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第41話 意外な提案

 俺はダレンさんと話をしようと『英雄亭』の様子を窺った。

 しかし夕方の営業が開始されたばかりのまだ午後5時過ぎだというのに店には行列が出来ていた。

 相変わらずの繁盛振りなのである。

 かといって英雄亭に定休日は無い。

 超人的な体力で店を切り盛りするダレンさんのおかげで店は年中無休なのだ。

 じっくり話すには閉店後をつかまえるか、朝の仕入れに同行し時間を貰うしかない。


 仕方なく俺達は店に入る為に並んでいる客達の後に並ぶ。

 そして並ぶ事1時間後、やっと店内に入る事が出来たのである。

 

 店内を見渡すと先日のダレンさんとアデリンさんの大喧嘩はなんとか収まったらしい。

 大喧嘩の痕跡も無く、綺麗に片付けられていた。

 俺達を認めたアデリンさんが笑顔で迎えてくれる。

 こちらもさすがに喧嘩の顛末を聞くなど野暮な事はしない。


「よく来てくれたよ、この前は悪かったね」


 アデリンさんが申し訳無さそうに両手を合わせた。


「いえ……結局リリアーヌは俺達が引き受ける事になりました。一緒に仕事をして貰いますから」


 それを聞いたアデリンさんの顔がぱあっと明るくなった。


「そりゃ、よかった。この娘にも仕事が見つかったんだね」


 喜ぶアデリンさんはリリアーヌを励ましている。

 そんなアデリンさんに俺はダレンさんへの伝言を頼んだのだ。


「彼に伝えて欲しいんです。俺達が英雄亭の2階を出ようと思っていると」


「ええっ! アンタ達この店の2階を出て、行く当てでもあるのかい?」


 驚いたのはアデリンさんだけではなかった。

 ドロシアもケルトゥリも、そしてカルメンも俺の唐突な話に驚いている。

 リリアーヌだけは俺達とこの店の繋がりを知らないせいか、余り表情は変わらない。


「ええっ、タイセー! ど、どうして?」「酒場の2階なんて最高なのに……」


「そうだよ、タイセー。ここは場所も良いし家賃も要らないんだろう?」


 ええっと……ケルトゥリの戯言は置いといて。

 俺は皆にダレンさんと打合せをする時に自分の考えを話すと言い放ったのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『英雄亭1階』閉店後、午前0時……


 俺は今、ダレンさんと対峙している。


「おいっ、タイセーよ。一体どういう事なんだ?」


 ダレンさんは不満そうだ。

 「どういう事」とは俺達が店の2階を引き払ってどこかに移るという話の理由を聞きたいって事だ。

 今1階に居るのは俺とダレンさん以外にはドロシア、ケルトゥリ、カルメン、リリアーヌ、セーファス、エマ、アデリンさん、ブリジットさんの計10名である。

 それ以外のスタッフは既に帰宅させていた。


「何が不満なんだよ? ウチの2階が」


 ダレンさんは腕組みをして俺を睨んで来る。

 その目付きは肉食獣のように怖ろしく鋭い。


「不満なんかありませんよ」


「じゃあどうして?」


 ここでダレンさんだけでなく他の者も俺に注目した。

 誰もが俺の真意を知りたがっていたからだ。

 俺はダレンさんが更に質問するのを遮って別の話を持ち掛ける。


「英雄亭……とても盛況ですよね。今日も開店から行列でお客さんはずっと並びっぱなしだ。これって改善出来ますよね」


 俺のこんな話にもダレンさんにはピンと来ない様だ。

 彼からは感謝の言葉しか出て来ない。


「そりゃ、お前達のお陰だ。俺は本当に感謝しているんだ」


「それは置いといて、先程俺が言った問題を改善する為には客席を増やさなくては駄目ですよね」


「客席を増やす? って、ああ!? お前何を言っているんだぁ!」


 ここまで言って、漸くダレンさんにも俺達が2階を退去する理由が見えて来たようだ。

 しかし当然と言うかダレンさんの反応はありがたく、とても彼らしいものだった。


「馬鹿野郎! 俺は恩人を追い出してまで儲けようとは思わねぇ! 何考えているんだ?」


 しかし俺はここぞとばかりに斬り込んだ。


「考えていますよ、俺。ダレンさんが支援する孤児院に入れる寄付金の為には店がもっと儲かった方が良いんです」


「お、お前どうして? ああ、ジュリアンだな。あのお喋り野郎が!」


 ジュリアンに憤るダレンさんに対して俺は怖ろしく冷静である。


「良いじゃないですか、怒らなくても。聞けば孤児院には他に碌な支援者もなく国から出る金も小額だとか。この店こそが孤児院の頼みの綱なんですよ」


 すると俺の言葉を聞いた女性陣も擁護する気配を見せた。

 なかでもこの2人は昔からの知り合いだからか事情を知っている様子である。


「ダレン……タイセーの言う通りさ、許してあげなよ」


アデリンさんがそう言うとブリジットさんもダレンさんを諭した。


「そうだよ、ダレンさん。貴方、この前から頑なになり過ぎよ。自分1人で何とかしようと思うからいけないの。この店の今の繁盛だって皆に助けられての事じゃない。孤児院だって同じよ」


 しかしアデリンさん達に言われてもダレンさんは中々納得しなかった。

 彼の中でもいろいろな葛藤があるのだろう。


「でもこれは俺があの院の出身だからやっている事だ。それを他人におんぶするなんてよ……」


「ははは、ダレンさん。その話を聞いて俺がダレンさんを応援したくなったのには訳があるんですよ」


 俺がそう言うとダレンさんはじっと俺の顔を凝視した。

 何とも不可解という表情だ。


「俺もダレンさんやジュリアンと同じく孤児なんです」


 その瞬間ダレンさんの目は大きく見開かれ、大きく溜息が吐かれる。

 続いてその口からは静かな声で「そうか」と呟きが洩れたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ダレンさんは俺を静かに見詰めている。


「お前の気持ちは良く分かった。前向きに考えるが、現在の資金が店の運転資金で目一杯で余裕が無い。頑張っても改築資金は捻出できない。これに対して何か考えはあるのか?」


「ありますよ、昼間ドロシア達が持ちかけたウチの仕事で稼ぐんです」


 そう持ちかけた俺ではあったが、ダレンさんは渋い表情をして手を横に振った。


「あんな事……絵くらい飾られるならともかく、俺が大勢の人前に出て目立つなんて出来る訳ないだろう?」


 そこで俺は深々と頭を下げた。


「無理をお願いしているのは承知です。でもこれはリリアーヌの人生もかかっているんです。彼女の為にもぜひお願いしたいんです」


「お前の気持ちは分かる。で、でもよぉ……」


 頼んでも未だ決心がつかないダレンさん。

 そこで俺は最後の賭けに出た。

 いきなりダレンさんの前で土下座をしたのである。


「お、おいっ! タイセー」


 ダレンさんの驚く声と一緒に皆の視線も交錯した。


「先程の言葉を訂正します。これは生半可な気持ちではなく俺を含め皆の人生が掛かっているんです。宜しくお願いします」


 間も無く床に額を擦りつけて頼む俺の身体が力強く引き揚げられる。

 俺が顔を上げるとダレンさんのいつもの人懐こい笑顔があった。


「分かったよ、他ならぬお前の頼みだ。やってやろうじゃねぇか! だけど客受けしなかったり、客自体が来なくても俺は責任は取らねぇからな」


 そして「男が軽々しく土下座なんかするな」と小声で囁かれたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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