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第7話 音痴な吟遊詩人の悩み

「本当に、本当に、本当にありがとうぉ!!!」


 ドロシアは俺に纏わりついて、嬉しそうに飛び跳ねている。


 あれから俺達は衛兵2人が同行した上で、エルドラードの市民庁舎に赴き、ドロシアの不法滞在の審議の略式命令のようなものを受け、罰金として金貨50枚を支払う事となった。


 そのあと、違うフロアにある奴隷の管理をしている部署に移動してドロシアを正式な俺の奴隷として登録したのだ。


 俺は奴隷に対する扱いの注意、年間の税金の支払いの義務、そして奴隷用の魔法の首輪についての使用等の説明を受け、奴隷の新規登録料の金貨30枚、首輪の代金分の金貨10枚、そして年間の税金の前払い分の金貨10枚、計50枚を支払った。


「でもさ、ドロシア。さっきから、よかったって言っているけど、奴隷だぜ、奴隷」


「良いのぉ! だって王都の奴隷オークションなんかで訳の分らない助平親爺なんかに買われたら、性奴隷まっしぐらだったもん! でもタイセーだったら……あたし、良いもん」


 何が……良いの?


「タイセー君、結構お似合いじゃないですか?」


 セーファスがにやりと笑って流し目を送ってくる。


「何よぉ、お似合いって?」


 今までの経緯からドロシアはセーファスには喧嘩腰だ。

 確かにあそこで彼がからかわなければ今回の騒動は無かったかもしれなかったから。

 その怒りを察してか、セーファスは矛先を躱そうと必死だ。


「いやぁ、そんなに構えないでくれよ。ドロシー、君と彼がカップルとしてさ」


「カップルって……つがいの事?」


 さっきから、俺の手を握って離さないドロシア。


「ねぇねぇ、……タイセーは私の事どう思う? メスとして魅力的?」


 ドロシアが真剣な表情で俺をじっと見詰める。


「ああ、可愛いよ」


「本当!? 本当に本当?」


「ああ、可愛いだけじゃなくて、ドロシーにはその絵で俺を助けて欲しいんだよ」


「えええっ!? 私の絵、私の絵でもタイセーを助けられるの?」


「そうさ、ここに居るのは皆、仲間なんだ。帰ってから詳しく話すけど、あのダレンさんの店を助けるんだよ」


 俺は先頭をゆっくり歩くダレン・バッカスを指差した。


「店を助ける……」


「そうだ、ドロシーも助けて貰っただろう?」


「うんっ! 助ける! ドロシーはダレンさんの店を助けるよ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達がダレンさんの店に戻ったのはもう夕方遅く、5時を過ぎていた。

 夕飯を作るというダレンさんを除き、俺達は店の2階で改めて顔合わせをした。


「これでダレンさんの店を助けるメンバーが揃いました」


「一応、数だけはね……」


 セーファスは相変わらずである。


「セーファさん!」


「分っているって、僕達は基本失う物など無い、あのダレンさんの為に頑張ろう」


 やる気の無さそうなセーファスに発破を掛けた後、ドロシアにも因果を含めるべく話をする。


「ドロシーには絵を描いて貰う事になるけど、今までとは違って、商売の為に描く絵だ。悪いけど割り切って欲しいんだよ」


「うん、分ったよ」


「それが無難だ、あの絵じゃな……」


 思わず呟いた吟遊詩人のエド・マグナーテンだったが、俺は彼にも釘を刺すのを忘れなかった。


「エドさんには言葉や詩をたくさん書いて貰います」


「ああ、望むところさ」


「貴方の言葉や詩に対してドロシーが絵を描きます。またその逆もあります」


「ええっ?」


「何か?」


「その娘の絵に俺が詩を!? ありえないよ!」


 エドは自分の詩がドロシアの絵とマッチングさせられるのが嫌なようだ。


「何よ、失礼ね! 貴方の詩なんて、こっちこそ御免よ」


 今度はドロシーが怒った。

 アーティストはそれぞれ自分の世界を持っていてプライドが高いというのはお約束である。


「2人とも、喧嘩はやめてくれ! 今のはエドさん、貴方が悪い。ドロシーにも言ったがこれは仕事なんだ。割り切って欲しい」


「…………」


「悪いけど2人の詩と絵に納得が行かなかったら、俺もダレンさんも容赦なく駄目出しをするからね」


「不愉快だ」


 エドがぽつりと呟いた。


「え?」


「不愉快だし、やってられないって言ってんだよ!」


 ドロシアとのマッチングの件で不満を持っていたエド。

 彼からすれば素人と見ている俺やダレンさんから駄目を出される可能性があるとは思っていなかったらしくついに爆発した。


 そこで俺はもう一度彼を説得することにする。


「相変わらずですね」


「何だと!」


「貴方は素晴らしい詩を書く吟遊詩人です。しかし俺は残念だと思っているんです」


「な、何!?」


「貴方は自分1人ではその詩を世の中に送り出せない事を分っている。でも貴方はその事をいつまでも認めたくないんだ」


「…………」


 どうやら俺の言葉は図星のようだ。

 暫し、腕組みをして考え込むエド。

 俺は黙ったままのエドに言葉を掛けて更に説得しようとした。


「俺は貴方の詩を世に送り出したいんだよ、このままじゃ貴方はあまりにも……」


「分った! 言うな! 皆まで言うな!」


 エドは悔しそうに唇を噛み締めている。


「俺は、はっきり言って音痴さ! ああ、超の付くくらいな! は! 致命的さ! 吟遊詩人が音痴なんてさ。楽器リュートもどうしようもなく下手糞なんだ」


 そこまで言い切るとエドはふうと大きく溜息をつく。

 良く見ると目には涙が一杯溜まっている。


「でも、でも吟遊詩人が好きなんだ、どんなに下手と言われても大好きなんだ! 人を感動させる詩が、歌が好きなんだ! どうしたら良い? どうしたら良いんだよぉ? うわあああああ!」


「エドさん」


 慟哭するエドを見てドロシアが彼の名を呼ぶ。


「へ!?」


「一緒なんて言うと嫌かもしれないけど、気持ちが分るんだ、あたし」


 さっきは怒っていたドロシアが瞳に深い哀しみの色を湛えて立ちつくしていた。

 エドはそんな彼女の雰囲気に飲まれたかのように言葉を失くしている。


「…………」


「いつも変な絵って言われていたけど、死んだ母さんはいつも褒めてくれたんだ。良い絵だって! あたしはそれが嬉しかった……」


「…………」


「だから―――誰が何と言おうと、あたしは自分の絵が好きなんだ。でも自分だけが満足する絵より皆が喜んでくれる絵も描きたいんだ、ねぇ、タイセー」


「何だい? ドロシー」


 淡々と語っていたドロシアがいきなり俺の名を呼び、笑顔を向けて来た。


「皆が喜んでくれる絵を描くためにタイセーが助けてくれるんだよね」


「そうさ! 任せろ!」


 その笑顔に答えて俺は大きな声で叫ぶ。


「エドさんの詩も世の中の皆に伝わるように助けてくれるんだよね」


「当然だ!」


 ドロシアの再度の問い掛けに俺は今度も同様に、エドの顔を真っ直ぐに見詰めて叫ぶ。


「聞いた? エドさん! 改めてあたしからも頼むよ。あたしの変な絵に貴方の詩を書くなんて本当に嫌かもしれな……」


「分った! 皆まで言うなぁ!」


「ええっ!? エドさん!」「エド……」「ほう!」 


 そこで彼がとった意外な行動に驚く俺達。


「これが俺の謝罪と覚悟さ! ドロシーみたいな美人にここまで言わせて黙っていたら男がすたるよ」


 何とエドは俺達の前でいきなり土下座をしていたのである。


「タイセー、俺はお前を信じる。だから俺の詩を任せる、宜しく頼むぞ」


 俺はそこまで言ってくれたエドの姿を見るうちに何故だか涙が止まらなくなったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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