第32話 弟子入り志願
俺は慌てて――男、少年とケルトゥリの間に入った。
両者とも一歩も引かない雰囲気だが、ケルトゥリの方は酒のせいだと言えなくもない。
基本的に俺はこの子達を守りたいが、今回はどう見てもケルトゥリが悪いだろう。
但し、言い方には要注意だ。
「済まない、ケリーに代わって俺が謝るから許してやってくれないか?」
俺は先に謝罪する事にする。
しかし、少年の怒りは収まらなかった。
「僕は許せないよ。言うに事欠いてちっさいだと!」
「ははぁん、そんな些細な事言っているからちっさいのよぉ」
やめとけば良いのに相変わらずケルトゥリが挑発する。
「ま、また言ったな! もう許さん!」
俺は少年の腕を軽く掴む。
「あ、痛たたたた! 何をする!」
「君が彼女を殴ろうとするからだ。まあ確かに彼女が悪い、俺が謝るからお互いもうやめろって」
俺は少年の腕をそんなに強く掴んでいないのに彼のこの痛がりようは?
ああ、そうだ!
俺はエクリプスが言った『加護』の事を思い出した。
確か幾ら飲んでも酔わないのと少し素手での戦いが強くなる――だったな。
「とりあえず落ち着いてくれたら離すよ、良いかい?」
俺の言葉に少年は漸く頷いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は今、少年の席に移動している。
女性陣は元の席でじっとこちらを窺がっていた。
まずは少年の食事代を俺が『もつ』事を提案する。
彼は不承不承ながら渋々と頷いた。
「まだ名前を聞いてなかったな、俺はタイセー・ホクト。広告屋さ」
「僕はリ……じゃなくてビリー、ビリー・アシュビーだ。あんたは、こうこくや?」
「ああ、そうさ。広告屋さ」
俺は自分で言いながら、今のこの世界の自分には広告屋という言葉がぴったりだなと考える。
広告代理店なんて表現は全然似つかわしくないからな。
「分らないな、一体何屋さんだい?」
ビリーは俺に対してまだきつい目をしながらも興味深そうに聞いて来る。
説明か……
確かに説明するとなると難しいけど。
俺は例を挙げて話をする事にした。
先程からの話の流れで行けば、こんな時の例えはダレンさんに尽きる。
「英雄亭って店を知っているかい?」
「ああ、伝説の冒険者ダレン・バッカスの店だろう?」
おお、しっかり認識されているなぁ……
さすが、ダレンさんだよ。
「少し前迄、あの店は知る人ぞ知るって感じだったんだ。あのお店を誰にでも知って貰う為に俺達は少しダレンさんの手伝いをしたんだ」
「す、凄いなぁ! あんたダレンさんの知り合いか?」
ビリーは素直に感動していた。
機嫌もすっかり直ったようである。
しかしもう時間だ。
そろそろこの少年とは別れる良いタイミングだ。
「という訳でさ。本当に悪かったよ、じゃあな」
「え、ちょっと待った!」
ドロシア達の座っている席に戻ろうとした俺の背後から声が掛かる。
当然、声の主はビリーである。
「僕の相談に乗ってくれないかな? タイセーさん」
『あんた』が『タイセーさん』になったか……
とりあえず礼儀は知っているようだな。
「僕は冒険者になりたいのさ。ダレンさんに弟子入りしたいから口利きしてくれないかな」
ダレンさんに弟子入り……ねぇ……
あの人は完全に冒険者を引退してるし、ギルドマスターからの要請にも耳を貸さなかったから難しいと思うけど。
「君の意見は聞いていないよ、判断するのはこの僕だ」
訂正!
やっぱりいけ好かない餓鬼だ。
「あのさ、さっきの事はあったとは言え……君は僕に頼み事をしているんだぜ。その態度は無いだろう」
ビリーの余りの言い方に俺が少しいらっとしてこう返すと彼は青菜に塩状態になってしまう。
しょぼんと元気なく項垂れているビリーに俺は「分ったよ」と告げてやる。
「俺達は今、『英雄亭』の2階に住んでいるんだ。君がダレンさんに弟子入りできるかは分らないけど引き合わせだけはしてやるよ」
「本当かいっ! 嬉しいな!」
ビリーは瞳をきらきらさせながら喜んでいる。
俺達はこうして冒険者志望のビリー・アシュビーをダレンさんに引き合わせる事になったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
英雄亭1階、午後3時……
覗いたら店もひと段落ついていたようなので俺はダレンさんの所にビリーを連れて行った。
「あ、貴方がダ、ダレンさん!?」
筋骨隆々のスキンヘッドの悪党面のおっさんがこんなに人気があるのは俺も分るような気がする。
侠気があるし、面倒見が良く強い。
強面からたまに見せる優しそうな表情もアデリンさん世代の女性の母性本能をくすぐると評判だ。
「……おい、タイセー。おめぇ、今俺の事を結構無茶苦茶な印象で考えてなかったか?」
「い、いや考えていない」
俺は慌てて取り繕う。
何と言う勘の良さ……
「で、この子が俺に何の用なんだ?」
ダレンさんはそれ以上に追及して来ず、ビリーを連れて来た理由を問う。
「ええ、彼がダレンさんに弟子入りしたいと」
俺がそう言うとダレンさんは即座に手を横に振った。
「俺は冒険者はとっくに引退した。今更弟子を取る気も現役に復帰する気もねぇよ」
やはり冷たく突き放すという返事だったか……
「お、お願いします! 僕を弟子にし、して下さい。冒険者になりたいんです」
必死で食い下がるビリーであったがそんな純真な少年に止めが刺される時がやって来た。
「俺はなぁ……悪いけど『女』は弟子に取らないんだ。アデリンは特別よぉ」
一瞬空気が……凍る。
ビリーは思わず俯いてしまう。
俺は吃驚していた。
お、おんなぁ~、ビ、ビリーがかぁ~
当のビリーはさっきから俯いたままだ。
はぁ~……
俺は大きな溜息を吐いてビリーを見詰めたのであった。
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