第42話 イベントの準備
英雄亭の店主ダレンさんとも話が纏り、これからという時に気になる事が起きてしまった。
鍛冶師オルヴォ・ギルデンの借金を清算する為に会社の金である金貨500枚を持ったジュリアンが所在不明になってしまったのである。
「やはり」というカルメンからの冷たい視線が投げられたが、俺はそれをスルーした。
ジュリアンを信じて俺は会社の金を託したのだ。
あの時仕事を進んで引き受けたジュリアンの目に嘘は無いと信じているし、何か事件に巻き込まれた可能性もある。
幸い金に関してはキングスレー商会のマルコ・フォンティがオルヴォの契約金を支払ってくれたのでひと息つく事が出来た。
交渉の結果、1年につき金貨2,000枚×3年分の計6,000枚を即金で払ってくれたので俺はエクリプス広告社のマージンである20%分、金貨1,200枚を受け取る事が出来たのである。
これで社員の皆に給料を払えるな。
俺がホッとして取り分の金貨を数えているとオルヴォが残りの金貨全部を渡そうとする。
「俺の借金を立て替えてくれた分をそこから取っておいてくれ。それと残りの俺の金は管理をお前に任せる、頼むよ」
「オルヴォ……どうして?」
「いや、どうせ俺は金に関してはルーズだし、持っていたら直ぐ使う上に借金までこさえちまう。ジュリアンを信じて自分の金を託したお前を見たら……俺もお前に頼みたい、そう思ったんだ」
オルヴォの淡々とした言い方に反して俺は彼の気持ちが分って胸が熱くなる。
そのやりとりを見ていたカルメンは黙って俯いてしまったのだ。
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俺はオルヴォに借入先の詳細を聞いた上で、翌日衛兵隊に行方不明者の届けを出した。
当然、俺が持たせた会社の所有である金貨500枚の金の件は伏せてある。
そして外出の合間に出来る限り、彼を探し回ったのだ。
……しかし彼は見つからなかった。
そして虚しく3日が過ぎ、俺は仕方なくジュリアンの捜索と平行して今回の仕事を進めていた。
今回の催し物の内容を俺は周りと相談して次のように進めている。
場所はダレンさんの店『英雄亭』と周辺の中央広場を借用する。
日時は3ヵ月後の土曜日。
時間は午後2時30分~午後4時30分までとする。
メインイベントはオルヴォ・ギルデン製作の武器防具を身につけてのファッションショーを約1時間開催するのだ。
開催期間がどうして3ヵ月後かと言うと、このファッションショーの1番の肝である『オルヴォブランド』の武器防具の製作に約2ヶ月半の時間を要するのである。
この為にキングスレー商会はオルヴォの下に人間族の鍛冶師の部下を5名付け、完成までの時間の短縮を図ったが、これが精一杯との事だ。
またモデルに関してはダレンさんと社員のリリアーヌが決まっていたが、俺の話を聞いたアデリンさんとブリジットさんが「無報酬で構わない、是非やりたい」と宣言して立候補したので彼女達を加えたのである。
いろいろな人が着用する事を考えて、我がエクリプス広告社からも更にドロシア、ケルトゥリが出る事になった。
報酬に関してはタダとOKと言われていたが、やはりそのような訳にはいかないのでダレンさん以外の彼女達に対しては僅かだが、謝礼を出す事にした。
それを聞いた女性4人がとても喜んだのはいうまでもなかった。
またマルコに聞いた所、ヴァレンタイン王国は農業、漁業、牧畜とも盛んでその食材の美味しさはこの大陸では群を抜いているらしい。
そこでファッションショー以外のサブイベントとしては『北の国ヴァレンタイン展』として食品を中心としたヴァレンタイン王国物産フェアをやる事にした。
具体的には異国情緒豊かないろいろな食品と料理の試食をして貰い、ヴァレンタインの味に親しんで貰うと同時にフェアを主催したキングスレー商会を好意的に覚えて貰える効果を狙っている。
ダレンさんも事前に試食してもし気に入った料理があれば『英雄亭』において期間限定メニューとして出すと大張り切りだ。
マルコは俺のいろいろなアイディアに驚いていたが、俺の前世では当たり前の事であり別に斬新なアイディアであるわけではない。
しかし娯楽自体が少なくそのような催しに慣れていないこの世界の人々がお祭りに近いこのようなイベントに触れたらとても喜ぶだろう。
「いやあ、僕の故郷を素敵に紹介して頂いて、その上今回の仕事を達成出来る手立てになればこんなに嬉しい事はないですよ」
「後はもうひとつお願いしたい事があるんです」
俺はマルコに耳打ちをした。
話を聞いたマルコは目を見開いて吃驚している。
そしてほうと大きく息を吐いて俺をじっと見詰めたのだ。
「素晴らしい事です。その企画もぜひやりましょう!」
マルコは自然に手を差し出した。
俺は躊躇うことなくその温かい手をがっちりと握ったのである。
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企画の打合せを済ませた俺はキングスレー商会を出た。
時間はもうお昼を回っている。
今日の俺は単独行動だ。
ドロシアはイベント告知用の絵の構図を考える為に英雄亭の2階に篭っている。
ケルトゥリは俺がいろいろレクチャアした事を覚えて看板を掲出する場所探しに奔走していた。
カルメンは彼女の発案で昔からの仲間である黒い薔薇と共に、このパーシヴァル王国とヴァレンタイン王国のダンスを特訓中である。
ファッションショーの合間のミニイベントとして行う為で、彼女達が披露するそれぞれの国のダンスに王都の民は感動し、楽しんでくれるに違いない。
リリアーヌは今、オルヴォの元に赴きいろいろな製品のサイズ合わせでてんてこ舞いである。
彼女にはこのファッションショーで重要な役回りをして貰うのだ。
俺がそんな思いを巡らせながら歩いているとどこからか声がした。
気の抜けたような元気の無い声である。
「タ、タイセー……」
「ん、おおっ、エドさんじゃないか?」
建物の陰から恥ずかしそうに出て来たのは俺達と決別を宣言し、飛び出した吟遊詩人のエド・マグナーテンであった
「お、俺……どうかしていたんだよ、何というか、その……」
俺は首を横に振り、にっこりと笑った。
「良いんですよ、じゃあどこかで飯でも食って今進行中の仕事に関して相談をしましょうか?」
「い、いやタイセー、それどころじゃないんだよ。実は俺このところ違法な裏カジノに入り浸っていたんだけど……」
エドは何か口篭っている。
「以前英雄亭の2階で見かけた、ほらタイセーが身を挺して命を助けたっていう鉄刃団の元首領って男が誰かの借金の清算に来たって言ったんだ。そうしたらあっという間に30人くらいのカジノを仕切っていた男達に囲まれて身包み剥がされて縛られてしまって……」
え!?
それは……ジュ、ジュリアンだ!
「で、どうしたんですか?」
「彼、何故か無抵抗だったんだ。それで縛られる時に……タイセーの兄ぃ、すまねぇって声が聞こえて……あのままじゃ危ないんじゃ!?」
俺はその瞬間、思い切りエドの胸倉を掴んでいた。
「どこですか? その場所は!」
「う、うわぁ! タイセー、く、苦しいよ」
俺は息を切らしているエドから場所を聞き出すと懐に忍ばせていたワインの酒瓶を一気飲みし、走り出したのであった。
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