第26話 『英雄亭』開店へ
神であるエクリプスの加護なのか、ブリジットさんの治癒魔法のおかげか俺の身体は急速に回復した。数日後には起き上がれるようになったのだ。
俺はベッドの上から皆に指示をして、『英雄亭』の開店準備も着々と進んでいた。
まず人手はカルメンの仲間である黒い薔薇のダンサー達が破格の賃金で勤務してくれる事となった。
鉄刃団に払いすぎた金を取り戻した事に対する恩返しと『英雄亭』で彼女達のダンスも披露出来る双方願ってもない結果となったのである。
「ありがとう! タイセー。あんたのお陰で皆、幸せになれそうだよ。あのままだったら、あたし達は確実に娼館に売られていたよ」
そう俺に礼を言うカルメンの後ろから黒い薔薇のダンサー達が口々に囃し立てる。
「カルメン、あんた彼の事、絶対に逃しちゃ駄目だよ」「そうそう!」
「いい姉さん女房になりなよ」「身体張ってでもね!」
姉さん女房何てとんでもない声援のようにも思えるが全て好意から来るものなので俺はひきつった笑顔で返す。
それ以前にカルメンが嬉しそうな顔をしているのでここで水を差すだなんて怖い事は出来やしない。
そして彼女達がスタッフになるので座席を少し減らしてステージも造る事になったのである。
ダレンさんもこれには素直に喜んでいた。
カルメンはダレンさんにも礼を言う。
「あ、あの……ありがとうございました」
「ははは、俺なんかに身請けされて妾になるよりこいつの彼女になった方が良いだろ?」
「は、はいっ!」
「ははは、正直な奴だ。しかしカルメンよ、お前は言葉遣いを直した方が良いのと……」
後、こいつにはもう彼女が2人も居るから頑張れよとダレンさんは豪快に笑う。
それを聞いてもカルメンに動揺した様子は全く無い。
この世界が1夫多妻制を許しているのと自分が新参者だと自覚しているからであろう。
しかし……俺に彼女が2人?
身に覚えが全く無いが……まあ良い。
さあ! とりあえず明日はスタッフ全員が集まっての開店準備だ。
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『英雄亭』2階午前7時……
いつもの通りダレンさんの仕入れには俺が同行したが今回の仕入れにはブリジットさんとアデリンさん、そしてセーファスから紹介されて採用したエマも同行している。仕入れから帰って暫く経って集合の時間になった。
「お早うございます!」
「お早うございます!」「お早う!」「お早うっす!」「お早う!」
様々な人の声が飛び交った。
「じゃあ、ダレンさん。挨拶をお願いします」
俺がダレンさんにそう促すと簡単で良いか? と彼は笑いながら口を開いた。
「ええと、皆知っているだろうが俺がこの『英雄亭』の主人、ダレンだ。この『英雄亭』の為に働いてくれるということで来てくれてまず礼を言いたい、ありがとう!」
それを見たアデリンさんとブリジットさんが頷きながら満面の笑みを見せる。
2人はダレンさんと一緒に働けて本当に嬉しそうなのだ。
「ウチの店は仕事はきついし、給料もそこそこだ。皆それで良いのか?」
「問題無し!」「ここで働きたいんだもん!」「お願いします!」
ダレンさんの言葉にすかさず返すスタッフ達。
ようし! 意気込みもばっちりだ。
『英雄亭』のスタッフの陣容は以下の通りである。
店主兼料理長:ダレン・バッカス
副料理長:ブリジット・クラルティ
料理担当:エア・ブリュネル
ホール長:アデリン・メイヤール
ホール担当:カルメン・コンタドール含め計ダンサー達6名
宣伝担当:タイセー・ホクト
宣伝担当:セーファス・モリス
宣伝担当:エド・マグナーテン
宣伝担当:ドロシア・ダングール
宣伝担当:ケルトゥリ・エイルトヴァーラ
「ねぇ、タイセー。あたしもたまにはホールを手伝いたいな。美人のアールヴのスタッフが居たら客足も間違いなく伸びそうだし」
「あたしもあたしも!」「あ、あの……よかったら私も」
ケルトゥリ、ドロシア、そしてエマの3人がホールのヘルプに入りたいと言い出した。
確かにダンサー達のショーやるとしたらその間、人は足りなくなるし必要になるかもしれない。
しかしゆくゆくは専任のスタッフを探さないといけないだろう。
俺の指示で3日後に迫った開店日に向かってメニュー、仕事の段取り、諸々の確認が為されて行ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『英雄亭』リニューアルオープン当日の朝……
仕入れに行ったダレンさんを含めた3人は意気揚々と帰って来た。俺はもう同行していないが、お眼鏡に叶う素材がいろいろあったらしい。
ランチの支度で厨房は早くも熱気に包まれている。
俺達はと言うと店内の掃除を行い、カルメンは昼と夜にそれぞれ行なうダンスショウの打合せと振り付けの確認でてんてこ舞いだ。
ダンサー達はショウの練習と平行して、この3日間みっちりと接客の特訓も行い何とかお客の捌きも出来るようになっている。
「いよいよだねぇ。タイセー!」
カルメンがひと通り、準備を終えて話し掛けて来た。
その表情は疲れを見せながらも晴れやかである。
「あたし、もっと他にやりたい事もあるんだ。でもタイセーが一緒じゃないと嫌なんだ!」
カルメンはそう言い放つと少し恥ずかしそうに俺の傍を離れて行く。
「よっしゃ! エドとドロシアの『絵』も店内に飾ったぞ」
セーファスが作業完了だと言い、胸を張る。
実は余りにも絵の問い合わせが多いので俺の提案で店内に掲出してギャラリーとし、店に手数料を払った上で希望者には売却するような形にしたのだ。
2人は凄く喜んだ。
今まで日の目を見なかった自分達の作品がとうとう受け入れられる日が来たのだし、売れればエドとドロシアには給料の他に副収入も入るのだ。
但し俺達の『会社』の存続もあるのでその売上げから手数料として会社の運転資金のための資金として入れる事も了解を取っている。
「さあ間もなくだ!」
俺は皆に気合を入れ直して『英雄亭』の開店を待つのであった。
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