第36話 運命共同体
ヴァレンタイン王国の商人であるマルコ・フォンティ氏は俺達に『相談』の話を始めようとしていた。
「改めて自己紹介ですね、僕はマルコ・フォンティ。ここから北に位置する王国ヴァレンタインのバートランド、通称『冒険者の街』からやって来たのです」
挨拶をしたマルコが同じ国の人間という事が余程懐かしかったのであろう。
「ボ、ボクは貴方と同じヴァレンタイン王国の人間でリリアーヌ・アシャールと言います。ここで同郷の人に会えるとは嬉しいです」
マルコはにっこり笑って頷いた。
「アシャール家のご令嬢ですね。どうぞ、宜しくお願い致します」
俺はマルコに少し好意を持った。
国の内情に詳しい商人の彼がアシャール家の評判を知らないわけが無い
それなのにリリアーヌの事をあからさまな視線で見ず、知らぬ振りをしてくれたからだ。
「見た所、あなた方はいろいろな人脈をお持ちのようですね。僕はキングスレー商会の会頭チャールズ・キングスレーの命令でこの王都エルドラードに商会の支店を作ったうえでいくつかのミッションをこなすよう命じられて来たんです」
成る程、この人の素性と目的は大凡分ったから……
ああっ、そうか。
社名も肩書きも無いんだっけ、俺達。
ええい、即興だ。
お名前を使わせて頂きますよ、守護神様!
「じゃあ、こちらも紹介を――俺はエクリプス広告社の社長タイセー・ホクト。彼、彼女達は社員です。ほら自己紹介して」
「えっ! エクリプス広告社? 社長って?」
ドロシアが戸惑うが、勘の良いケルトゥリが先に自己紹介する。
「マルコさん、よろしくぅ。私、アールヴのケルトゥリ・エイルトヴァーラです」
「おお、ケルトゥリさん。こちらこそ宜しくお願いします」
「あたしはカルメン・コンタドール――宜しくね」
「カルメンさんですか、こちらこそ宜しくお願いします」
「俺はジュリアン・チェルソだ……」
「ジュリアンさん、こちらこそ宜しくお願いします」
「あああ、あたしはドロシア・ダングールよ。宜しくお願いします」
「ドロシアさんですね。こちらこそ宜しくお願いします」
ひと通り挨拶が終わったので俺はまずマルコの仕事の内容を取材する事にした。
「ええ、では僕が受けたミッションの内容を説明します。まずはこの王都に支店を構える事。次にキングスレー商会の名前を知らしめる事。次にこの街で有名なドヴェルグの鍛冶職人オルヴォ・ギルデンを説得して契約し、キングスレー商会の専属職人とする事、そして支店を出してから6ヶ月以内に利益を出す事――以上ですね」
マルコは簡単、そして明確にミッションを語ってくれた。
俺は更にそれぞれの課題の進捗状況を聞く。
「はい、まず支店は中央広場に店舗を確保して改装中です。後1ヶ月もすれば開店出来るでしょう。開店許可もとっくに取ってあるからばっちりです」
成る程、店舗候補は探さなくてOKか。
俺は次に大事な人材に関して聞いてみた。
「ああ、スタッフならバートランドから呼び寄せようと思っているから大丈夫ですよ」
事も無げに言うマルコに俺はゆっくりと首を振った。
「マルコさん、他国で開店するのであればその国のスタッフを使わないと」
「仰っている意味は分りますよ。でも僕には半年しか無いんです。本当はこちらで人を雇って育てたいけどそんな余裕は……」
彼の言う半年とは商会の会頭から半年で利益を出せと言っている事に起因するのであろう。
しかし俺は引き下がらなかった。
「王家対策として雇用が生まれる事をアピールした方が絶対に良い。じゃあとりあえずは良い人材が居たら前向きに採用するっていう事でいいですか」
「それならOKです」
俺は続いてキングスレー商会の名前を知らしめる事を考えた。
こちらは幾らでも方法がありそうである。
後日に別途提案だな。
「次に……オルヴォ・ギルデンって? そんなに有名な職人なんですか?」
これには物静かなマルコも驚いたようである。
周りの人間も同様だ。
どうやら彼を知らなかったのは俺だけらしい。
「いやだなぁ……タイセーさん。彼はこの世界でも指折りの職人です、ただ気分屋で作ったものが少ない。それでいて品質は文句無し。そして未だどこのギルドにも商会にも所属していないのです」
どうやら利益を出す事よりこちらの方が難問らしい。
マルコの表情が一気に曇ったのだ。
しかしそんな腕を持ちながらどこにも所属しないって……
「はい、自分が気に入った相手じゃないと仕事が出来ないって公言して憚りません」
そうか……今回の仕事ってのは俺達がそのオルヴォっていうドヴェルグを説得するのが仕事になるということか。
俺が何か良い方法はないかと考えているとマルコが困った顔をしてさりげなく頼んで来る。
「実はオルヴォ・ギルデンと契約した暁にはイコール、キングスレー商会と言っていいくらい世間に売り込めと言われています。しかし……未だ彼とまともに話すら出来ていないのに僕は一体どうしたら良いのか」
最後の愚痴は魂の叫びと言っても良いくらいのマルコの本音であろう。
「お願いします……この仕事受けて貰えますか。実はこの街では他に誰も頼る方が居ないんです。あからさまな同業の妨害もありましたし、誰に聞いても協力的ではない」
先程もマルコに言ったがそんな事は当たり前であろう。
キングスレー商会はこの国にとって外国資本、いきなりやって来て商売して既存勢力の縄張りを荒らそうとする『敵』ですから……
「良いですよ。しかし俺達は高いかもしれないですよ。今回あの『英雄亭』の仕事を金貨1,000枚で請け負いましたから」
※金貨1枚=1万円です。
俺は強気に吹っかけてみた。
ダレンさんから報酬として貰ったのは金貨800枚だからかなりの上乗せだ。
しかし普通はここから値切られるからまあ同額貰えれば成功と内心思っていたのである。
「ええっ、金貨1,000枚? そりゃ安い!」
「え!? せ、成功報酬じゃありませんよ。それにひ、必要経費は別ですよ」
俺はマルコの意外な反応に吃驚して契約内容を補足した。
「ははは、経費は別なのは当然でしょう! しかし僕はここに命を掛けて来ていますから。万が一駄目でも金貨はお支払いしますが、当の僕は無一文で野垂れ死にでしょうね」
半分やけになっているのであろう。
高らかにカラ笑いするマルコを見てジョルジュが俺の脇をつついた。
「兄ぃ――いや、社長って呼ぶ話でしたね。ねぇ社長、義を見てせざるは勇無きなりって言いますよ。助けてやりましょう!」
他の仲間――いや社員達も気持ちは一緒のようである。
皆、俺の顔を見て一斉に頷いたのだ。
「分った、マルコさん。契約しましょう。その代わり金額は相談させて下さい。最低金貨1,000枚という事で」
「ええっ! 本当ですか。ありがとうございます。ようし、もう皆さんとは運命共同体ですからね。覚悟してくださいよ!」
俺の手を確り握って涙を流しながら喜ぶマルコ・フォンティ……
こうして俺達の2つ目のミッションは正式に幕を開けたのであった。
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