第35話 2人の兄貴
俺とジュリアンはカルメンにぶつかって難癖をつけた男達を追い払い、ひと息ついていた。
路上ではゆっくり話せないって事で俺達はカフェに入る。
ケルトゥリは居酒屋に入りたがったが、駄目です。
貴女は……また酒乱になるだろうが!
案内されたテーブルに座って紅茶が運ばれて来ると、開口一番ジュリアンが感心したように呟いた。
「タイセーさん……いや、兄ぃって相変わらず強いですね」
「あ、兄ぃ!?」
寡黙なジュリアンがいきなり俺を兄貴分として呼んだ。
何なんだ、こいつは!?
「どうしたんです? 変な顔をして?」
「だってさ、貴方は俺よりずっと年上でしょう。『兄ぃ』って変ですよ」
彼はどうみても30代半ば近い……筈だ。
対して俺はこの世界では花の18歳、倍近く違うじゃないか。
まあ相変わらず目付きは鋭いし怖くてこちらから年齢なんて聞けないけどね。
俺が違和感ありありな顔でそう言うとジュリアンは真面目な顔をして首を横に振った。
「そんな事はありません。兄ぃと大兄いに命と身柄を助けて貰ってから俺は改心して役に立ちたいと思ってきましたから。兄ぃが年下でも関係ないっすよ」
ちょっと待て! 大兄ぃって?
「はい、ダレン大兄ぃですよ」
はぁっ!? ダレンさん? ダレンさんなら兄ぃってぴったりだけど……
そう言えばあの後どうしたの?
「ええ、違法な方法での金貸し業が露見して全財産没収の上、鞭で百叩きに7日間の強制労働で王都近くの街道で土木工事をしていましたよ」
鞭で百叩きって……日本の江戸時代かよ。
カルメンがそんなジュリアンを見て言う。
「でもさ、それって軽くない?」
騙されたカルメンからしたらジュリアンは不倶戴天の敵だ。
てっきりそう思っていたら、どうやら違うらしい。
「あんなあこぎな方法で金貸しやって、あんた、それだけの罪で済んだの?」
「それが……大兄ぃのお陰なんで」
ジュリアンに聞くとあれからダレンさんとじっくり話した所、2人は孤児で王都の同じ孤児院の出身だと分ったという。
ダレンさんは改心して人生をやり直す約束をジュリアンにさせた上で、衛兵隊に掛け合ってくれたそうだ。
本来なら、下手をすると死罪もあった筈が情状酌量の余地有りとしての判断で先に聞いた通りの『軽い罰』になったのである。
「大兄ぃは……あの人は昔からその孤児院に多額の寄付をしている……あ、やべぇ! これは内緒だった!」
慌てて手を横に振るジュリアンだけど……もう遅いよ。
「だから、以前あたしが奴隷になりそうな時もお金が無いって言ったんだね」
ドロシアがしみじみと言う。
彼女としてはやはり蟠りがあったようなのだ。
「あたしも身請けしてくれって頼んだ時は断られて、金持ちの癖にって思ったけど……そうじゃなかったんだねぇ」
やはり俺達が出会った頃のダレンさんは英雄亭もうまくいっていなくて苦しい状態だったのであろう。
決してドロシアやカルメンを簡単に見捨てた訳ではない。
俺は少しホッとして温くなった紅茶を啜ったのだ。
「それで兄ぃ! 俺は何をやれば良いんだ?」
「ちょっと待った!」
協力を申し出たジュリアンにカルメンが待ったをかける。
「兄貴の『女』に未だ詫びが無いよ?」
「兄貴の女……って皆さん全員かい?」
「ああ、ボクは未だなんだけれど……」
リリアーヌが慌てて言うがジュリアンは完全スルーだ。
……気の毒なリリアーヌ。
「へえ、兄ぃ。皆、美い女ですね。さすがだ」
ジュリアンは感心したように頷き、カルメン達に素直に頭を下げて謝罪し、仲間に入れてくれるように改めて頼んだのである。
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俺は改めて仕事の話に入った。
屋外の看板広告の件、そして有名冒険者を使った広告の件をとりあえず2本の柱にしてやって行きたいと皆で話をして社内コンセンサスを取ったのだ。
「で、看板はともかく大兄ぃの了解は取れそうなんですか?」
訝しげに聞くジュリアンに俺は肩を竦めた。
「ん~、何とか説得しないとね。悪いけどダレンさんに了解を取らないと新規の客がつかないだろうなと」
「そうでしょうね。皆新しい事なんて中々、やれないですからね」
ジュリアンも裏の世界で生きて来ただけあって世の中の厳しさを充分に知っているようだ。
「ジュリアンはダレンさんの他に有名人の冒険者とか知らないのぉ?」
ケルトゥリが聞くがジュリアンは黙って首を振るばかりだ。
その時である。
「皆さん、あのダレン・バッカスさんとお知り合いでしょうか?」
声を掛けて来たのは30代半ば……ジュリアンと同じ年齢くらいの男である。
身長は結構ある……180mくらいか。
茶髪で明るめな鳶色の瞳をしている。
どうやら隣の席でお茶をしていて俺達の話を聞いていたらしい。
「僕は北の国ヴァレンタインの出身でキングスレー商会のマルコ・フォンティと言います。この度、商会の命令でこのエルドラードに支店を作る為にやって来たんですよ。皆さんの話がたまたま聞こえましてね。ぜひ相談に乗っていただきたいんですが」
北の国ヴァレンタイン……か。
どんな国なんだろうか?
そう言えばリリアーヌも同じ国の出身だったな。
でも目の前の人は悪人には見えない。
いざとなればジュリアンも居るから安心だ。
「良いですよ。でも俺達は仕事としてやっています。相談だけなら無料ですが、その先はお金がかかります。それを了解していただけるのであれば」
俺は出来るだけ厳しい顔をしてマルコに伝えたつもりであったが、マルコもさすがに商人としての経験を積んでいるからであろう。
全く臆した所が無いのだ。
俺はマルコの依頼を聞こうと改めて居住まいを正したのであった。
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