第3話 英雄亭で乾杯
「とりあえずは乾杯だね!」
「そうですね」
俺達は王宮から暫く歩いた所にあった「英雄亭」という居酒屋に不時着していた。
残念ながら俺が好きなドライ・マティーニなんて洒落た物は無いのでエールの大ジョッキを頼む。
やがて運ばれてきたエールは冷えていないのを我慢すれば、ビール党ではない俺でも苦味が程よく効いていて、素朴な風味ながらとても美味しいものであった。
エールをひと口飲んだセーファスがうんざりしたような表情で聞いて来る。
「で、これから君はどうするつもりなの?」
「う~ん、右も左も分りませんからね。セーファさんはどうするんですか?」
「う~ん、僕も魔法学校卒業以来、魔法使いひと筋で来たからね。正直どうして良いか分らないね」
俺と同様にセーファスもこれからのあてが全く無いらしい。
俺は魔法使いという職業に憧れがあったので彼の事を聞いてみた。
「セーファさんてどういったタイプの魔法使いなんですか?」
俺の忌憚のない聞き方にセーファは苦笑する。
「知らないとはいえ、君もずばっと聞くね」
「す、済みません」
「ふふ、まあ良いさ。僕はね、何と全属性使える魔法使いなのさ」
「全属性って言うと火・風・水・土の4つですか?」
「ふふふ、まあね」
セーファスの告白に俺は少し驚いていた。
だっていろいろなゲームや小説の中でも全属性魔法使用者って珍しいじゃないか。
「それが何故、僕の巻き添えでこんな事に?」
「今度は気を使ってくれるんだね、いやあ嬉しい。まあ王宮を放逐されたのは君のせいじゃあない。僕が戦力外になったからさ、もう伸びしろがないとね」
「伸びしろ……ですか?」
「ああ、僕の場合は魔力量が他人に比べて致命的に少ないのと魔法発動に必要な感覚力に全く才能がなかったせいなんだ」
だめじゃん、それ……
全属性の魔法が使えても魔法使いとしての肝心の適性が無い。
もしかして上級魔法が一切使えないとか?
俺はあからさまにそう思ったが勘の鋭そうなセーファスに悟られないようにする。
「それは発動するのに両方必要な上級魔法は発動が困難という事でしょうか?」
「ははは、その通り! 全属性使えても結局、生活魔法で家事を補助したり、子供騙しの攻撃魔法しか使えない僕は遅かれ早かれ王宮を出されていたのさ」
そう言うとセーファスはまたぐいっとエールをあおった。
結局、王家から見れば勇者と魔法使いの失格者という判断なんだ。
「ふ~ん、でもそうなると、お互いにこれからの身の振り方を考えないといけませんねぇ」
「そうなんだ、こんなしょっぱい魔法じゃ冒険者なんて到底無理だしな。ホントどうしよう? って感じさ!」
セーファスは遠い目をして頭を抱えてしまった。
彼ががそう愚痴った時であった。
「お兄さん、辛そうだね。そんな時は俺の詩を聞いて気分転換しなよ」
コタルディを身に纏い、リュートを持った20代前半くらいの男性吟遊詩人が声を掛けて来たのである。
このような世界では吟遊詩人はお約束である。
どんな時代でもどんな場所でも音楽は素晴らしい。
俺は厭世的な気分を少しでも晴らしたかった。
セーファスも俺と同じ様に考えたようだ。
「ああ、丁度良い、1曲やってくれよ。景気の良い詩がいいな」
「任せてください!」
吟遊詩人は元気よく返事をする。
そして大きく深呼吸をすると歌い始めたのだ。
「ああ、果てしない地平線の彼方に向かう英雄よ、貴方は民の希望を背負い、命を懸けて魔王と戦う~♪」
しかし!
リュートの音程は狂っているし、彼の詩ははっきり言って棒読み、いわゆる音痴だったのだ。
「ああ、もう良い、もう良い! やめてくれ!」
暫く聞いていたセーファスだったがとうとう耐え切れなくなったらしい。
「で、でもまだ終っていませんが……」
吟遊詩人は無念そうだ。
「いや、もう良いよ。銀貨1枚やるから、あっちに行ってくれ! 気が滅入るよ」
「…………」
セーファスが銀貨を投げるとがっくりと項垂れた吟遊詩人はそれも拾わずに去って行く。
「何か可哀想な人ですね、言葉自体は結構いけていると思いますが」
「仕方が無いさ、あの音痴では! 彼が何故吟遊詩人という仕事に固執しているか知らないけど、才能がないんだよ。皆無さ!」
吐き捨てるように言い切るセーファスだったが、その言葉を自分で言って何となくピンと来るものがあったようだ。
そんな彼に俺はひと言言ってあげた。
「でもセーファさん、そんな話ってどこかで聞いたような……」
「…………」
彼は暫し考え込んだ後に、ゆっくりと頷いた。
「タイセー君」
「はい」
「彼も誘って一緒に飲もうか?」
「はい、喜んで!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「俺は駄目駄目な男なんです」
俺達の目の前に座ったエド・マグナーテンと名乗った吟遊詩人はそう捲くし立てると一気にエールを胃に流し込んだ。
「エドさん、一体何が駄目なんですか?」
「良い詩はたくさん浮かぶんです! でも僕はそれを美しく伝達する声が無い。唄うセンスが無い!」
「そりゃ、致命的に駄目だねぇ……」
「う、うわぁ! 致命的に駄目って、致命的に駄目って言ったぁ!」
とうとうエドは泣き出してしまった。
「ああ、駄目ですよ、セーファさん、瘡蓋剥がしちゃ!」
「でもさ、駄目なものは駄目ってはっきり言った方が良いんだよ」
「あのぉ、セーファさん、自分に置き換えて考えて下さい。魔法使いと言うアイデンティティを全て否定されたらセーファさんはどうなりますか?」
「……分ったよ、じゃあどうしたら良いんだね、タイセー君」
渋々と頷くセーファス。
俺にそう言われたら、共感出来る物はあったようだ。
俺はエドを慰めながらも、少し考えてみたがセーファスの言う妙案など簡単に浮かぶ筈も無い。
「う~ん、そう簡単に良い考えなんか浮かびませんよ」
「そうだよなぁ……」
自分で言ったセーファスも同じだったようだ。
俺はエールを飲むと何気に辺りを見回した。
何故か?
周りがやけに静かだと思ったら、広々とした店内に俺達以外に客が居ないのだ。
「……場所は悪くないのになぁ」
「原因は何となく分るな」
俺が思わず呟くとセーファスが俺の意図を理解したようにしかめっ面をして頷いた。
しかし続いて原因を言おうとするセーファスを俺は制止した。
「それ言わない方が良いと思いますが……」
「いや、あえて言おう! 料理が不味い! 凄く不味い!」
「不味い……だと! こらぁ」
いつの間にか、この店の店主料理人らしい巨漢の男が腕組みをして俺達を睨みつけていたのだ。
「うわぁ、筋肉達磨!」
「誰が筋肉達磨だ、こらぁ」
思わず叫んだ俺に店主の雷が落ちたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「確かによぉ、俺もこのままじゃ不味いと思っているんだ」
腕組みをしてしかめっ面をしている筋骨隆々の中年男が目の前に居る。
よせば良いのにそこにセーファスが茶々を入れる。
「不味いって、やっぱり料理が?」
「てめぇ、殺すぞ! ちげ~よ、経営がだ!」
突っ込みをしたセーファスを鬼のような形相で睨む、彼こそはこの店の店主兼料理人であるダレン・バッカスである。
俺はセーファスと違って料理はそんなに気にならなかったのだが、違う視点からダレンに突っ込みを入れる。
「僕はあまり料理は気になりませんが、それより従業員がダレンさんだけというのが気になります」
「な!? 俺だけのどこがいけねえんだよぉ!」
明らかにむっとしているダレン、これだけで客は逃げるだろう。
「ここの客層は冒険者が多いんですよね」
「そうだよ、9割が冒険者だ、しかも殆ど野郎だな」
「だったら尚更です。誰が1日、命を懸けた冒険が終わって、貴重な癒しである夕食をむさいおっさんを見ながら食わなきゃいかんのですか? ダレンさんだったらどうですか?」
「確かに俺もそうおも……ば、馬鹿野郎、ふざけるなよ!」
「いや、俺は真剣ですよ、ダレンさん」
激高するダレンさんに俺は真面目な顔をして彼の視線を真正面から受け止めた。
「ふうむ、じゃあお前等はこの俺を何でぇ、助けてくれるって言うのか? 金にもならねえのによぉ!」
「いえ! お金はいただきますよ! 但し巧くいったらですけど」
「そりゃ、お前等のお陰で巧くいったら俺が払える範囲でちゃんと謝礼を払おう、約束するぜ!」
そう、そうだ! 今のダレンさんの言葉で見えた、見えたぞ! 俺の生きる道が!
俺の人生は所詮、広告の経験則しかない。
神様からチート能力も貰えなかった俺だもの。
こうなったら、広告の概念の無いこの異世界で広告会社をやってやる。
絶対に需要はある筈だ!
俺はそう決心して自分で自分を納得させるように再び頷いたのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。