第44話 制裁と救出
ショートソードやメイス、ナイフなど刃物を持った男達の声と息遣いが俺の耳に入って来る。
どうやら視力や聴力全てが超人レベルへ上がっているようだ。
「なんだ、あいつは? 鉄刃団の残党か!?」
「何か酔っ払いがとち狂ったんじゃないですか? モヤシみたいな奴ですぜ」
ボロクソに言いやがって!
悪かったな、モヤシで!
「でも足元にボーガンの奴がのされてますぜ。あいつにやられたんじゃ……」
「馬鹿言うな! あんなモヤシに……」
「あたあっ!」
またモヤシと言われていい加減、むかついたので、俺はその言葉が終わらないうち、いきなり相手に踏み込んだ。
隙だらけだったので正対した男が構えた刃物を持った手を蹴り上げ、腹に深々と怒りを込めて拳を打ち込む。
ほぼ同時に傍らに居た男の顔面にも拳を打ち込んでやる。
腹に拳を受けた男は海老の様に身体を折り曲げて苦悶し、顔面に拳を受けた男はあっさりと気絶した。
俺があっと言う間に2人倒した事に男達は動揺する。
ここは一気にたたみかけよう!
俺は攻勢に出る事にした。
相手が怯んでいる間に決めてしまった方が良い。
「なっ!」「こ、こいつ強いぞ!?」
「あたたたたたた!」
「げっ!」「ぐっ!」「があっ!」
俺の気合の篭った声が迸る。
相手に考える間も与えず、突き、蹴り、投げ……様々な技を使って、休む間も無く男達をどんどん倒して行く俺。
ならず者達はみるみるうちに人数を減らして行った。
「こいつ、素手の癖に! ち、畜生! な、舐めやがってぇ!」
俺の動きは酔拳だけあって酔っ払って、ぎくしゃくしたような動きで到底綺麗なものではない。
そんな所が余計に男達のプライドに火をつけたようであった。
全員がむきになって剣を振り回して来たのである。
しかしそうなると、こちらから仕掛けるより相手の動きの隙を突いて倒す俺の攻撃の特性としては却って思う壺であった。
「糞っ! 妙な拳法を使いやがる。皆、一斉にかかれ、奴を壁際に追い詰めるんだ!」
業を煮やした首領らしい男が叫ぶと10人程がじりじりと俺を追い詰めにかかる。
俺は注意深く、相手の動きを探る。
肉食獣が群れの中でも1番弱そうな固体を襲う要領で反撃する事を思いついたのだ。
あの太っちょと痩せた奴の2人か……
俺はそいつらの居る方向とは全然反対に行くと見せかけて、その2人をいきなり攻撃した。
「ああっ!」
「何だ!?」
いきなり俺が来るとは思っていなかったらしく完全に虚を衝かれた2人は動揺して体勢が崩れる。
首領の大きな声が飛ぶが既に遅く、俺はあっさりと2人を蹴りでなぎ倒す。
そこから崩れた包囲網は最早元に戻らなかった。
俺の迸るような声と共に倒されて行く男達。
そして―――俺はとうとう首領以外の男達を全て倒したのである。
「くくく、てめぇ――何者だぁ!」
「誰でも良い……それよりジュリアンはどこだ?」
「ジュリアン……だと? あ、ああ、お前やっぱり鉄刃団の残党か?」
質問に質問で返す首領の言葉が俺の怒りに火をつける。
「この糞野郎! お前は聞かれた事に答えれば良いんだ? 彼はどこだ、まさか殺したのか」
俺が心配そうな顔をするとそこに漬け込まれると思ったのか、首領はせせら笑った。
「心配か、貴様……だったらなぁ……」
その表情が俺の怒りをMAXに押し上げてしまう。
「あ~たたたたたたたっ!」
俺は何の前触れも無しに首領をサンドバッグのように滅多打ちにする。
「ぐわっ、ぶっ、ぎゃうっ!」
しかしこいつは意識を手放させるわけにはいかない。
ジュリアンの事を洗い浚い白状させなければならないからだ。
芋虫のように無様に転がる首領に近付くと苦しい息の下でもしぶとく這って逃げようとした。
俺は逃げようとする首領の左手を容赦なく踏み潰す。
「ぎゃあああああああ!」
首領の絶叫が響き渡り、奴は潰された左手を庇おうとする。
「おい……正直に白状しないと次は問答無用で殺すぞ。お前がジュリアンにしたようにな……死んだほうがましという遣り方で嬲り殺してやる」
「痛い、痛い、くううう、ま、待て……こ、殺さないでくれ! や、奴はまだ生きている」
追い詰められて漸く首領が白状したのはこの裏カジノで普段倉庫として使われている一室であった。
俺は直ぐその部屋に向かう。
鍵がかかっていたので手下から奪った合鍵でドアを開けると、暗い中に誰かが転がされているのが見えた。
駆け寄るとそれは全身に暴行されて虫の息になった瀕死のジュリアンだったのである。
「ああっ、ジュリアン! 今、今助けてやるからな」
俺の大きな声に反応したジュリアンは唇を微かに動かしたようだ。
それは俺にも何とか読み取れたのである。
ひと言……ありがとうと。
どちらにしても彼を早く医者に診せないといけない。
―――俺がジュリアンを担いで外に出ると丁度ダレンさんが衛兵と駆けつけたところであった。
幸いダレンさんの傍らにはアデリンさんとブリジットさんが居る。
彼女達ならジュリアンの手当てが出来る筈だ。
その時何故か急に俺の身体に力が入らなくなり、膝が崩れそうになった。
うう、この加護って……どうやら時間制限ありって事か?
俺はその瞬間、言葉にならない声をあげてダレンさん達にジュリアンを託すと地に伏してしまったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………う!」
あれから俺は暫く気を失っていたようであった。
目覚めて辺りを見回すと見覚えのある光景である。
どうやらここは『英雄亭』の2階だ。
「ジュ、ジュリアンは!?」
俺が寝かされているベッドの直ぐ隣を見るとジュリアンらしき男が全身を布でぐるぐる巻きに覆われて ベッドに寝かされていた。
その時、聞き覚えのある声がした。
「タ、タイセー……目が覚めたみたいだね。大丈夫?」
声を掛けたのはドロシアである。
心配そうに覗き込むドロシアに俺は弱々しく微笑み掛ける。
ドロシアはそんな俺にここまでの顛末を教えてくれた。
「エドが血相変えてここに飛び込んで来たんだよ。それでダレンさん達が仕事を中断して現場に駆けつけたら、タイセーがジュリアンを担いで出て来たってわけ」
「ジュ、ジュリアンは!? げほっ!」
俺が勢い込んでもう1回、ジュリアンの事を聞くとドロシアは苦笑いした。
「ふふっ、私よりジュリアンが気になるの? ふふふ、ちょっと妬けるな……でも安心して! ジュリアンは大丈夫だって。内臓破裂と骨折で危ない所だったらしいけど彼の生命力とブリジットさんの魔法で何とかね」
そこにケルトゥリとカルメンも来た。
2人共涙目になっている。
「馬鹿タイセー、もうっ無理しちゃって!」
「そうだよ、あんたまで死んだらどうすんのさ!」
何故か2人共俺を責めたてるが、その顔には安堵の表情が満ち溢れていた。
ドロシアがぽつりと呟く。
「でもタイセーってあたし達が攫われても、きっと同じ様に命懸けで助けてくれるよ――だから決めました」
「はい、は~いっ!」
そこでケルトゥリが手を挙げ、2人も大きく頷いた。
何か3人が示し合わせてとんでも無い事を言い出す気配がする。
「この度、私達3人は揃ってタイセーの奥さんになる事になりました! 念の為、これってタイセーに拒否権はありませんので宜しくね!」
なななな……何ですと~っ!
「いわゆる押しかけ女房って奴さ。あきらめな」
勝ち誇るカルメンの言葉に対して俺は脱力してベッドの上で思わず大の字になったのであった。
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