第22話 カルメンという女
外に出て少し空気を吸いたくなったので表に出る事にする。
俺はダレンさんに声を掛ける。
「ちょっと、外に出て風に当たって来ますよ」
「おいおい、モニターとやらを兼ねた晩飯を皆で食うからな、遠くに行くなよ、頼むぞ」
「了解しました」
「あたしも行くう」「ああ、私も行くわ」
ドロシアとケルトゥリも一緒に外に出たいようだ。
2人がそれぞれ俺の手を握って来たので俺は2人の手を引いて英雄亭の前に出る。
「うおっ!?」「ええっ?」「あらっ?」
外に出ると正面の扉が閉め切られた英雄亭を見詰める1人の女性の姿があった。
それは先程、面接をしている部屋で聞くに堪えない暴言を吐いて去って行ったカルメンという赤毛の女だ。
先程は鬼のような怖ろしい顔をして立ち去った彼女も、今の表情は和らいでおり、俺達の姿を見ると力なく顔を伏せた。
「何か、御用ですか?」
「……いやぁ……またやっちまったと思ってさ」
「やっちゃったって?」
面接に同席していなかった為、事情を知らず思わず聞くドロシア。
「うん、あたし、かあっとなると見境がつかなくなるんだ。思いつく限りの酷い事も言っちまうしね」
はああと溜息を吐き、項垂れるカルメン。
「確か、カルメンさんでしたよね?」
「ああ、私の名前はカルメン、カルメン・コンタドールって言うのさ」
俺が名前を聞き直して改めて確かめると、彼女はさっきの誰かが外に出て来たらひと言、謝りたくて待っていたと言う。
「カルメンさんはどんな仕事をしていたんですか?」
この前、一緒に居た女性達は仲間だろうか?
「……黒い薔薇って言うダンサーグループのリーダーをしていたんだけど最近、仕事が無くてね。生活費の為にメンバーの皆で結構な借金をしちまったんだよ」
カルメンはまた溜息をついた。
「借りた先がやばい所でさ、メンバーの何人かが娼館に売られそうになったのをあたしが身の回りの物、母親の形見の宝石とかを売ってなんとか凌いでいたのさ」
でもさとカルメンが自嘲気味に呟いた。
「人の事ばかりやっていて自分の尻に火がついていたのに気付かないなんてさ」
明日までに金貨100枚返さないと娼館か奴隷に売られると言う。
見た目に似合わず大変なお人好しである。
この話が本当であればだが……
「でもこの店に採用されても金貨100枚すぐ貰うなんて到底無理ですよ」
「分っているさ、いざとなればダレンさんに身請けして貰って彼の奴隷になっても良いと思っていたんだ」
俺とドロシアの時と同じパターンか……
でもダレンさんは店がかつかつで余分なお金は無いって言ってたぞ。
俺がそう言うとカルメンはとんでもないという様に手を横に振った。
「彼は冒険者時代に巨万の富を築いているもの、あの店は趣味みたいなものだよ」
ええっ? そうか? そうなのか?
……でも俺は困っているダレンさんの為に引き受けたんだ。
彼の店が実は趣味か、どうかなんて今更どうでも良い。
「悪いけど頼まれごとをしてくれない……」
そんな思いの俺達を見て、カルメンは口篭りながら言う。
俺達に今の話をする為にダレンさんに執り成して欲しいと言うのだ。
まあそれくらいは良いけど……
俺達は改めてカルメンをダレンさんに引き合わせる為に店に戻って行った。
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結論から言えば……ダレンさんはカルメンに会ってはくれた。
カルメンは切々と自分の不運を訴えたが、あれだけ女性に優しいダレンさんは首を縦には振らなかったのだ。
結局、身請けして助ける事など出来ないと突き放したのである。
そう言われたカルメンの落胆振りは傍から見てても目を覆う程であった。
そんな彼女をセーファスは毒虫でも見るような目で見詰めていた。
彼女は肩を落とし、夜の街に消えようとしたのだ。
それを引き止めたのは……何と、この俺だった。
俺がカルメンに声を掛けると彼女はびくっと肩を震わせ、振り返る。
その眼には涙が一杯溜まっていた。
俺はとりあえず彼女を部屋の肘掛付き長椅子に座らせた。
「とりあえず少し話そうか、カルメンさん」
「…………」
「あんたの借金だけど……全て込み込みで金貨100枚で良かったんだよな」
「そうだけど……どうする気?」
俺はこの世界では見た目18歳の餓鬼。
この年齢の奴はエリートか冒険者でもない限りそんな大金を持っているなんて有り得ない。
だが……俺には王家からの手切れ金とも言える金があったのだ。
「俺、何とか金貨100枚ならある。身請けとかじゃなくカルメンさんに貸す事は出来るよ」
「ええっ!?」
俺達の話を聞いていたセーファスが吃驚して口を挟む。
「馬鹿な事はやめておけよ、その金はタイセー君が人生の代償として受け取ったものじゃないか。こんなあばずれの為に使う金じゃない」
セーファスの言葉を聞いてきっと彼を睨むカルメン。
そのあまりの剣幕にセーファスは眼を逸らした。
「タイセーと言ったね。その金はあんたの命と引き換えみたいな金なんだろ」
俺はそうだと答える。
「だったら、そんな大事な金をそこの魔法使いが言うように、何故、こんな女に使うのさ?」
「あんたは今、困っていて他に助けてやれる奴が居ないじゃないか? でも俺は助ける事が出来る……それだけの事さ」
俺がそう言い放つとカルメンの眼にはみるみるうちに涙が溢れる。
そして感極まって声を上げて泣き始めたのだ。
今部屋に居る人間はだれも喋らない。
ただカルメンがすすり泣く声が聞こえるだけだ。
「……タイセーらしいね」
自分の時とダブらせたのだろうか? ドロシアが呟くとその声は静かにゆっくりと部屋の中に滲みて行った。
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