第6話 男は決断力です!
「ええっ! 絵が酷いって何よぉ……皆してあたしの事……」
「だってよぉ、これじゃあ、さっきの戦士だって怒るわ……」
犬獣人の少女を助けた当のダレンさんでさえ眉間に皺を寄せて彼女に向けて容赦の無い言葉を吐いた。
必死に抗議する犬獣人の少女の目には涙が溜まり始めた。
柔らかそうな可愛い耳が元気なく垂れてしまっている。
やばい、泣きそうだ!
しかし、俺には不思議でならなかった。
皆が酷いと言うその絵が俺には全くそうは思えなかったのだ。
それは、この世界で初めて見た写実的な絵であり、俺好みの素晴らしい絵だったのだ。
先程の無骨な戦士の特徴を良く捉えている。
細目の鋭い視線、鷲鼻、真一文字に力強く結ばれた分厚い唇、そして頬の大きな傷……
「俺には凄く良い絵に見えるんだけど……」
「あああっ! 嬉しい、うれし~っ! やっとあたしの絵を分ってくれる人が居た~っ!」
思わず呟いた俺の言葉に犬の獣人少女はブラウンの短髪からさっきまで力なく垂れていた可愛らしい耳をぴょこんと立てて尻尾をぶんぶんと振って喜んでいる。
おおっ、復活した?
彼女、立ち直りは早いみたいだな。
「あたし、ドロシア、ドロシア・ダングールっていうの。皆、ドロシーとかD,Dとかって呼ぶよぉ!」
俺は思わず昔、実家で飼っていた愛嬌たっぷりのミニチュア・ダックスフンドを連想してしまった。
「俺はタイセー、タイセー・ホクトさ。よろしくな、ドロシー!」
そのやりとりを傍から見ていた3人だったが、首を横に振って肩を竦めた。
「おい、ドロシー、その男はさっき具合が悪くて倒れたくらいなんだ」
セーファスがうんざりした様な表情で口を開いた。
「だから?」
「正常な判断が出来ない状態だ、うん」
「何が言いたいの?」
セーファスの言葉にドロシアの目が怒りで細くなり、きつい眼差しになる。
「お前の酷い絵も良く見え……う、うぎゃああ!」
セーファスが絶叫をあげる。
言い終わらないうちにドロシーが彼の腕に噛みついたのである。
その声を聞きつけて飛んできたのは厳しい顔つきをしたこの街の衛兵2人であった。
「どうしたっ? お、獣人か?」
「な、何よぉ!?」
「この犬は誰の奴隷だ?」
「ど、奴隷じゃないもん、市民証持っているもん!」
最初からドロシアを奴隷扱いする衛兵に対して必死に否定するドロシア。
「市民証だぁ? 見せてみろ!」
ドロシアがおずおずと差し出した市民証なるカードを険しい顔つきで見る衛兵。
そして更に厳しい顔をしてこう言い切ったのだ。
「これは偽物だ!」
「えええっ! よっく見てよぉ! この街に入る時はあんた達にそんな事は言われなかったよ! これはうちの村に来た商人に頼んで申請した市民カードだよぉ!」
あっと言う間にドロシーの血の気が引くのが分る。
「そりゃ、単なる見落としだ。それにこの市民カードは本人が窓口に行って申請する以外は発行を許可しておらん。こうなると、どっから、どう見ても偽物だ。街への不法侵入はもとより、公文書偽造の罪も追加だな。怪しい奴め、衛兵隊の詰め所まで同行して貰おうか」
「嫌だ、嫌だぁ!」
無理矢理連行しようとする衛兵の手を掻い潜って逃れようとするドロシアであったが、衛兵は2人がかりで壁際に彼女を追い詰めた。
「やめろよ!」
「何だと! こいつも、もしかしたら非市民じゃあないか? 連行しろ!」
俺がドロシアと衛兵の間に無理矢理、割って入ると衛兵が剣を抜いて切っ先を向けて来た。
止めに入った俺も同類だと見たのだろうか?
俺ごと衛兵の詰め所に連行しそうな勢いだ。
「おいおい穏やかじゃないぞ、乱暴するなよ」
大きな手で衛兵の肩を掴んで制止するダレンさん。
「何ぃ!? 何をする! 公務執行妨害だぞ! って!? あ、あんたダレンさんか?」
衛兵は今更ながらダレンさんに気付いたようだ。
しかし肩を掴まれながらも、衛兵が2人とも怒らない所を見るとダレンさんは余程の有名人の様である。
「衛兵さん、待ってください、彼は市民ですよ。タイセー君、そのポーチを空けて中を見てください。市民証が入っている筈ですから」
セーファスもそう言って懐から自分の市民証を取り出す。
俺はセーファスに言われた通りにベルトにつけられたポーチを開けて中を探すと確かにエルドラード市民証なるカードが入っていたので衛兵に提示した。
「う~む、……セーファス・モーリスとタイセイ・ホクトか。残念だが間違いなくエルドラード市民だな。そっちの吟遊詩人らしい男はどうなんだ?」
ぼうっとしていたエドが慌てて自分の身分証明書らしき物を出す。
どうやら彼の身分証明証は短期滞在用の就労ビザのようなものらしくあっさりOKが出る。
ダレンに関してはいわゆる顔パスらしく、全くノーチェックであった。
こうなると結局、不法滞在に問われるのはドロシアだけである。
「ではこの犬っころは不法滞在で逮捕させて貰う。よろしいな、ダレン殿?」
「嫌だよ、嫌だぁ!」
2人のうち、やや年嵩の衛兵がダレンに断った上で泣き叫ぶドロシアを連行しようとする。
「まあ、一瞬だけ待ってくれんか、頼むから」
「じゃあ5分だけ、それ以上はいかにダレン殿とはいえ待てませんぞ」
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「えぐっ、えぐっ……」
泣きじゃくるドロシア……
それを深刻な表情をして見守る4人の男。
衛兵達が少し離れた所からそれを不審そうな表情で見張っている。
万が一、俺達が逃走でもしようものなら、すぐに取り押さえようとする体勢だ。
「これは非常に不味い状況だぞ……」
ダレンさんがぽつりと呟いた。
「確かに……このままじゃドロシーは多分、王都不法滞在の罪を問われて奴隷として売られますね」
「ええっ、そんな馬鹿な!?」
そう言い掛ける俺に対してセーファスがゆっくりと首を横に振った。
「タイセー君、それが獣人に対しての、この王都の法ですから」
「ダレンさん! 何とか、ドロシーが助かる方法は無いんですか?」
俺はこの愛嬌のある少女が奴隷に堕とされてしまうなんてどうしても阻止したかった。
「ひとつあるが、ドロシーの覚悟が要るのと金が必要だ」
ダレンさんの顔は相変わらず苦虫を噛み潰したようだ。
「言って下さい、もう時間が無いんですよ。ドロシー、君も聞きたいだろう?」
泣きじゃくりながら、こくこくと頷くドロシア。
それを聞いたダレンさんが再度、全員を見渡してから口を開いた。
「よ~し、じゃあよく聞けよ。まずドロシーは、ここに居る誰かの奴隷になる事が必要だ」
「ええっ!?」
俺は驚きながらドロシーを見ると、彼女はそれを知っていたらしく俯いて黙っている。
「もうひとつ…… これがネックなんだが、不法滞在の罰金と奴隷の新規登録料として合計金貨100枚もかかるのさ」
金貨……100枚……
「生憎、俺は店がかつかつでそんな余裕はねぇ。悪いがな……」
ダレンさんが唇を噛み締めると、セーファスもエドも首を横に振る。
「おめぇはどうなんだ? でも金貨100枚持っているって感じじゃねぇな」
俺は……
ドロシアが俺を縋るような目で見る。
決めた!
俺は……この娘を助ける!
「ドロシー、俺で良いか?」
俺の問いかけに力強く頷くドロシア。
「俺が助けるよ、ドロシーを」
俺はその瞬間、ひと際大きな声で叫んでいたのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。