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第9話 下手うまは、天才!?

「僕、もうひとつ良い事考えたんだけど」


「セーファさん、言って下さい」


 セーファスが何か考えたようなんで、俺は意見を聞きたいとお願いした。

 良い傾向である。

 今まで殆どやる気のなかったセーファスが少しずつだが、変わって来た気がするからだ。


「ん、大した事じゃないけど、この店が他の店とは絶対に違うっていう何かを打ち出すべきだと思うんだ!」


「そうか! コンセプトだ!」


「コンセプト?」


 俺はひとつ大事な事を忘れていたのだ。

 この店の他店との差別化、イメージ作りである。


「セーファさん、お手柄ですよ! コンセプトとは、この店の明確なイメージです。他の店とはここが違うって所です。この店はダレンさんの店でしょう。ダレンさんと言えば?」


「元Aランクの冒険者だよね、強くて力持ちって感じがするの」


「おお、良いじゃないか。ドロシー」


 今まで、あまり発言しなかったドロシアが手をあげて、ダレンさんのイメージをアピールしたのだ。

 柔らかそうな耳がピンと立って黒い瞳がうるうるしている。


「うんっ! あたし、さっきからダレンさんをモデルにして何枚か、絵を描いていたんだけど」


 おお、ドロシー! 即興でイラストまで描いてくれたのかな?

 いつの間に!


「見せてくれよ。俺、絵なんて描いて貰った事ねぇんだ」


「俺にも見せて!」「僕にも見せてください」「俺もっ!」


「…………」「…………」「…………」「…………」


「なによぉ! 皆、黙っちゃってぇ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「折角、描いて貰って何だが、これは……ねぇな」


「確かに無いわ」「僕もそう思います」


 ドロシアが描いたダレンさんは全裸でいわゆるサイドトライセプスと呼ばれるポーズをとっていた。

 いわゆるボディビルダーがポージングするあれである。

 上腕三頭筋を強調し、俺達に、にんまりと笑いかけているダレンさん。

 それが写実的な筆致で綿密に描かれているのである。


「何でよぉ! ダレンさんの力強さが、しっかり出ているじゃない」


 頬っぺたを思い切り膨らませて抗議するドロシア。


「ドロシー、この絵は少し再考の余地がある。この絵は好きな人が居るかもしれないが、今回想定したお客さんの中にはあまり居ないかもしれないぞ」


「……ねぇ、タイセー。あたしの絵ってやっぱり駄目かな?」


 見るとドロシアの瞳にまた涙が溜まっている。

 セーファスがドロシアを連れて外に出ろと目配せして来た。

 ありがとう、セーファス。

 俺はドロシアの手をとって部屋の外に連れ出した。


「タイセーっ!」


 人間は自らすすんで一生懸命やった時に、それを全否定されると立ち上がれないほど落ち込むものだ。

 今のドロシアはまさにその状態だった。

 彼女は俺の胸に飛び込むと嗚咽している。


「前にも言ったろ、お前の描きたい絵と世の中が求めている絵は違うんだ」


 俺はドロシーを抱き締めたまま、背中を優しく撫でてやる。


「う、うん……」


「お前の描く人物はこの世の中の好みと合わないのさ、俺は好きだけどさ」


「う、うん。タイセーの言う通りだね、死んだ母さんとタイセーだけが良かったって言ってくれたもん」


「ドロシー、お前って物は書いた事あるのかい?」


 俺は思う所があってドロシアに尋ねてみた。


「物って?」


「例えば、果物とか、肉とか、魚とか、マグカップとか」


「無いよ、だって詰まらないんだもん」


「詰まらない?」


 そうか……物は彼女にとって描く魅力が無いんだ。

 そう言うと案の上、ドロシアは大きく頷いた。


「うんっ! 人間って生き生きして生命力に溢れていて、描くのが凄く楽しいんだもん」


「そうか、でもお前の才能って、もし物を描いたら凄い事になるかもよ」


「本当!?」


 この世界の人物画は写実的な絵は受け入れられにくいらしい。

 しかし、それ以外の物は?

 ドロシアの写実的な才能が反映されたらどうなる?

 俺は彼女に描くように勧めてみる事にした。


「やってみろよ」


「うんっ! タイセーが言うんなら……描いてみるっ! でも……」


「ん?」


「お願い! 頑張れの……その……キ、キ、キスしてくれるっ?」


 え、ええっ!?


「ドロシー……」


「い、痛っ!」


「どうした!? ドロシー」


「く、首輪が……締まって」


 見ると昼間ドロシアに装着した奴隷の首輪が赤く光っている。


「そうか……あたし、奴隷だったんだ。タイセーの奴隷だったもんね、奴隷がお願いなんかしたから……うっ!」


 俺はその瞬間、ドロシアを強く抱き締めて、彼女の唇に俺の唇を重ねていた。

 暫くして俺はそっと唇を離す。

 抱き締められたまま俺をじっと見詰めるドロシー。


「ありがとう」


 彼女はその優しい眼差しのまま、掠れた声で確かにそう言ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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