第27話 『英雄亭』開店盛況!
万全の準備をした上でダレンさんの店『英雄亭』は新装開店した。
外観や内装は殆ど変わっていないがスタッフやメニューを大幅に変えての開店であったから、今までダレンさんが1人でやっていた頃とは全く趣きが変わっているのである。
ランチの開店時間である午前11時の約30分前くらいから人が並び始めて開店時間にはもう20人程が詰め掛けていたのである。
その殆どが冒険者ギルドに所属する冒険者であり、今日に限っては依頼を受けないで店に来たという者が多かったのだ。
当然、冒険者ギルドカードでの割引と11時から30分間は飲み物のサービスが付くと知っての事である。
今日のメニューはポトフかオートミールのスープの2択。
料理はポークソテーかオムレツ、そしてパンは白パンか黒パンとなり銀貨1枚、日本円で約1,000円は周りの店に比べても割安感がある。
そしてダレンさんと相談して初日のみの大盤振る舞いとしたのだが、ランチ早得サービス&午後1時~2時の遅得サービスの第1弾はエール1杯のサービスとした事だ。
だが、これにも俺の計算がしっかりされていた。
無料サービスはあくまで最初の1杯だけ、2杯目からはしっかり通常料金をいただくのである。
その冷たくキンキンに冷えたエールが酒飲みに対してはどんなに受けるかはダレンさんでしっかり証明済だったのも俺に自信を持たせていた。
予想通り、このエールを初めて口にした客は目を丸くして驚いた。
そしてついつい杯が進んで1人当たり3杯は飲んでしまったのである。
どんどん客が詰め掛けるので40人くらいのキャパの店はあっという間に一杯になる。そこで俺が考え出したのが45分以内に食事を済ませてくれたら、店のマークの印鑑を押す特別サービスをする事である。
ランチかディナーを45分という短時間で済ませる代わりに10回来店してくれれば1回ランチがサービスと言うカードであったのでさっさと食事をしたい主義の客には大歓迎されたのだ。
おかげで客の回転率は大幅に上昇したのである。
店内ではカルメンを始めとした黒い薔薇のダンサー達がスタッフとして獅子奮迅の活躍を見せている。幸い彼女達は普段厳しい練習を行い、ダンスを踊れるように心掛けている。
そんな彼女達の体力のお陰で予想以上に混雑した客にも対処出来たと言えよう。
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午後2時……
「ふわあ!」「し、死ぬ!」「疲れた!」「あたし口説かれちゃったよ」
やっとランチタイムが終わり、夜の営業までの休憩&仕込みの時間になる。
目が回る忙しさだったので黒い薔薇の面々もだいぶバテ気味だ。
「皆、お疲れ! とりあえずゆっくり休んでおくれ! 夜はショウも入るから宜しくね!」
カルメンの檄が飛ぶ。
しかしランチでこの調子だと早く人員の補充をしないと交代要員がいなかったり彼女達がいずれ本業のダンサーとして身を立てる時に一気に人手不足になりかねない。
俺がそう思って休憩しているとドロシアが面接の女性が数人来たと報せてきた。
遠目から見ると先程、ランチに来ていた客のようである。
自分の職場になる可能性の店の雰囲気を見に来ていたのであろう。
俺は早速面接をする事にしてダレンさんに報せたのであった。
―――1時間後
面接が終わった。
結果から言えば3人の女性が面接に来たのだが、彼女達は全て『当たり』であった。
彼女達は皆、元は王宮の雑役女中であり、解雇された理由をあまり語りたがらなかったが、王家の経費削減の一環でそうなったらしい。
皆、20代前半の美人揃いで気が利くとあってダレンさんもその場で即決していた。自分の判断を下したダレンさんは後は俺に任せると言い残し、また厨房に戻って行った。
俺は待たせてある彼女達に採用の報せを告げに行ったのである。
「これから直ぐに働けますか?」
俺がそう聞くと彼女達は全員がすかさず頷く。
凄くやる気満々である。
「ちょっと! あたし達もヘルプに入るから!」
振り返るとケルトゥリ、ドロシアが気合の入った目で俺を見ていた。
エマは今回、料理の仕込みで忙しいので見送りだ。
俺はアデリンさんとカルメン達を呼ぶと彼女達を託したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午後5時……
『英雄亭』の夜の部の開店時間である。
昼とは桁違いの客足になると漠然と予想はしていたが……
何と! 開店前に並んでいたのは昼間の3倍の60人!
これでは客は全員が入りきれずにいきなり店は満席である。
客には悪いが俺にとっては嬉しい悲鳴であった。
ディナーメニューは色とりどりの野菜のサラダから始まり、肉と野菜の旨みを引き出した特製スープ。
肉はポークソテー、野生の鹿の塩焼き、ミートパイからチョイスして貰う。
パンも種類を増やして4種類から選べるようにしたのである。
デザートも南国のフルーツを数種類仕入れて魔法使い達の魔法で冷やして出す。
アラカルトで頼める酒の肴も充実しており、冷えたエールが飛ぶように売れて行く。
ホール担当のスタッフ達はカルメン達、ダンサーを筆頭にヘルプに入ったケルトゥリ、ドロシアそして今日来たばかりの王宮の元女中達も大車輪の働き振りであった。
やがて黒い薔薇のダンサー達のショウも始まり、店内の熱気は最高潮に達して行く。
暫くするとオーダーが、ひと段落ついて厨房から出て来たダレンさんも何人かの客と冒険者談義に花を咲かせていた。
例の早めの退席のサービスも効を奏して店の回転はそこそこ巧く行き、店に入れないで待つ客達から不満は出なかったのである。
唄や踊りも混じった楽しそうな喧騒はずっと続き、そして夜は更けて行った。
――――午後11時過ぎ
『英雄亭』閉店の時間である。
楽しそうに店で時間を過ごしていた客達は1人、そしてまた2人と帰宅して行った。
店はあっという間に開店前の静けさを取り戻したのである。
「がははは! 流石に疲れたな! 皆、大丈夫か?」
疲れたか? と言いながらダレンさんはとても元気そうである。
それは冒険者ギルドの元マスターであるアデリンさんも同様であった。
「思い切ってギルドマスターをやめて良かったよ。ここの仕事には人と触れ合える楽しみがあるからね」
「私の料理と魔法であんなに喜ばれるなんて意外だったわ」
引退寸前の魔法使いもまだまだ価値があるわねと、ブリジットさんもとても嬉しそうである。
「おいおい、タイセー。酒を飲んだ勢いもあったかもしれないが俺とドロシーの合作の絵が凄く売れたんだよ!」
勢い込んで話し掛けて来たのはエドであった。
絵はダレンさんの冒険譚が主な題材である。
彼によると1枚の絵に思い切って金貨30枚の売値を設定した所、何と掲出した10枚全てが売れてしまったという。
「そりゃそうよ! ダレンのファンは今でも一杯居るんだから」「そうそう!」
アデリンさんが片目を瞑り、親指を立てるとブリジットさんも拳を握って上に突き上げたのである。
「タイセー、私、お客さんに口説かれちゃったよぉ!」
ドロシアがちょっと嬉しそうに頬を赤らめて言う。
でも絶対に浮気なんてしないよと上目遣いに微笑む。
そこに私もぉ口説かれたぁ! とケルトゥリが割り込んで来た。
ちょっとぉ! 私もよとカルメンまでが来て俺に抱きつく。
どうやら皆、客に勧められて何杯か飲んだようだ。
そこにセーファスがにこにこしながらやって来た。
傍らにはエマが居て恥ずかしそうに俯いている。
その手はしっかりとセーファスの手を握っている。
幸せそうだな!
「タイセー、ここに居る人は皆、君に感謝しているんだ。大袈裟に聞こえるかもしれないが俺も君に生きる喜びを教えて貰ったよ。これからも宜しくな」
―――こうして俺は異世界で広告屋として第1歩を踏み出した。
それは皆からの笑顔という大きな手応えを伴ったものであったのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
『英雄亭』の章はとりあえずこの回で終了です。
次回からは新章となる予定です。
引き続き宜しくお願いします。