第37話 飲み明かす者
まず俺達はドヴェルグ(ドワーフ)の職人、オルヴォ・ギルデンを探す事にした。
マルコ・フォンティが彼と会ってどんな条件で契約するとしてもまず会わなければ話にならない。
しかし、いわゆる流れの職人である彼は普段から所在が不明で王都の何処に居るかはまるで見当がつかないそうだ。
―――手分けをして探してから3日目の夜遅くの事であった。
漸くジュリアンが広場の、とある居酒屋で酒を飲むオルヴォを見つけたのである。
時間が時間なので女性陣は英雄亭の2階で待機して貰い、俺はジュリアンと共にその居酒屋に向う。
探していたオルヴォは店の1番奥の席で黙々とエールを飲んでいた。
ドヴェルグにしては大柄だがそれでも身長は160cm程度、筋肉質でがっちりとしている。
太い茶色の髪と同色の濃い髭を生やしており、典型的なドヴェルグの風貌だ。
ただ目付きが何かに取り付かれたように鋭く、余り動かないのは不気味である。
「オルヴォ・ギルデンさん……ですね」
俺達が声を掛けるとぎろりと一瞬睨むが、また視線を外してエールを飲み出した。
「今日は貴方に用事があって来ました。実は「煩い!人の大事な時間を邪魔するなぁ!」マルコ……」
俺の話が終わらないうちにオルヴォはテーブルに大きな音をたてて乱暴にマグを戻すと俺達を睨みつける。
ドヴェルグは気難しいとは聞いていたが、早速機嫌を損ねてしまったようだ。
不味いぞ、これは。
――と思いながらも簡単には引き下がらないのが広告の営業で揉まれた俺だ。
扱いを取る為には半ば土下座に近いお願いで情に訴えた事もあるし、新規の客先に訪問する際に冷たくあしらわれるのには慣れている。
俺達は空いていた隣の席に座ると当然のように3人分のエールをオーダーした。
3人分と聞いたジュリアンがにやりと笑う。
どうやら俺の意図を察してくれたらしい。
やがてオルヴォが飲んでいたより大きなマグに注がれた3人前のエールが運ばれて来ると俺はそのうちの1つをオルヴォのテーブルに置いて貰う。
この店で1番の大型マグだ。
たっぷりと2リットルは入るであろう。
それを見たオルヴォの機嫌が忽ち直って行く。
「何だ! 俺に酒を奢りたいのならば最初からそう言え、しかしなあ……」
俺は何か言い掛けようとするオルヴォにそれ以上余計な事を言わせない様に酒のアテになるような料理をいくつか大きな声で注文した。
しかしオルヴォの目は一層厳しくなる。
「俺と一緒に飲みたいって事は覚悟が出来ているって事だよな?」
覚悟?
覚悟って何だ?
そんな俺の脇腹を鋭い目をしたジュリアンが突く。
「兄ぃ……大丈夫ですかい? 『ドヴェルグと酒を酌み交わす』って意味が分りますか?」
そ、そうか!
とことん彼と、オルヴォと飲み明かすって事か?
俺はジュリアンに素早く目配せしたが、彼は勘違いしたようだ。
「ようござんす。兄ぃが余り酒に強くないのは分ります。俺が責任持ってとことん奴と付き合いますよ」
いや、逆だよ。
貴方が無理するなって事なんだけど。
まあ頼もしい言葉だし、これで本当にジュリアンは良い奴だとは分ったが……
そんなやりとりをしているうちにオルヴォから声が掛かる。
「何くっちゃべってんだ! 早く乾杯しようぜ!」
俺はジュリアンと顔を見合わせて頷くとマグを持って乾杯と叫んだのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さっさとお代わり、持って来いやぁ!」
オルヴォのだみ声が居酒屋中に響き渡る。
店のお姉さんも心得たもので直ぐお代わりが運ばれて来た。
ちなみに……これで15杯目だ。
オルヴォの顔はもう真っ赤である。
ちなみにジュリアンは良く頑張ってくれたがマグの6杯目で酔い潰れてしまっていた。
でも換算すると12リットルって……前世での大瓶のビールが約19本か!
凄い酒豪だと思うのだが、今のオルヴォと俺の飲み方はそんなレベルを遥かに超越していたのである。
それにしても15杯で30リットル……1人大瓶約47本!?
はぁ!? 自分でも信じられないくらいの飲酒量だ。
ただこんなに飲んでいるのにこのような計算が冷静に出来るくらいだから、俺はまだまだ限界値を迎えていない。
しかし!
何杯飲んでもエールがうま~!
俺がいかにも美味そうに飲むのでオルヴォは意地になっているらしい。
「くくく……お、お代わりだぁ~!」
ぐびり!
「うおおおお! お代わりだああ!」
ぐびり!
「ぐわう! おお、お代わりっ!」
俺がエールをあっという間に飲み干す音とオルヴォの絶叫が響く。
しかしとうとうそれも終わりがやって来た。
マグが30杯目を数えた時に俺は軽く飲み干したが、オルヴォはマグに手を掛けると同時に、ばたりとテーブルに突っ伏してしまったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この居酒屋は朝の5時までの営業なので閉店で追い出されなかったのは幸いであった。
店のお姉さんはもう注文は充分だと言ってくれたが、何か頼んでいないと落ち着かないので俺は1人になってからもエールと料理を頼んで飲み続けていたのである。
そのうちジュリアンが目を覚ました。
「くわあああ……お!? あ、兄ぃ!? ずっと1人で飲んでいたんですかい?」
「あ、ああ……何か眠れなくてな」
俺が曖昧に答えるとジュリアンは目を丸くした。
「眠れなくてって……一体何杯飲んだんですか?」
「えっと……あの大型マグで50杯かな……でも未だ余裕で飲めそうだ」
ああ、100リットル……ビール大瓶約158本か……
俺は我ながら自分でも呆れてしまった。
「……化け物だ。兄ぃ……酒好きの竜だってそんなに飲まないぜ」
ジュリアンが呆れたように言い、酔いつぶれたオルヴォを見て溜息を吐いた。
「竜さえ太刀打ち出来ないのに、酒好きの黒ドヴェルグくらいじゃあ敵わねぇよ」
このまま店に居るわけにもいかないので、俺はオルヴォを起そうとするが全く反応が無い。
本当に熟睡してしまっている。
二日酔いに苦しむジュリアンだが、オルヴォを背負ってくれたので俺は勘定を払い店を出た。
しかしオルヴォの家を俺は知らない。
とりあえず『英雄亭』の2階に連れて行くしかないか。
俺は店を出てから近道をする為に路地に入った。
すると朝も早いのに人相の悪い男5人程が俺達を取り囲む。
どうやらご苦労な事に俺達が店を出るのを見張っていたらしい。
その中でリーダー格の髭面の中年男が怒鳴った。
「おいっ! そこの、お2人さんよぉ。丁度大人しくなって良い。その酔い潰れたドヴェルグをこっちに渡しな」
どうやらオルヴォはこいつらと訳有りのようである。
「素直に渡すんだ。あんた等には関係無い……あ、てめぇ、鉄刃団のジュリアンじゃねぇか! 衛兵隊に挙げられて堅気になるんじゃなかったのかよ、ひゃははは」
ジュリアンは黙ってその男を睨みつけた。
「へっ! その男の借金が良い稼ぎになるって嗅ぎつけたか! でも俺達がそうはさせねぇぜ」
男達が刃物を抜き、身構える。
その時、俺の魂に酒の神らしい神の言葉が響いたのだ。
それはいかにも明るく享楽的な響きの声である。
はははっ! 我の加護を受ける者よ。
汝、酔えば酔うほど強くなるう!
今、俺に酒の神の加護が発動したのだ。
殺気を出す男達に対して俺はだらんと右腕を下げたままだ。
そんな俺を見てジュリアンはオルヴォを降ろして、加勢しようとしたが俺は制止した。
まだ陽も昇っていない早朝なので人通りは少なく衛兵も駆けつけて来る様子が無い。
男達は俺達を殺してオルヴォを攫って行く腹のようだ。
ジュリアンは心配そうな顔をしている。
「で、でも兄ぃ……相手は5人だぜ」
「大丈夫だ! 俺に任せておけ、それよりオルヴォを頼むぞ」
「やっちまえ!」
髭の男の号令と共に刃物を持った男達が襲い掛かって来る。
俺は最初に向かって来た男の刃物を軽々と躱すとその顔面に拳を打ち込んでいたのであった。
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