第38話 裸の付き合い
酔い潰れたドヴェルグのオルヴォ・ギルデンを英雄亭の2階に運ぼうとして、路地でならず者の男達に絡まれた俺は酒の神の加護のおかげで難なく切り抜ける事が出来た。
俺からはまるで殴りかかってくる男達の動きが止まっているように見えたのである。
いくら俺が喧嘩慣れしていないといっても止まっている奴を殴るくらい容易い事はない。
ならず者は例によって「覚えてやがれ」と捨て台詞を吐いて逃げてしまった。
動けなくして衛兵達に引き渡しても良かったが、こちらには罰を受けたばかりのジュリアンが居るし、痛くも無い腹を探られるのが嫌なのでそのまま放っておいたのである。
ならず者を追い払った俺達はやっと『英雄亭』の2階に戻って来た。
何と女性陣は皆、徹夜して起きていてくれたらしい。
しかし俺が近寄るとケルトゥリ以外は一斉に顔を顰めた。
昨日徹夜して飲んだせいか、俺の身体が余りにも酒臭かったからである。
これはオルヴォやジュリアンも同様であり、問答無用で一緒に風呂へ行って来いという事になったのだ。
オルヴォも漸く起きたので訳を話して風呂に行く事を勧めたがドヴェルグは公衆浴場に行く習慣が無いと言って嫌がった。
「こらぁ、この黒ドヴェルグ! ガタガタ言っていないで、さっさと風呂に行って来な!」
「ひ、ひえっ!」
カルメン・コンタドールが腕を組んで仁王立ちになってオルヴォを睨んでいる。
「あんたのせいでタイセーまで酒臭くて堪らないんだ。愚図愚図していたら承知しないよ!」
「あ、あわわわわ」
何故かオルヴォはびくびくしながらカルメンのいう事に従った。
こうして俺達は女性陣の怒りが爆発する前に風呂に行く事になったのであった。
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道すがら俺はオルヴォが酔い潰れてからの話をしてやった。
相手の人相などを話すとオルヴォには心当たりがあったらしく、何度も済まないと謝った。
やはり奴等から博打で負けた金を借りたのが不当な高利を設定されたいたらしく法外な返済金額になっているらしい。
ジュリアンに聞くと彼が鉄刃団の首領を張っていた時には歯牙にもかけなかったチンピラの集団らしい。
ジュリアン曰く「大した事の無い連中」だそうで、機会があれば「締めておく」との事だ。
俺達は風呂屋への道を話しながら歩く。
俺はオルヴォに飲み仲間として認識して貰えた事は勿論、ジュリアンも気に入って貰えたらしい。
オルヴォは盛んにジュリアンの酒の弱さをからかっている。
ジュリアンが弱いといっても許容量がエール12リットルだから本当は『普通に酒豪』なんだけれどもね。
やがて中央広場に出た俺達は冒険者ギルドのある道を曲がり、奥に向って歩いて行く。
その先に夕焼け公衆浴場があるのだ。
――この世界の風呂は2つに分ける事が出来る。
金持ちが自宅に作る場合と庶民を含めたそれ以外の人々が使う公衆浴場だ。
俺達が向かっている後者の公衆浴場とは俺の前世でいうスーパー銭湯をイメージして貰えば良い。
朝から夜の12時まで営業しており、入浴料を支払って男女別に入る形式は前世の物とほぼ一緒だ。
そして大型の湯船が備えられているのは勿論、湯気が噴き出している蒸し風呂――つまりサウナのようなものも同時に楽しむ事が出来る。
ここでの動力システムは魔法であった。
大型の魔晶石に魔法使いが魔力を込めたもので、お湯を沸かしたり湯気を出すようなシステムになっているらしい。
俺が入り口で人数分の入浴料を支払い、3人で男湯に入る。
そこを過ぎると正面にホテルのクロークみたいなものがあり、衣服以外の所持品を預けるようになっている。
俺達が余りにも酒臭いのでクローク担当の男は僅かに眉を動かして不快感を表したが、それ以上はさすがに何も言えず無理矢理笑顔を作って所持品を受け取った。
所持品と引き換えに番号のついた札を貰うと俺達は続く更衣室で衣服を脱ぐ。
全員が裸になるとジュリアンが俺を見て不思議そうに呟いた。
「兄ぃ……こうしてみると強さってのは単に体格だけじゃあありませんねぇ」
今朝、俺があっという間にならず者5人を倒した事を言っているのである。
何らかの武道で鍛えたらしいジュリアン、そして鍛冶仕事で鍛えたオルヴォに比べて俺の身体は若干の筋肉はついているものの18歳の若者の普通の身体であった。
「ま、まあ、良いじゃないか。そんな事より早く風呂に入ろうよ」
俺達は湯船の外で身体を洗うと大きな湯船にゆったりと浸かった。
未だ午前中のせいか客は殆ど居ない。
ひと息ついた所で俺とジュリアンはオルヴォに仕事の話を切り出した。
15分後――俺の話を聞いたオルヴォは納得したように頷くと前向きに考えると言ってくれる。
但し、先程のならず者が言う通り、数箇所に借金があるようだ。
俺が総額いくらかと聞くと、全部で約金貨500枚だという。
「とりあえずこちらで立て替えて清算しよう」
俺はそうオルヴォに申し入れる。
それを聞いたジュリアンが胸を叩いて言う。
「ようござんす。俺に金を託して貰えれば真っ当な所はそのまま、違法な所は正当な金で納得するように交渉して返して来ましょう」
オルヴォが借りたのは相当やばい所もありそうなので、ジュリアンにそうして貰えれば金貨500枚の総額は大幅に減るかもしれない。
確かに願ったり叶ったりではある。
俺はそのように発言するジュリアンの目を見た。
正直な思いから言っているらしく、不穏な影は無い。
俺は僅かに頷いて新参のジュリアンを信じる事にした。
とりあえずオルヴォの借金を俺が立て替えて彼は我がエクリプス広告社と契約する。
その上でマルコのキングスレー商会と数年の専属契約をするという事で話は纏ったのであった。
1時間後――俺達は公衆浴場を出た。
預けておいた酒臭い服は全て脱臭処理がされていてもう酷い臭いはしなかった。
どうやら良くある事らしく、あのクローク担当が対応してくれたようだ。
俺達として助かった事になる。
こんなさりげないサービスもお客さんが喜ぶ原因になるよな~
正直俺はこの世界の風呂が好きであり、こんなサービスがあると好感を持ってしまう。
仕事も巧く纏ったし、ツキのある場所であるかもしれない。
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英雄亭2階午後1時……
帰ると女性陣はまたもや昼食を摂らずに待っててくれたようだ。
俺はオルヴォと話が纏ったのを報告すると彼女達は喜んでくれる。
面子が揃ったので皆で昼食を食べる事になった。
階下の英雄亭は相変わらず混んでいたが、今回は前回の反省を生かして早いうちに人数分の料理を作っておいて貰ったらしい。
時間が経っているので冷えてはいたが、2階の小さな厨房でスープを温めなおして、肉を軽く焼きなおすと充分に美味しかったのだ。
ジュリアンが俺の金を託されてオルヴォの借金を返しに行くと言うとカルメンが自分も同行すると言い出した。
自分が酷い目に遭ったばかりなのでジュリアンの事を信じきれてないらしい。
しかしカルメンには別の仕事を頼もうと思っていた事もあり俺はそれを即座に却下したのであった。
カルメンの発言、そして俺の却下――ジュリアンは瞬時にその意味を悟ったようである。
彼は「兄ぃ……ありがとう」と呟くと暫く俯いてしまったのだ。
俺達は更に打合せを続けた。
主にオルヴォとの契約の件である。
そして最終的に話が纏った俺達はオルヴォを連れてキングスレー商会のマルコ・フォンティのもとに行く事になったのであった。
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