第40話 ひょんな事から……
キングスレー商会の応接部屋の中は微妙な空気が漂っていた。
それはリリアーヌのひと言によるものである。
『ボ、ボクもモデルって……やらせて貰うのは……だ、駄目でしょうか?』
爆弾発言をしたリリアーヌは先程から俯いていた。
この催しがどのような意図で行われるのか、そしてダレンさんを使う事にどんな意味があるのか、そして自分がどんなに身の程知らずの発言をしてしまったか、俺とマルコの説明により思い知らされたのである。
「ボ、ボクそんなつもりじゃ……でも御免なさい、皆さんの大事な仕事なのに思いつきでこんな事言ってしまって」
リリアーヌは場をこんな空気にしたのを反省しているようだ。
でも彼女なりに自分の出来ることを申し出たのだ。
俺にしては責める謂れなど全くない。
「リリアーヌ、もう落ち込むな。お前は全く悪くない。それに役に立ちたいって気持ちは充分伝わったさ。俺は嬉しかったし、これからお前が向いている仕事が何なのかゆっくりと探して行こう」
俺の言葉にリリアーヌは涙ぐんでいるようだ。
「ありがとう、タイセーさん。ボク、頑張るよ。エクリプス広告社の一員として! だから宜しくお願いします」
俺とリリアーヌのやりとりを見ていたマルコは微笑んでいる。
そして急に何かを思いついたように、はたと手を打ったのだ。
「待ってください、タイセーさん。ダレンさんに憧れる人は大勢居るでしょう。だけど自分に置き換えると彼はかなり現実離れしている事も確かです。どうでしょう? 彼女にもモデルをやって貰うのは」
マルコの言葉に俺は閉じていた窓を開いて貰った気分になる。
「身近なイメージか! ……マルコさん、助かるよ。そうか、モデルはダレンさん以外にもたくさん必要なんだ」
俺は大きく頷くとマルコさん同様手を叩く。
「逞しい冒険者だけではなく、防具を必要とする人は大勢居る。若手の冒険者、商人、女性剣士、アールヴ……決してダレンさんのような偉丈夫だけじゃないんだ。憧れから現実へ……そうなんだ」
活き活きとしている俺をカルメンは嬉しそうに見詰めている。
「これは我々にヒントをくれたリリアーヌさんのお手柄ですね、ありがとう」
マルコに褒められたリリアーヌはまた涙ぐんでしまう。
「う、嬉しいです。『アシャール家の恥さらし』と両親や姉達に呼ばれたボクが人の役に立って、その上褒めて貰えるなんて!」
え、恥さらし!?
リリアーヌ……身内からそんな酷い事を言われるなんてお前、辛い思いをして来たんだな。
それにしてもマルコって優しい奴だ。
俺は前世の広告代理店の営業勤めをしていた時から割り切らない青臭い男として上司からは評価されていた。
売上げが少なくても相手の人柄に触れると会社の利益を考えずに誠心誠意仕事をしてしまうのである。
だが、俺にとっては売上げも大事だが客の喜ぶ顔はそれ以上なのだ。
ダレンさんに続いてマルコはこの世界で巡りあったそんなお客さんの1人になるだろう。
俺は今回の仕事を絶対成功させてやると決意を固めたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マルコがキングスレー商会に用意していた工房は黒ドヴェルグの鍛冶職人オルヴォ・ギルデンにとっては充分満足の行くものであった。
俺は工房の確認しているオルヴォに対してマルコが用意していた仮契約書を見せようとしたが手を横に振られて「要らん」と断られてしまう。
「俺は1度信じると言った男を疑わない。あんたは俺の酒に最後まで付き合ってくれて、命を守り、その上借金の尻拭いまでしてくれた。死ねといわれたら喜んで死ぬさ」
オルヴォの俺を見る顔付きは真剣だった。
それを見ていたマルコの心にもオルヴォの心意気が響いたようである。
「オルヴォさん、僕も命懸けなんです。商人の直感ですが、タイセーさんの人柄を信じて全てを任せたんです。つまりこの仕事が巧く行かなければのたれ死にするしかないわけですから」
「おお、あんたも男だな。キングスレー商会か、気に入った! このオルヴォ・ギルデン粉骨砕身、仕事をさせて貰おう」
俺を通じて意気投合した2人はがっちりと握手したのだ。
――30分後
オルヴォを工房に残した俺達エクリプス社一行とマルコはそれ以外の施策に関して話し合っている。
この催しの実施日、場所、告知の仮予定についてだ。
まず実施日、これを決めないとダレンさんを含めた皆の都合の聞き取りが出来ない。
そこまでの準備期間も想定してスケジュールをたてるのだ。
次に場所、これは中央広場が第一候補だが、闘技場でも可であろう。
とにかく人が集まっても収容できる所が良い。
そして最後に告知だ。
これをしないと来たいと思っている人を取りこぼす事になる。
具体的な日程の詰めや手法については後日決めるが、どちらにしてもオルヴォ次第である。
モデルに着て貰う試作品の完成の部分が大きい。
「モデルが決まってから採寸して試作品の完成迄、最低2ヶ月はかかるでしょうね」
このマルコのひと言で俺には大凡の予定が頭の中で構築出来た。
よし、とりあえず出演予定のモデル達との交渉である。
俺達はとりあえずオルヴォを残して英雄亭の2階に戻る事にしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
英雄亭2階、午後5時……
辺りも暗くなった中を俺達が帰るとドロシアとケルトゥリはもう2階に戻っていた。
ちなみにジュリアンは未だ戻ってはいない。
「どうだった?」
いつも思うが、人に頼んだ大事な交渉案件の結果を聞く瞬間程どきどきするものはない。
時間があれば自分でやりたい俺のようなタイプにとっては尚更だ。
あのダレンさんの事だ。
交渉前の予想では成功確率は五分五分だと思っていた。
……しかしダレンさんは俺の価値観では測り切れない所も多分にある。
しかし今回ははっきりと結果が予測出来た。
ドロシアとケルトゥリの顔付きが暗く険しかったからである。
俺が聞くと結果はやはりノーであった。
理由はこれも大凡予想できたものだ。
冒険者をとっくに引退している事。
大勢の衆人環視の前で役者のような真似は出来ない事。
そんな暇があったらこの英雄亭の経営と実務をしっかりやりたい事。
以上の3点を上げて頑なに拒んだらしい。
ドロシアが甘えてもまったく気持ちが動かなかったようであり、再度交渉しても契約は困難だろう。
まあ確かにそうだろうな。
ダレンさんが言ったであろう3つの主張に対して俺が切り返して説得出来るかどうかが契約成立の鍵だ。
俺は暫し考えた。
それを心配そうに見守る女達。
俺の考えはそのうちに纏まった。
「さてと!」
俺は頬を叩いて自分に気合を入れると、ダレンさんと話をする為にしっかりと立ち上がったのだ。
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