんな時瑚乃恵は絶対に引かない。

ならば、これは運命だったのか?

初めから、瑚乃恵の死が確定していたのか?

可能性なんて曖昧な言葉に踊らされ、人は決められた道しか歩いていないのではないか?

辿っていく。

発端は何だったのだろう。

感情。

それが発端。

瑚乃柄が凪穂に出会うことで芽生えたもの。

私が瑚乃恵を見捨てられなかったもの。

凪穂が突き動かされたもの。

少年が凪穂を守った理由。

全てはそこに通じる。

定めがありながら、感情はそれにアクセントをつけるだけの調味料。

お腹に入れば同じなのに。

感情があれば、運命の中で満足して生きられる。

自分が決めたように錯覚でき、そして死んでいけるから。

それが囲いの中の出来事とも知らないで。

確率(ラプラス)の悪魔が笑っている気がした。

『足掻いても無駄、無駄!

人間なんて物は、自己満足しか出来ない、ひ弱な生き物でしかないんだぜ!

ほら、あそこにも自分の死が後世に繋がると信じて命を落とす馬鹿者がいるぞ。

あれは其処でしか死ねないだけなのによ。

人間は運命から逃れるなんて出来ない、生まれから死ぬまで、一直線のレールしか走ってないんだよ。

だから、神様はお前らに感情をプレゼントしたんだ!

少しでも自分が生きた意味があると、錯覚して貰う為によ!

お優しいじゃないか!

ハッハッハッ!

只のサイクルなんだよ、この世界の成り立ちは!

全てが輪廻し、繰り返す、只の箱だ。

無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄、スベテがムダな足掻きでしかないんだ!

お前らは箱の中の蟲だ!

餌を与えるのも、殺すのも神様の意志一つ。

足掻けぬ、ひ弱な生き物達よ!』

聞える筈のない幻聴が嘲笑う。

ふざけるなぁ!

こんなモノが何の意味がある!

哀れみか!

こんな苦しみを生み続けるモノがプレゼントだと!

この世に生きている限り連鎖される苦しみの軍隊に何を見出せと言うんだ!

……こんなものが無ければいい。

華などなくていい。

只、呆然とそこに在ればいい。

感情なんて要らない。

そんなくだらないモノなど、クソッ喰らえだぁ!

――壊してしまおう、感情など――

そうすれば、他の者がこの法則に気が付いた時、絶望に染まることもない。

何故なら気付くことも無ければ、染まる心を持ち合わせていないから。

これが私。

運命という楔と、感情に翻弄され、絶望した一人の男。

残されたものは器と伝承、そして愛した者の抜け殻だけ。

導き出したのは、それらを遣い、無駄なものを省くこと。

だから私の仮面をつけた。

仮面を通して見る世界は灰色で、総てを感慨も無く見れた。

鼎は器になり、瑚乃恵は道具になった。

…だけど、それは偽りの装飾品だった。




「お父さん、お父さん、お父さん」

耳元にする必死な声。

「苦しいの。

今、タオルかえるからね」

うなされている私の額から重みが消え、バシャバシャと音がした。

暫くして冷たい物が額に置かれる。

物凄く気持ちがいい。

余程、頭が熱を持っていたらしい。

薄目を開けると、赤い目をした少女がジッと此方の顔色を窺っていた。

「・・・か・なえ」

「お父さん、目が覚めたの」

天井と鼎を交互に見ながら、意識が確りしてくる。

「今、食べる物を用意するね」

そう言うと、鼎は勢いよく立ち上がろうとするが、直ぐに倒れこむ。

「鼎!」

「あれ~、おかしいな」

もう一度腕を使い、身体を床から引き剥がそうとするが、肘から折れ、顔から畳に落ちる。

「鼎、どうしました!」

倦怠感が支配していたが、布団から飛び出し、鼎の肩を抱き仰向けにする。

熱い。

自分の身体ですらかなりの高熱に犯されているのが判るのに、その上を鼎の身体は発していた。

「はは、お父・さんの目が・・覚めたら、糸が・切れちゃったみ・・たい。

ご・めんね、ご飯用意しなと・・いけないのに」

「なにを言ってるんですか!」

「ちゃんと・・食・べないと、風邪、治んないよ。

お母さ・・んが居なん・・だから、私が用意・・し・ないと」

仁は震えた。

腕の中で息を切らしながら語る鼎が、目を真っ赤にしている理由に。

「…鼎、知っていたんですか」

「苦しい・・よね。

私・も・たくさん・泣い・・たから」

仁の頬に鼎の手が触れる。

霜焼けや(あかぎれ)が酷く、手が二倍ぐらいに膨れあがっていた。

何度も何度も熱を冷ます為に、タオルを交換していたのだろう。

「鼎」

「ごめ・・ん。

も・う・・ま・ぶた・・がおも・いよ」

荒い息のまま、鼎の意識が途絶える。

「鼎!」

「仁様、落ち着いて下さい」

台所の方から渋い声がする。

「…字菟螺か」

「はい」

「居たなら何故、鼎をこんな状態になるまで放っておいた!」

字菟螺は居間に入ってくると、手にしたおぼんを畳に置き、正座をし頭を下げる。

「聞いて下さらなかったのです。

何度申し上げても休もうともせず、仁様の横で泣きながら看病をしておられました」

「お前なら何とでも出来ただろうが!」

「…申し訳御座いません。

言い訳がましいのは承知ですが、鼎様の意志を尊重したかったので御座います。

仁様が起きた時、一番最初に元気付けてあげるんだと、泣きながら訴えられる鼎様の意思を」

「……」

「流石に今日、仁様の目がお覚めにならなければ、強行手段に訴えるつもりでした。

診ての通り、命に関わる高熱ですので」

「…そうか、それがお前なりの優しさか」

「どんな罰も受ける所存です」

「医者を呼べ。

それがすんだら二度と此処には来るな」

「医者は直ぐにでも。

お粥の方を此方に用意させて頂きました。

…それでは」

そうを告げると、字菟螺は風のように去っていく。

「優しさか。

失ってしまえば、そんなモノ何の意味があろうか」

仁は鼎を自分が寝ていた布団に横にし、落ちていたタオルを拾い、洗面器の冷たい水に浸す。

指先が悴み、感覚が薄れていく。

(こんな事を何度繰り返したのだろうか、鼎は)

「瑚乃恵に似て頑固者だな、お前は」

鼎の額にタオルを乗せながら語りかける。

鼎はハアハアと苦しそうな呼吸で答える。

「同じ辛さに晒され、こんな愚か者の心配なんかして、自分は倒れて。

そんなお前を、此れから私は…」

これは道具だと言い聞かせ、自分を(いつわ)ろうとする。

この時既に、仁の仮面に亀裂が生じていた。




私は馬鹿な生き物だ。

鼎が微笑む度に、胸からこみ上げるモノが刃物をなり、何度もズタズタになるまで心を切り裂いた。

それが償いになるとは想えない。

感情がこの世から消えるまで、私は罰を受け続けなければならない。




引き取った瑚乃恵の躯を見つめながら、私は憎しみを募らせていく。

(私をこんな処に引き摺り出しておいて、先に居なくなるなんて)

所詮、仮面は表情を隠す物でしかない。

その下はいつも苦悩しか浮かべていない。

(お前も私と一緒に堕ちて貰いますよ。

それが貴女に対する私の復讐)

私は方陣を描き出す。

式神の法。

西洋魔術の使い魔と同じく、そのものを意のままに操る。

教会などからは生命を冒涜する外法として扱われている。

(これで私は狂える。

貴女を道具として扱うことで、何もかもを物として扱える)

狂いたかった。

だが、それでは罰にはならない。

正気でいながら、身を切り裂くよりも辛い衝動に耐え続けなければ意味などない。

(…私は壊れてはならない。

時が来るか、鼎が気付くその日まで)

方陣が光り輝き、呪術は成功する。

私は念じる。

(立て、私の人形よ)

それに従い、瑚乃恵の姿をした操り人形が立ち上がる。

そして啼いた。

自分で貶めた存在に。

もう、後戻りは出来ない。

堰は切られたのだから。




もう良いよ!

これ以上自分を傷付けないで!

こんなにボロボロになるまで、偽って、苦しんで。

もう、自分を許してあげて。

お母さんも、私も幸せだったんだから。

最初は偽りの家族だったかもしれない。

でも、愛してくれた。だからいいんだよ。

「お父さん」




総ての破片が少女の中に浸透していく。

そして、この世界が弾け光に飲み込まれていく。

一人の少女の願いと共に・




私は感じる。

風が髪を撫ぜ、優しく吹き抜ける。

緑の柔らかい匂いが鼻腔を擽る。

それに遵い、青臭い味が口に広がる。

耳元を切るような風の音がする。

瞼が次第に開かれていく。

五感が世界を感じ取る。

瞳には二人の男が写し出される。

同年代の男は照れくさそうに繋がれた手を離し、

「お帰り」

と言ってくれた。

私は頷き、もう一人の男に視線を向ける。

押し黙り、私の視線から逃れるように俯く。

私はその男に歩み寄り、

「顔を上げなさい」

と命令する。

男が苦悶に満ちた表情を上げてくる前に、私は全力で平手打ちを決行した。

パーンッ!

小気味いい快音があたりに響き、男の頬にくっきりとした掌の跡を残す。

「ばかぁぁぁぁぁぁ――――――――――!」

喉が張り裂けんばかりの叫び声をあげた。

そして、男の首に手を回し、きつく抱きしめる。

「お父さんの馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「鼎」

呆然としながら、その行為を受けるお父さん。

「こんなに自分を傷付けて、苦しんで、馬鹿だよ、どうしようも無い馬鹿だよ」

次第に言葉が鼻声に変わっていく。

涙が止め処無く溢れ出し、言葉が紡げなくなっていく。

「うううううう」

「泣かないでください、鼎」

「誰・のせいだと・・おもってんのよ、この馬・鹿親父ぃぃ」

私は泣いた。

少しでもお父さんの哀しみが、罪悪感が薄れるようにたくさん泣いた。

「親父ですか。

私の事を未だ、父親と呼んでくれるのですか」

「わた・しの・ちち・・おやは、しんぐう・じ・・・じん・・だけ。

はは・・は、この・・え。

ほか・・の・・だれ・でもない・・、わたし・・のりょ・うしんは・・・この・・ふたり・・・」

鼻がスンスンと鳴る中、何とか大切なことを告げる。

「鼎!」

力強く抱きしめ返してくれる。

心地いい嗚咽が耳元を擽りだす。

私は感謝しています。

こんな素敵な両親に育てられ、愛された日々を。

そして、それを感じることの出来るこの世界を。

…それを気付かせてくれた人がいる、この刻を。

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