第28話 別れと報酬
『英雄亭』が新装開店して1ヶ月……俺達はそのまま『英雄亭』の2階に居ついてしまっている。
この居酒屋の新装開店の為に休み返上で働いていたので暫く休みたいと皆の意見が一致したのだ。
絵師のドロシア・ダングールと吟遊詩人のエド・マグナーテンは絵画を合作して結構な金を稼いでいた。
モデルは勿論かつての冒険者の英雄であり、この『英雄亭』の店主ダレン・バッカスさんである。
何しろこの絵は売れた!
ドロシアの独特のタッチとエドの天才的な詩が絶妙のマッチングとなり、印刷など無い手作業での限定品という事もあった。
書く傍から買い手がつき、今や1枚何と金貨50枚の価値がついていたのである。
※金貨1枚=1万円です。
取り決めによりダレンさんに売上げの40%の金貨20枚を渡して後は折半だから、絵を30枚以上売ったドロシアやエドは今や仲間内でも結構な金持ちになっていた。
当初の約束では売上げの一部を『会社』に入れる筈である。
ドロシアはその約束を守っていたが、エドはその約束を守らないどころか、慢心して態度も高慢になっていたのだ。
そしてとうとうその日はやって来た。
「おいっ! タイセー。お前が払った分に利子をつけるからドロシーを寄越すんだ!」
いきなりのエドの言い草に俺は吃驚した。
「は!? いきなり何を言っているんだ?」
思わずそう言った俺にエドは腕組をして薄ら笑いを浮かべた。
「何って? 決まっているだろう? お前はドロシーを奴隷として買った。俺はそれを買い取ろうって言っているのさ。どうだ、お前が出した倍の金貨200枚出してやる!」
おいおいと俺はもう1度言う。
確かに俺はドロシアを奴隷として買う成り行きとなったが、あの件は彼女が偽の市民証を偽造して市民に成りすましたと疑われたから仕方なく対応したものだ。
ドロシアは本来奴隷などではないのだ。
その時である。
王都で私用を済ませたドロシア、そして同行したケルトゥリとカルメンが帰って来たのだ。
彼女達は何故か最近仲が良く、一緒に行動している。
正確には更に俺を入れて4人で一緒の形が多いのだ。
「どうしたの? 喧嘩ならやめてよぉ!」
部屋にはその時俺とエドしか居なかったので、止め役が居らずに険悪な雰囲気になっていたのである。
「いや、こいつがドロシーの事を買い取るなんて言うからさ」
俺の言葉を聞いた女性陣の非難の視線がエドに集中した。
「はぁ? 何を言ってるの? エド、貴方は吟遊詩人としてくすぶっていた所をタイセーとセーファに拾って貰った恩も忘れて!」
ケルトゥリが菫色の瞳に怒りの色を浮かべながら真っ向から言い放った。
「それに貴方は絵を売ったお金の一部を『会社』に入れるという約束も守っていないじゃないの? この絵だって仕事から発生したものであって、本来絵を売ったお金は自分で1人占めにしちゃいけないと私は思うよ。加えて言うとこの絵は絵師やあんた以外のいろいろな人の考えもあって生まれたものだしね」
それを聞いて追随したのがカルメンである。
「そうだよ。それにタイセーの言う通り、ドロシーは本来奴隷じゃないよ。何て失礼な話だ」
カルメンは更に凄い目でエドを睨みつけた。
「絵だって、殆どはドロシーが描いていてあんたはちょこっと言葉を入れるだけじゃない。何様のつもりよ」
女性2人から散々言われたエドは最後の反撃を試みた。
それはドロシア本人に問い質したのである。
「俺はお前を奴隷と言う身分から解放してやりたいんだ、嫌か?」
「あ、あたしは……」
皆の視線がドロシアに集中する。
彼女が唾を飲み込む音がした。
そしてエドにきっぱりと言い切ったのである。
「あたしはタイセーの奴隷が良いの。彼と離れたくないから」
それを聞いたエドは悔しそうに唇を噛み締めると、自分の荷物を持って部屋を飛び出して行ったのである。
「もう帰って来るな! 勘違い野郎!」
罵声を浴びせるカルメンにドロシアは待ってと呟いた。
「カルメン、1つだけ訂正して欲しいの、そしてエドがもし戻ったら謝って欲しいの」
「な、何? ドロシー」
訝しげに聞くカルメンに溜息を吐いたドロシアは言う。
「カルメンの言った『ちょこっと言葉を入れる』事がどれだけ大変か……やってみたら分るわ。そんなに簡単な事じゃないのよ」
ドロシアの瞳にはエドが出て行き、開け放たれたドアが悲しげに映っていたのである。
「おう、どうした?」
そこで部屋に入って来たのはダレンさんであった。
「エドが凄い勢いで走っていったがよ」
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「そうか……そりゃ仕方がないな」
話を聞いたダレンさんが言う。
「冒険者と一緒さ。持ち慣れない金を持つと勘違いする奴が居るんだよ」
奴の場合は加えて情が絡んでいるがなとダレンさんは苦笑した。
「情?」
ドロシアが不思議そうに首を傾げる。
それを見たダレンさんは更に苦笑した。
「ドロシーが優しくしてやったから自分に気があると勘違いしちまったんだろう」
「えええっ! 私、エドは仕事が出来る良い先輩だと思っていたのに」
当惑するドロシーにダレンさんは手を横に振る。
「まあ、ほっとけ。優しくするとまた誤解する。男なんてそんなものさ。余程の馬鹿じゃない限り、さっきのドロシーの答えであいつも本当に好きな相手は誰だか知った筈だし。それより俺がここに来た肝心の話をしなくちゃな」
「肝心の話?」
今度は皆の視線の先がある期待を持ってダレンさんに集中する。
「ああ、そうさ。店の売上げに、絵のモデルになったギャラも貰ったしよ。お前達に今回の報酬を渡したい。遅くなって本当に済まなかったがな」
ダレンさんが目の前に出した袋には何と白金貨70枚、そして金貨100枚が入っていたのだ。
金貨800枚相当――約800万円、この異世界広告社の初売上げである。
「分配はタイセーがしっかりやれよ。この店で俺がやるみたいによ」
そしてアデリン達、スタッフの分は俺が直接払ったからと付け加えてダレンさんは部屋から出ていったのであった。
そこへ帰って来たのはセーファス・モリスである。
この店の料理担当であるエマ・ブリュネルを伴っていた。
「おおっ! 只今。タイセー君、そこでダレンさんに報酬払ったぞって言われたよ。僕達の仕事が評価されたんだな。頑張った甲斐があったよ、よかったな」
そして部屋を見渡してエドが居ないのを見ると彼はどうしたのかと聞いて来たのだ。
「実は……」
俺は経緯を話した。
―――俺の話を聞いたセーファスは残念そうな顔を見せながらも仕方が無いと頷いた。
「実はさ、僕もお願いがあるんだ。申し訳ないけど……」
頭を下げるセーファスに俺はある予感を感じていたのであった。
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