第39話 小さな願望
俺達は早速手分けして動き出す事にした。
オルヴォと一緒に行くのは当人は勿論だが俺とカルメン、そしてリリアーヌで行く事になった。
彼女自身は全く気にしていないのだが、ケルトゥリがドヴェルグ族の宿敵アールヴ族である事が未だオルヴォには抵抗があるようだ。
大事をとって同行をさせるのは今回は見送ったが、その代わりにダレンさんへのモデル出演への打診をドロシアと共にやって貰う事にした。
逆にこの前の1件があるのでリリアーヌをダレンさんの元に行かせるのは少し時間を置いた方が良いと思ったのである。
ただカリスマともいえるダレンさんの参加が無ければこの街でのキングスレー商会のアピール度は著しく落ちるだろうからこちらの業務もオルヴォの契約に勝るとも劣らず重要だ。
最初は不満そうだったケルトゥリも俺の説明で納得すると俄然やる気を起している。
ケルトゥリには話が盛り上がっても絶対に酒だけは飲まないように念を押しておく。
ジュリアンはオルヴォの借金清算という事で会社の虎の子の金500枚の金貨を預かって出掛けて行った。
俺が信じていると分ったせいか、彼の張り切りようは尋常ではなかった。
その気合が空回りしない事を俺としては祈るだけだ。
全社員の仕事の割り振りが済んだので俺はカルメン、リリアーヌ、オルヴォを連れて英雄亭の2階を出た。
4人で通りを歩くと、この組み合わせもやはり街の人の目を引くようで、結構指を差されてひそひそ話をされたりしている。
やましい事など何も無いので俺は全く平気だが、オルヴォは思ったよりシャイなようだ。
何故か俺の影に隠れるようにして歩いている。
そんなオルヴォにまたカルメンの容赦ない叱咤が飛ぶ。
「もう! さっきから縮こまってさ。男なんだから堂々と歩きなさいよ」
「いやぁ、また借金取りに見つかったら迷惑かけると思ってよぉ」
「いいの! 男なんだからしっかりと胸を張ってさ」
前世では男女平等なんて事が浸透して来て男だからとか、女だからとかという言葉も極力使うのが避けられるような傾向があったが、この世界ではまだまだそんな表現は健在だ。
真の意味での男女平等って男女の身体の差は理解した上でお互い配慮を持って接するべきだと俺は思っているのだが……
カルメンに怒られたオルヴォは頭を掻いて苦笑すると言われた通りに道の真ん中を背筋を伸ばして堂々と歩き出した。
「そうそう、あんた恰幅が良いんだからさ。その方がずっと良いよ」
今度は激励か……オルヴォは褒められて悪くはないといった様子だ。
「分った、そうするよ」
風呂に行けと時もそうであったが、オルヴォはカルメンの言う事は比較的素直に聞く傾向がある。
俺は今度酒でも飲みながら彼に理由を聞いてみようと思ってキングスレー商会に向って歩いて行ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マルコ・フォンティに教えられた通り、エルドラード中央広場から商館区に少し入った所にキングスレー商会エルドラード支店開店準備店舗はあった。
運良くマルコ・フォンティは店舗に居たので早速オルヴォを紹介する。
マルコの喜びようといったら到底言葉では表せないくらいのものであった。
それはそうだろう。
自分1人では何の手の打ちようもなかったのだから。
「タ、タイセーさん、ありがとう! 本当にありがとう! そ、それでオルヴォさん、当商会と契約して頂けるのですか?」
マルコは勢い込んで言うとオルヴォは少し苦笑しながらも大きく頷いた。
「おお、詳しい事はタイセーに聞いてくれ。俺はタイセーが気に入ったし面倒も見て貰っている。タイセーがアンタを気に入っているのなら基本的にはOKだ」
「じゃ、じゃあ早速奥の部屋で打合せをしましょうか! お~い、紅茶を人数分用意してくれ」
マルコは一緒に立ち働いていたスタッフに声をかけると「さあ、どうぞ」と奥の部屋に誘ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キングスレー商会の奥の部屋でマルコに対して俺、カルメン、リリアーヌ、そしてオルヴォが対峙している。
これから今後の具体策の打合せを始めるのだ。
ではお浚いになりますがとマルコが前置きして話を始めた。
「ええ、では僕が受けたミッションの内容を改めて説明します。まずはこの王都に支店を構える事。次にキングスレー商会の名前を知らしめる事。次にこの街で有名なドヴェルグの鍛冶職人オルヴォ・ギルデンさんを説得して契約し、キングスレー商会の専属職人とする事、そして支店を出してから6ヶ月以内に利益を出す事――以上ですがここで既にクリアしている事もあります」
マルコはコホンと咳払いをして話を続ける。
「支店はこの場所に開設する事が決定しました。キングスレー商会の名前を高める事はまだ未解決です。オルヴォさんには契約して頂けるという事でこれもクリア。そして最後に開設後から6ヶ月以内に利益を出す事ですね。この未解決の2点に関して皆さんのお知恵をお借りしたいですね」
ここで俺が挙手をした。
最初に話を聞いているので少々腹案を考えていたからである。
「まずキングスレー商会の名を広く知らしめる事です。安直ですが有名人の力を借りてイベントをやりたいと思います」
「イベントって何ですか? タイセーさん」
「イベントって何? タイセー」
数人から疑問の声が投げ掛けられた。
ああ、この言葉も通じないか……まあ仕方がない。
「イベントっていうのは『催しもの』ですね」
「催し物って、何? タイセー」
今度はカルメンからの質問だ。
う~ん、何か巧い言葉がないものだろうか?
暫く考えていたらやっと妥当な言葉が見つかった。
「そう興行です、もっと分り易く言えば祭りです。ただ俺達がやるのは神様の何かを祝ったりするわけではありませんが」
俺が説明しても皆、ピンと来ないらしい。
当のマルコも懐疑的だ。
「でもタイセーさん、ウチの……キングスレー商会のお金を使ってわざわざ祭りをやる意味があるのですか?」
「祭りに関してはこの王都の人に喜んで貰う為にやるんですよ。大勢の人も集まるだろうし、キングスレー商会がこんな楽しい事を提供していると知ったら好感度が上がります。これは大事です」
この世界は基本娯楽が少ない。
祭りに近い何かの催しがあればこの王都の人は喜んで集まる筈だ。
当然、内容次第ではあるが。
「確かにキングスレー商会がこのエルドラードの人々に好かれるのは大事だけど何をやるのかが重要でしょう?」
マルコがやはり内容に関して聞いて来た。
「仰る通りです。そこでダレンさんを使うんですよ。彼だったら人気もあるし、人は集まります。問題は何をやって貰うかですが、基本的にはこのオルヴォさんの作った商品のモデルを考えています」
「モデル?」
「商品を着て貰ってその格好良さをアピールするんですよ。元々素晴らしい商品をダレンさんが着れば更に映えるし、皆の知る事となる。商会には問合せが多く来るでしょう」
「成る程! そうやって商品が売れれば祭りで出したお金も回収出来るわけですね」
ここでリリアーヌがおずおずと手を挙げた。
何か意見があるようだ。
「あ、あの意見なんてボクには無いんですが……あの……」
このような物言いがカルメンの1番気に入らないものなので傍から見ててもリリアーヌに対していらいらしているのが分る。
リリアーヌが中々本題を切り出せずに愚図愚図していると案の定、彼女の声が飛んだ。
「はっきり言いなさいよ! リリアーヌ!」
「はっ、はい~っ! ボ、ボクもで、出来ればモデルって奴になりたいなって!」
なんですと~!
その場の誰もがリリアーヌを見詰め、部屋の中は沈黙が支配したのであった。
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