第25話 カルメン騒動始末記③
いきなりなだれ込んできた鉄刃団ではない一団。
敵対する愚連隊らしい。
その中のリーダーらしき髭の中年男は面白そうに笑っている。
「鉄刃団も堕ちたもんよ、こんな爺1人にやられるとはな」
あの――ダレンさん1人って一応俺も居るんだけど。
「まあ、良い。爺共々まとめて殺っちまえ!」
後から乱入した奴羅の人数は10人程であろうか、しかし、この人数だと俺はカルメンを守るだけで精一杯だろう。
俺が与えられた加護は敵の攻撃を避ける常人の数倍もの動体視力のみ。
攻撃に転じれば、すぐにその加護が無効になるという無茶なものなのだ。
俺はカルメンを守りつつ、ダレンさんに任せるしかない。
なんという情けなさ……
しかし!
俺は相手の攻撃を避けるうちに戦い方のコツを掴みつつあった。
攻撃をしてしまうと能力が無効になるというなら、俺はあえて敵の攻撃を躱す事に徹していた。
そして紙一重で躱した瞬間、相手の勢いを利用して身体を押したりするだけで敵は勝手に壁に突っ込んだりして自滅して行くのである。
そんなこんなで俺が倒した人数は3人。
そしてダレンさんが例によってあっという間に6人倒していたので、結局残ったのはあの髭中年だけであった。
「ななな、何~! こんな馬鹿なぁ!」
ダレンさんが指をぽきぽき鳴らす後ろでジュリアンと呼ばれた鉄刃団の首領が満身創痍で横たわりながら笑っている。
「ち、畜生!」
とち狂った男はナイフを一度に目にも留まらぬ速さで何本も投げたのである。
常人には脅威だろうが、当然、ダレンさんにそんな攻撃など通用しない。
しかし、ダレンさんが躱したナイフの何本かが後ろに居た身動きできない鉄刃団の首領に向かって行ったのだ。
俺は何故、咄嗟にそんな事をしたのか分らないが、奴の前に飛び込み、1本のナイフを叩き落としたが、もう1本を腹に受けてしまったのである。
「きゃ~っ! タ、タイセーッ!」
「ちぃ~っ」
響き渡るカルメンの悲鳴とダレンさんの舌打ちが交錯した瞬間、ナイフを投げた男は顔面にダレンさんの蹴りを喰らい、昏倒していたのであった。
カルメンが駆け寄って来る。
ダレンさんの俺を呼ぶ声が聞こえる。
ナイフが刺さったらしい腹から血が噴き出している。
そんな中、俺の意識はどんどん深く落ちて行き、ついには真っ暗になったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺が目を覚ましたのはいつも皆で寝泊りしているダレンさんの店、英雄亭の2階であった。
「あああああっ! タイセーが目を、目を覚ましたよ!」
おいおい、カルメン大きな声を出さないでくれよ。
まだ傷が痛いんだから。
「わあああああああん、タイセーッ!」
今度はドロシアか、揺さぶるな、傷が開いちゃうよ。
「おお、目を覚ましたか? 良かったな、と言うかおめぇも悪運が強いんだな」
今度はダレンさんが笑顔で憎まれ口を叩く、というか悪運って何なんだよ?
そんな俺の恨みがましい眼を見て彼は更に大笑いした。
「ははは、冒険者の中では褒め言葉なんだよ、それより無理するな。全部話はつけといたからよ」
「そうよ、もう全てが終ったわ。貴方はあんまり無茶しちゃいけないわ」
違う方向から落ち着いた声が響く―――確か、魔法使いのブリジットさんだっけ。
「ダレンが巧く貴方の応急処置をしてくれたのが大きかったのよ。その上で私が治癒魔法をかけたってわけ」
俺はホッとして大きく息を吐き出した。
「何であんな奴助けようとしたのよ?」
今度はケリーか?
ケルトゥリが怒りの表情で指差す方を見るとあの鉄刃団の首領のジュリアンが床に力無く座り込んでいたのだ。
「あんた、ジュリアンとか言ったわね。命の恩人が何とか死なずに済んだのよ。言う事は無いの?」
ケルトゥリの叱咤にジュリアンと呼ばれた男はふらふらと立ち上がり、俺の傍まで来ると済まねぇ、恩に着ると小さく呟いた。
そしてベッドに寝ている俺を含めて部屋に居る皆にぺこりと頭を下げ、力無い足取りで出て行ってしまったのである。
「何! あいつ! 恩知らずにも程があるわ」「そうだぁ!」
激高するケルトゥリとドロシアの脇でやはり小さくなっていたのはカルメンである。
「あ、あたし、あたし……」
「ああ、良いの、良いの。カルメン、あんたも今回は被害者でしょう」
すかさず慰めるのはケルトゥリだ。
「う、う……ん」
「でも、よかったね! ダレン爺があいつと話をつけてくれて借金は普通の利子で綺麗に清算出来たのとお仲間さんが余計に払った利子の分は戻って来たし!」
力無く答えるカルメン。
しかし今のドロシアの今の言葉で分ったが、カルメンの借金問題は良い形で解決したようだ。
鉄刃団のアジトに乱入して来たのは蠍団という別の愚連隊で縄張りの横取りを狙ったものらしい。
結局、両方の団員は逮捕され、グループも衛兵隊により壊滅したそうだ。
ダレンさんに英雄亭まで連れて来られたジュリアンは借金の清算をさせられ、衛兵隊に自首する事になったのである。
ちなみにジュリアンはカルメン達、黒い薔薇の借金を清算しただけではなく、自分の命を救ってくれた礼だと言って俺宛に結構な金を置いていった。
俺が自分の方を見ているのに気がついたのであろう。
カルメンは物凄い速度で俺の枕元に駆け寄って思い切り手を握ったのだ。
そして堰を切ったように号泣した。
「ごごご、御免ねぇ! タイセー! あたしなんかの為に命まで懸けてさ!」
「こら、カルメン! そこは謝るんじゃなくてお礼でしょう!」
すかさずケルトゥリの声が響く。
「ううう、あ、あ、ありがとうぉ!」
俺の胸に顔を埋めて号泣するカルメンを俺は黙って見守っていたのであった。
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