第46話 新しい部署
『オルヴォ・ギルデンブランドショー』の約3ヶ月後に我がエクリプス広告社は引越しをした。
王都エルドラードの中央広場で、安く売りに出ていた2階建ての古い宿屋を買い取ったのだ。
今迄散々お世話になったダレンさんの店の2階を、丁重に御礼を言って引き払ったのは言うまでもない。
「あんたぁ! ちょっと相談があるんだけれど」
建物自体は古い。
しかし気分は、一応新社屋。
席について気合を入れて仕事をしていた俺に妻の1人であるカルメンが声を掛けて来た。
例によっていつもの、べらんめえ口調だが彼女に別に悪気は無い。
「何だ?」
俺が座ったまま振り返って聞くと珍しく神妙な顔付きである。
一体、何だろうか?
「ああ、あたしがやりたいって言っていた仕事の件さ。他との兼ね合いもあって色々とね」
「他との兼ね合い?」
「ああ、他って言うのは黒い薔薇の子達の事も含めてね。あの娘達はいつまでもダレンさんの店の仕事だけさせるわけにはいかないだろう? 本職はダンサーなんだし」
確かにカルメンの仲間である黒い薔薇の女の子達は現在ダレンさんの店『英雄亭』においてホール係として働いて貰っている。
若くて可愛いので男性客に絶大な人気を誇り、貴重な戦力で店の繁盛にも充分に貢献しているが、確かにこのままではいけないだろう。
「そうだな……お前も含めて考えないといけないな」
「お前もって、私の事?」
「そうだよ。お前だって本職はダンサーなんだから会社での事務仕事は本来やりたい事じゃあないだろう?」
俺がそう言うとカルメンは最初驚いた表情だったが、直ぐ笑顔を浮かべると俺に絡みついて来た。
外見はきつめで、怒ると口が極めて汚くなる姐御肌のカルメンではあったが、こうなると甘える猫のようである。
彼女は、はっきりいって超のつくツンデレなのだ。
「うふふ、ありがとう! でもあたしはタイセーの傍に居るのが1番なのさ」
甘えるカルメンの頭を撫でながら、俺も今迄温めて来た考えを伝える事に決めたのである。
「丁度良かったよ」
「うふ……何が?」
完全に猫化したカルメンは甘え声で聞いて来る。
「エクリプス広告社に新設する部署の事さ」
「新設部署?」
「ああ、ひとつは芸能部で責任者である部長はカルメン、お前さ」
「えええっ!」
俺が新しい部署の長を任命したとあって、カルメンの甘い気持ちも吹っ飛んでしまったようだ。
「もうひとつの部は興行部で部長はジュリアンだ。今は午後1時だろう? 夕方に皆が揃うから会議の上で正式決定だ」
「芸能部と興行部……あたしとジュリアンが部長……」
俺がジュリアンの事を話してもカルメンは夢うつつのようである。
気合を入れる意味で俺は彼女を役職で呼んでみた。
「そうさ、頼むぞ、カルメン部長」
「は、はいっ!」
しゃきっとしたカルメンは何とか仕事モードに戻ったようであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午後5時……
我がエクリプス広告社の幹部社員が揃ったので、俺は会議を行う為の召集を掛けた。
俺、北斗大成を社長として広告業務の補佐をして貰っているケルトゥリ、カルメン、リリアーヌ、ジュリアン、そして制作部と名付けてデザインとコピーライティングをして貰っているドロシアとエドの計7名である。
「今日は前々から考えていた組織変更について相談をしようと思う。一応仮決定はしてあるから忌憚の無い意見を述べて欲しい。当然わが社の売上げアップを考えての事だ。念の為だが反対する際は代案を出して欲しい」
現在我が社の業績は順調だ。
社員も全部で30名を超えている。
広告と言う概念が全く無かったこの世界に俺が持ち込んだ知識と実践は大きな経済効果をもたらした。
パーシヴァル王国の王都エルドラードは昔の活気を取り戻していると巷で言われていたからである。
「まずは先だって行われたイベントの成功は記憶に新しいと思う。通常の広告業務の片手間にやる仕事ではなくなって来ていると俺は思う」
6人の幹部社員達は大きく頷いた。
それほどあの『オルヴォ・ギルデンブランドショー』は感動的であった。
単に生きる為の仕事としてではなく、何かやりがいのある証としてここに居る皆が思いをひとつにしているからだ。
「そしてイベントに伴う人の派遣、特にダンサーや進行役など専門職の管理も必要だ。そこで我が社はイベント部、そして芸能部を設けようと思う」
「異議無し!」
いの一番に手を挙げたのはドロシアである。
彼女は先月、奴隷という身分から解放され、正式にこのエルドラードの市民となった。
仕事にもますます力が入っている。
「「「「「異議無し!」」」」」
ドロシアの声に釣られるわけではないだろうが、全員が賛成した。
これで新設部署を作る事は問題無い。
「続いて部長を任命したいと思う。まずイベント部は様々な相手との調整も必要だ。そこでジュリアンを任命したいと思う」
様々な調整とは、興行につきものの調整である。
最近のジュリアンは昔の無鉄砲さが影を潜め、冷静さと寛容さが身についている。
かつては鉄刃団を率いていただけあって親分肌で面倒見も良く人望も厚いのだ。
「次に芸能部の部長だ。これは誰も異議無しだろうがカルメンを任命したいと思う」
「「「「「「異議無し!」」」」」」
「では両名に挨拶をお願いしたい。まずはジュリアン!」
「ああ、全力で頑張りたい…………」
ジュリアンはそう言った切り黙り込んでしまった。
普段の彼はとてもシャイなのだ。
「ええと……ではカルメン!」
「はい! 私みたいなダンサーを含めて芸に生きる人間の人生を少しでも助けられたらと思います」
簡潔ではあるが、確りした2人の挨拶に対してその場に居た全員が温かい拍手を送ったのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!