第33話 竜虎の戦い
「ちょっと待ちなよ!」
いきなり大きな声が店内に響く。
「私だけ特別ってのは無いんじゃないの?」
腕組みをしてダレンさんを睨みつけているのはアデリンさんだ。
さすが元ギルドマスターだけあって怒るとおっかない。
相当な迫力だ。
しかしダレンさんは全く動じていない。
「アデリンよぉ。気持ちは分るが俺の考えは昔から知っているだろうよ」
「でも!」
「今の俺はこの店が命なんだ。どうしてもって言うのならお前がこの娘の師匠になれば良い」
ダレンさんはそう言い捨てるとさっさと厨房に戻ってしまった。
「う~もうっ!」
歯軋りするアデリンさんの傍で『ビリー』はまだ項垂れていた。
やがてアデリンさんの矛先がビリーに向けられる。
「あんたもっ!」
アデリンさんはビリーの背中をぱんっと叩くと彼女の顎をぐいっと掴んで自分の顔に引き寄せたのだ。
「ひっ!」
ビリーが小さく悲鳴を上げると怖い顔をして囁いたのである。
「いつまでもくよくよするな!」
「あらあらどうしたの? アデリンの声が厨房迄聞こえて来てセーファが倒れそうになっていたわよ」
厨房担当の魔法使いであるブリジットさん迄出て来てしまった。
俺はそれを見てもう1度大きく溜息を吐いたのである。
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アデリンさんとブリジットさんという女傑2人に囲まれて『ビリー』は少しずつ身の上話を始めていた。
「まず本名を聞こうかね? 折角、女に生まれたのに男の振りをするのはあの……心まで実はって訳じゃないだろう」
アデリンさんはいつも直球を投げ込むように問い質す。
俺のように回りくどい聞き方はしない。
「は、はい……ボクは男の子の格好をしていただけです」
たどたどしく話す彼女を良く見るとやはり顔立ちは女性の面影がある。
「勿体無いよ、そんなに可愛いのにさ」
「ちょっと、アデリン。この娘が話せないじゃない。暫く聞き役になってやろうよ」
憤るアデリンさんにブリジットさんがストップをかける。
いつもはこんなに怒らないアデリンさんもさっきのダレンさんの物言いには随分、腹が立ったようだ。
「ええ、ボクの名はリリアーヌ・アシャール、このパーシヴァル王国から遠く北に離れたヴァレンタイン王国の騎士爵アシャール家の娘です」
へぇぇ!
この娘、貴族の令嬢だったんだ。
「そのボクって言うの、やめてくれない!」
アデリンさんは未だいらいらしているようだ。
「す、済みませんっ! ボク最近までずっと男として育てられたものですから」
リリアーヌはアデリンさんの余りの剣幕にまた縮こまる。
「ちょっと、アデリンたら」
またブリジットさんに窘められ、アデリンさんは仕方なく腕組みをした。
こうして少し自分の感情を抑えているのだろうが、良く言われるのはこういう仕草は話や話をしている人に反感を持っている気持ちが出ると言われている。
「上に居る子も女ばっかりで3女のボクは男の子として無理矢理育てられました。そうしないとアシャールの家が取り潰しになるからです」
そう言うとリリアーヌはまた力なく俯いた。
「そんな子供でも分るような誤魔化しが効く筈もなく、そのうちボクが女だって事は知れ渡りました。でも家は貧乏貴族なんです。そんな家に婿に来てくれるような人なんて居ません。家は失意に沈んでいたんですが、……何と母に弟が生まれたんです」
「よかったじゃない、跡継ぎが生まれて。でもそれで貴女が何故ここに居るの?」
ブリジットさんが不思議そうに聞くとリリアーヌはうっと声を出して唇を噛み締めたのだ。
何か辛い事があったに違いない。
「上の姉2人は直ぐに嫁ぎ先が決まりました。だけどボクは全然決まらなかったんです」
それを聞いたアデリンさんが何故と聞いた。
漸く機嫌が直ったらしい。
「まずこの言葉遣いです。自分の事を『ボク』って言うのが直らないのと、更に悪いのがボク、凄く短気で何かあると直ぐ口汚く相手を罵り、殴りかかってしまうんです」
「あはぁ、それ……すっごくすっごく似ている人知っているよぉ」
よせば良いのにまたケルトゥリが茶々を入れる。
未だ酔っているようだ。
「ふ~ん、ケリー。誰、それ?」
こちらも酒が入っているせいか、カルメンの目が据わっている。
もう!
俺は黙ってカルメンの手を握ってやった。
「あう!」
怒りの沸点に達しようとしていたカルメンが気が抜けたような声を出して一気にクールダウンした。
その分、ドロシアが俺を見る目がきつくなる。
幸いケルトゥリはその様子を見て笑っているだけでそれ以上絡んで来なかったので、平和は保たれたのだ。
ふう~
さあ話を戻して下さいな。
俺の考えた事が分ったのか、こちらを一旦チラッと見た上でリリアーヌは改めて口を開いた。
「それが原因で何度お見合いしてもボク……いつも相手の男の人を怒らせちゃって……そのせいでアシャールの家の評判はがた落ちになったんです」
リリアーヌはそう言うとさめざめと泣き始める。
それはどう見ても可哀想な1人の女の子であり、断じて荒くれの男では無かった。
「それでいたたまれなくなって家を出たのかい……結局冒険者くらいしか、なる当ても無かったんだね」
アデリンさんの言葉にリリアーヌは更に大きな声で泣く。
どうやら図星のようであった。
「ようし! 私が面倒見るよ。リリアーヌ、お前を1人前の冒険者にしてやるよ」
アデリンさんの大きな声がまた店内に響く。
それを聞いたダレンさんが顔を出す。
そしてこう言い放ったのである。
「おい、アデリン。只でさえウチの店は忙しいんだ。もしその娘の面倒を見るんなら店をやめて貰うが良いか?」
今のひと言で完全にアデリンさんが切れた。
「ダ、ダレン~! ぶっ殺してやるぅ!」
すかさず俺に叫んだのはブリジットさんである。
「タイセー君、ここは私が何とかするから他の皆を連れて店を出なさいっ!」
俺は未だ泣いているリリアーヌを横抱きに抱えると空いている左手で酔っ払っているケルトゥリの手を引いた。
そしてドロシアとカルメンに声を掛けたのである。
ひ弱な俺が片手で女の子を横抱きに出来たのも例の酒の神の加護であろうか?
俺達は急いで店の2階に逃れる。
2階に連れて行くとまた感情が高ぶったのであろう、リリアーヌが俺に抱きついて号泣している。
ケルトゥリは酔っ払って意味不明の言葉を吐いている。
そして……ドロシアとカルメンは激しい怒りの目で俺とリリアーヌを睨んでいたのであった。
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