第4話 イラストレーター兼デザイナーが欲しいんです。
いかつい風貌に似合わず店の経営不振に真剣に悩む居酒屋英雄亭の主人ダレン・バッカス。
俺がダレンに協力する旨を伝えていた所、2人とも俺の考えに賛同してダレンへの協力を申し出た。
これはいくらこれからの当てが無いとは言え、一応異例の申し出ではある。
協力を申し出た口調に熱がこもっていないのが気になったが……
俺とは違い、彼等2人はその道ひと筋の人間である。
未練はあるだろう。
考えてみれば変な組合わせである。
1人は戦力外の烙印を押されて王宮を追い出された魔法使い、もう1人は良い詩が書けるが酷い音痴の吟遊詩人。
そして俺は勇者として呼ばれたのに、それらしいチート能力皆無の屑勇者。
まずはこの世界どころか、この街パーシヴァル王国の王都(エルドラードと言うらしいが)の知識を得て、お客の事を知らなければならない。
勉強する事は沢山あり過ぎるくらいだ。
その日、泊まる所が無かった俺達3人は、ダレンの好意で店の2階に泊めて貰う。
その部屋は本来従業員の寝泊りする住み込み用の部屋であり、ベッドも備え付けられていた。
その上、ダレンさんは俺が真剣なのを見抜き、明日店を休んで街をリサーチする俺に付き合って一緒に回ってくれると言う。
「で、セーファさんとエドさんはどうするんですか?」
「どうせ行く当ても無いし、僕はタイセー君に付き合うよ」
「俺もいくら詩っても開店休業状態ですし……」
「でもさ……」
セーファスは俺を見ながら怪訝そうに言う。
「タイセー君って、妙に自信ありそうだけどダレンさんを助ける見込みがあるの?」
俺が今考えているのは誰でも思いつきそうな事ではあったが、いくつか案はある。
「いくつか思いついた事はあります」
「へ~、凄いね、それ」
俺の言葉を聞いていた吟遊詩人のエドが会話には参加してくるが、その口調は醒めていた。
「エドさんにもしっかり働いて貰いますよ」
「俺が?」
「そうです、エドさんじゃないと出来ない仕事も考えていますよ」
「俺しか出来ないって…… 俺、吟遊詩人以外は能がないぜ」
「1つお願いがあります。俺、この中で1番年下ですけど、俺の指示通りやって貰っても構いませんか?」
「俺は構わないよ、どうせ考えがあるも何もノーアイディアだし」
相変わらずやる気のない感じのエドだったが何とか協力して貰えそうだ。
それを聞いたセーファスも無茶は御免だとばかりに釘を刺しに来た。
「僕も良いけど、無茶振りだけは御免だね」
「大丈夫です、悪いようにはしません。じゃあ約束しましたよ」
悪いようにしない……俺の人生何度この言葉に騙されて来ただろうか?
この台詞は曖昧にして結構、危ない物言いだが、いわゆる擦れていない2人にはそんな事は分らない。
「悪いんですけど、セーファさんにはもう少し付き合って貰って良いですか? もう少し勉強したいんで……」
「あ、ああ構わないよ」
「2人とも、悪いね。俺、眠いから先に休ませて貰いますよ」
飲み過ぎたエールの影響か、ずっと眠そうだったエドはベッドに倒れ込むように横になるとすぐに寝入ってしまった。
俺はセーファスからこの世界の概要を教えて貰う。
と言っても限られた数時間なので教えて貰う内容は限られている。
1年1ヶ月1週間の暦、そして1日が地球と同じ24時間と言う事。
そしてこの地はバルガンディと言う大陸である事。
種族は人族が多数、妖精族が2種族居てアールヴと呼ばれるエルフ、ドヴェルグと呼ばれるドワーフ。
そして通称獣人と呼ばれる奴隷対象の亜人族、人々に忌み嫌われる魔族。
10の人間族の国と2つの妖精族の国、そして広大な魔境と言われる魔族や魔物、そして魔獣が跋扈する未開地がある事。
身分階級は戦う人と言われる貴族、騎士の上流階級。
祈る人と呼ばれる僧侶、これには特別職として上級魔法使いも入る。
そして働く人と呼ばれる庶民、商人、農民、職人。
これには勿論、冒険者も含まれるのであった。
10進法を採用していて約1億相当の神金貨から約10円の石貨までの貨幣がある事。
この街に関して言えば、パーシヴァル王国の王都エルドラードで人口は約2万人。
13世紀のロンドンが約8万人、パリが約10万人らしいが、地球の中世都市に比べるとまあまあの所だろう。
他にもいろいろ雑学的な事を教えて貰う。
「タイセー君、僕もそろそろ寝かせて貰っても良いかい?」
こうして人口まで教えて貰った所がセーファスの睡魔との闘いの限界であった。
気が付いたらもう夜中の午前1時である。
いつの間にか、こんな時間になっていたとは……
「ああ、す、済みません。僕も寝ますよ」
俺はセーファに謝罪して、彼がベッドに横になるのを確かめると、大きく溜息をひとつ吐いてベッドに横たわったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝7時……
ダレンさんが朝飯を作ってくれた。
この世界はやっぱりかつての地球の中世西洋に極めて近い。
ライ麦から出来ている黒パンと煮込みに近いスープである。
パンは硬く、スープの味はどろどろしていて見た目からして濃そうだ。
俺はダレンにお礼を言ってからセーファスやエドがパンをスープにひたして食べるのを見て真似をして食べてみた。
こうして食べると硬い黒パンも何とか食べる事が出来た。
この世界で若葉マークの俺は、こんな事も最初から勉強なのだ。
「今日はどうする? 店は休みにしてお前を街に案内するけどよ」
約束だからな! とダレンさんが親指を立ててにやっと笑う。
店の存亡の危機にこのポジティブさ、俺も見習おう。
「ぜひお願いします」
「でもよ、それからどうするんだ?」
「スタッフ……いや協力者を探します」
「ええと、ひい、ふう、みい、よう。俺達、4人も居るけどよぉ。まだ人が必要かい?」
人数はこれだけ居れば充分じゃないか? とダレンは不思議そうな表情を見せる。
「ええ、……デザイナーというか、まずは絵師さんというか、他にも人が必要ですけどね」
「まず絵師って、ふ~ん。そうか絵描きかい?」
「絵描き―――そうです」
「あんな絵を描く奴かい?」
ダレンが指差した先には英雄亭の壁面に額に入れて飾られている絵画があった。
何枚か掲出されているその絵画はとても前衛的だ。
人物の目や鼻、唇などの部分が大きかったり、尖っていたりして、やたらに強調されて描かれている。
「こっちの絵ってああいうのが受けるんですか?」
「こっちの絵? 受ける? 意味が分らねぇが、あの画風が人気があるんだよ」
ダレンが怪訝な顔で聞いてくるが、架けられている絵が人気があると強調する。
「そうですか…… もっと写実的……いやもっとこう見た目に近い絵を描く人とか居ないんでしょうか?」
「絵描きってなぁ、大体が貴族のお抱えさ。そうじゃない奴は素人かモグリだな」
俺はその言葉にがっくりとしながらも、とりあえずダレン達と一緒にエルドラードの街に出たのであった。