第34話 思いがけない再会
俺達が『英雄亭』の2階に逃げた瞬間――階下の店から凄い音が聞こえて来た。
とうとうダレンさんとアデリンさんの喧嘩が始まったのである。
店全体が揺れていた。
俺は余りの凄まじさに身を竦める。
しかしそれも一瞬の事で直ぐ静かになった。
このままでは店が壊れると判断したブリジットさんが説得……いや何らかの魔法を使ったのであろう。
落ち着いて話せるようになったので俺はとりあえず泣いていたリリアーヌを宥めると頬を膨らませているドロシアに頼んでみる。
「ドロシー、悪いが紅茶を淹れてくれないか?」
「その娘以外の紅茶だったら良いよ」
「あたしもドロシーと同じ!」
俺は肩を竦めるとそれで良いと返事をしてリリアーヌに向き直った。
「さてリリアーヌ。泣いていても話は進まない。お前がこれからどうするかだが、俺も一緒に考えてやるよ」
リリアーヌはまだ嗚咽が止まらず、泣き腫らした目で俺をじっと見詰めている。
「お前の冒険者になりたいって希望だが、あの調子ではダレンさんは翻意しないだろうし、アデリンさんにも無理は言えない。アデリンさんは冒険者ギルドの元ギルドマスターという地位にありながら、この店に勤める為にきっぱり辞めたからな」
俺がそう言うとリリアーヌは吃驚したようであった。
他国出身の彼女にとってダレンさん程、知名度は無くてもまだ冒険者にもなれない彼女からしてみたらギルドマスターは神にも等しい雲の上の存在である。
「お前の人生も大事だが、その為にアデリンさんの人生を狂わせちゃ駄目だ、分るな?」
俺の言葉にリリアーヌは素直に頷いた。
「どうする、とりあえず俺達と働いてみないか?」
俺がリリアーヌにそう言った瞬間、紅茶の入ったティーカップが乱暴に置かれた。
見るとドロシアがまだ頬を膨らませて俺達を睨んでいる。
もう!
俺は仕方なく立ち上がり、ドロシアを抱きすくめた。
「あ、タイセー!」
思わず声を出すドロシアを俺は宥めた。
「ドロシー、お前思い出してみろよ。あの時のお前と今のこの子は一緒だぞ」
俺の言葉にドロシアは自分がこの王都の衛兵に不法侵入者として連れ去られそうになった時に助けられた事を思い出したらしい。
俺自身、そんな事を持ち出すのは嫌なのだが、ドロシアに考え直して貰う為には仕方が無い。
「おーい、ドロシーにカルメーン! タイセーの言う通りだぞぉ! 困った時はお互いさ・ま」
いきなり背後から声が掛かる。
ドロシアがびくっとして振り返る。
見るとケルトゥリが横になっていたがぐっすりと眠っている。
どうやら寝言のようだ。
「ドロシー、仕方が無いよ。確かにあたしもやばい所をタイセーに助けられたし、お互い様だよ」
ゆっくりと首を横に振ってから口を開いたのはカルメンである。
ケルトゥリの寝言もあって何とか理解してくれたようだ。
俺はホッとしてリリアーヌに向き直ると俺達の仕事を説明し始めたのである。
リリアーヌは俺の話を黙って聞いていた。
俺は彼女がちゃんと理解できたのか心配である。
「どうだい? 一緒にやってみるかい?」
俺が優しく問い掛けると上目遣いにこちらを見て、こくんと頷く。
安心した俺は改めて社内会議を開くと宣言したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1時間後……
酔って寝込んだケルトゥリを起して切れかけたのを宥めた俺は漸く社内会議を開いた。
先程、鶏で話していた続きである。
とりあえず、俺達は看板案と有名冒険者起用案という2つのテーマを元にして仕事を作ろうと街に出る事にした。
階下の店は静かになっているが、暫くは顔を出さない方が良いだろう。
時間はもう午後3時を過ぎているので、女性3人を連れた俺は余り遅くまで営業活動をするのは考え物である。
何かあった時に腕力に自信が無い俺としては……情けない話ではあるが
ただ、エクリプスの加護の事を思い出して小さな水筒に酒を入れて懐に忍ばせたのは内緒だ。
まず俺達は看板のロケハンをする事にした。
ロケハンとはロケーション・ハンティングの略で場所取りの意である。
今回で言えば大型看板の掲出場所としてどこが適切かの調査だ。
この王都で人が1番集まるのはやはり中央広場なので俺はきょろきょろしながら、良い場所を物色する。
しかしその行為は現代でも問題になっていた『ながらスマホ』みたいなものなので気をつけないと誰かにぶつかってしまう。
看板の掲出場所に適しているのは人が滞留して、何の気なしに視線を向ける高い建物の壁面だ。
ぴったりなのが王宮なのだがさすがにそんな事を持ちかけたら手が後ろに回ってしまうであろう。
俺は気をつけながら、ロケハンを行っていたのだが、慣れない彼女達に注意をしようとしていた矢先の事であった。
「おう、この女ぁ! どこに目をつけて歩いているんだ!」
うっわ!
カルメンが人相の悪い男にぶつかって絡まれている。
その後ろではドロシアが真っ青になって震えており、ケルトゥリは腕組みをして立ちはだかっている。
相手の数は……5人!
えええっ!
俺は懐の酒を飲み干すと一目散に彼女達の元に駆けつけた。
「何だぁ、てめえは!」
「あたし達の彼氏だよ!」
俺を認めたカルメンの気風の良い声が響き渡った。
はぁ!?
俺が皆の彼氏だって!?
あ、あいつぅ! 火に油を注ぐような言い方を!
案の定、男達は激高する。
「野郎! リア充爆発しろってんだ」「可愛い女3人も連れやがって!」
可愛い女3人?
ま、不味い!
「私だって女だよ! この下司男!」
リリアーヌの怒りの声が飛び出すと男達は一瞬ポカンとしたが腹を抱えて笑い出す。
「こんな色気の無い餓鬼が女だと!? 笑わせるぜ」
「こんな胸もケツもぺったん、ぺったんが女かい! ひへへへへ!」
「てめえらぁ~! ☆〇#%$!」
リリアーヌが聞くに堪えない言葉で男達を罵った。
どうやら、さっきあれだけ気にしていた『病気』が出たようだ。
こうなっては仕方が無い。
俺は殴りかかって来た男を軽く捌くと顔面に拳を打ち込んでやった。
男はあっけなく吹っ飛んだ。
元々エクリプスの加護で相手の動きが超スローに見える上に、今回の酒の神の加護で力も格段に上がっているらしい。
しかし当の俺ははっきり言って戸惑っている。
あれぇ~。
俺ってこんなに強かったっけ?
「この野郎!」
今度は2人がかりか……と思った瞬間であった。
「ぎゃっ!」「ぐわっ!」
俺に襲い掛かろうとした男達をあっけなく倒した男が1人。
あ、あいつは!?
「よう、確か、タイセー……だったな。借りを返しに来たぜ」
俺を見てぼそっと呟いたそいつは鉄刃団の首領、ジュリアンと呼ばれた男だったのだ。
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