第2話 勇者失格となりました
俺は身体の自由が利かないまま、無理矢理木の椅子に座らされた。
周りに群がるのはごっつい鋼鉄製の鎧を着用した屈強な兵士達。
その後ろには鮮やかなローブを身に纏い、木製の杖を持った魔法使いらしい? 者達が居る。
「束縛の魔法がしっかりと効いているようですが、注意してください。自分が勇者の力を持つと分ると、途端に暴れて魔王へと変貌する輩も居ますからね」
少女は周囲に俺に対して注意するよう呼びかけているようだ。
俺はまだ意識がはっきりしない。
いわゆる混濁状態だ。
口も上手くまわらないが、そんな意識の中で不思議に感じるのはこの金髪の少女が喋っているのが日本語である事だ。
無理にでも喋らないと……自分の意志を伝えないと
「あ、あなた……は……だ、だれ……で……すか?」
「「「「「おおおおおっ!」」」」」
俺が喋った瞬間、少女は驚き、周りの奴等からはどよめきが漏れる。
何とか喋れた。
でも何故日本語なんだ?
「しゃ、喋れるようですね。わ、私はこの国の王女ヴィクトリア・パーシヴァル。パーシヴァル王家の第一王女です」
「おう……じょ」
「そ、そうです! あ、貴方はこのパーシヴァルに貢献する勇者として私が召喚したのです」
「姫様……お下がり下さい。鑑定魔法使いが彼の能力を調べ、魔法水晶で魔力量を測ります」
老齢の魔法使いがヴィクトリアと呼ばれた少女に声を掛け、彼女は俺から離れる。
だが、この爺さん……何とあのBarのマスターそっくりだ!
中年の髭を蓄えた男性魔法使いが俺の傍らに立ち、呪文らしきものを詠唱する。
男の指先から出たオーラのような揺らめきが、俺に触れると俺の身体を何かぱちぱちと刺激のある電流のようなものが満たして行く。
冬場にパチッと痛みを感じるあの静電気みたいな感覚がずっと持続していると思ってくれて良い。
正直、不快な感触であった。
それが5分ほど、続いたであろうか。
「おおおおお! 何と言う事だ!」
「ど、どうした? アレック」
アレックと呼ばれた中年男は傍目からも分るほど動揺していた。
意識がまだはっきりしない俺は目の前の男が何故そんなに動揺しているか全く考えが及ばなかった。
「おお、バルフォア師よ。もう一度、もう一度魔法の発動の許可を!」
「だからどうしたと申しておる! 説明しないと分らぬぞ」
魔法の再発動をと叫ぶ男に対して、バルフォアと呼ばれた老齢の魔術師はアレックに落ち着くように諭している。
「こ、この男! ゆ、勇者などではありませんぞ! 能力は秀でたものが一切無く、はっきり言って全くの常人でございます!」
やがて大きく息を吐いてやっと落ち着いたのか、アレックは俺を指差すと喉の奥から絞り出すような声で叫んだのであった。
おおおおおおおおおおおおお!
人々からは再び、どよめきが起こり、その中には馬鹿な!とか こんな筈では! と言うあからさまな無念の感情が篭もった声も多く混ざっている。
そのどよめきの中で蒼白になり、力なく両膝を突くヴィクトリア王女。
「ま、待て! アレック! そ、そなたのミスと言う事もある。許可する! もう1度鑑定の魔法を使え!」
バルフォアが叫ぶと、アレックは幽鬼のような鬼気迫る表情でまた俺に鑑定魔法を掛けたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺が居る場所、パーシヴァル城の魔法陣がある大広間は今や静寂に包まれていた。
あれだけ居た人々は失意のうちに、この部屋を去っている。
ヴィクトリア王女はあまりのショックに臥せってしまったらしい。
あの後、魔法水晶で俺の魔力を測定したが、こちたも惨憺たる結果だったのだ。
この世界で魔力量ランクは1番上がSらしいが、俺は何と最低のFレベルであった。
1番下がGだから並より上の常人という判定らしい。。
暫く経って俺の身体も時間と共に束縛の魔法の効果が薄れ、動かせるようになっていた。
当然、言葉も喋れるようになっている。
この雰囲気ではどんなに鈍い奴でも大体は空気が読めるというものだ。
つまり、俺は勇者として召喚されたのに全くの凡人として転生してしまったという事だろう。
しかし、王家にとって必要とされない俺は一体どうなるのか?
せっかく転生したのに即、お払い箱と言う事で処分されてしまうのだろうか?
今、俺の前にはバルフォアという宮廷魔術師長しかいないが、俺はおそるおそる聞いてみた。
バルフォアは俺の顔を虫けらでも見るような目で5秒ほど見詰めたが、大きな溜息をついてゆっくりと首を横に振った。
「残念な事だが、お前を殺すなどして処分する事は出来ないのだ」
「な、何故!?」
勝手に呼んでおいて怒りもあるし、処分などされたくないのに俺はその理由を思わず聞いてしまう。
「お前を召喚した魔法にはあの御方の加護があるからだ」
「あの御方?」
あの御方って誰だろう?
俺は勢い込んで聞いてみる。
「創世神様の一子、運命神エクリプス様じゃ。お前は一応エクリプス様の使徒であり、運命神の加護がある事になっておる。そんな者を下手に害したりしたら、とんでもない事が起こると言われておるからの」
バルフォアが暗い目をして黙って指差した方向にひとつの石像が立っていた。
それは……あの時Barに居た金髪の少年だったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、俺は厄介払いされて当座の生活費として白金貨20枚、そして金貨10枚を持たされる。
バルフォアにこちらの物価も聞いて計算したら日本円で約300万円程らしい。
また召喚された時は素っ裸だったので、そこそこましな平民服を着せられて王宮から放逐された。
王家としては、直接処刑などしたら神罰がくだると怖れていたのだが、最低限の世話をして野垂れ死にする分には構わないらしい。
自慢じゃないが、俺はRPGも好きだし、ファンタジーの世界全般には詳しい方だ。
これからはその知識が役に立つかは分らないが、この世界で生きていくしかない。
普通は、よくある転生物であれば主人公最強がお約束なのだが、俺を転生させた神はこれっぽっちもそんな特典を与えてくれなかった。
過去の俺の記憶を移してくれたのと30歳だった俺の身体を推定18歳の若者にしてくれたぐらいだ。
当然、顔も変わっている。
黒髪と黒い瞳は変わらないが、だいぶイケ面になった。
身長も前世より10cmほど高く、180cmくらいあるし、バランスがとれた細マッチョだ。
これなら行ける!
この世界で彼女くらいは出来るかもしれない。
ただ、この世界の事が全く分らないのでバルフォアに少しごねてみたら、いやいやながら案内人をつけてくれた。
王宮の魔法使いのセーファス・モーリスという男だ。
「君、名前は?」
モーリスは最初に紹介された時に28歳と言ったので、推定18歳の俺に上から目線で物言いをして来た。
まあ10歳も離れてれば当然だよな。
俺はとりあえず前世の名を名乗ることにした。
「北斗大成です」
「ホクトタイセイ?」
ああ、そうか、名前と姓が逆だったな。
「タイセー・ホクトと言います」
「タイセーか、変わった名前だな。まあいいや、ゆっくり飯でも食って先々の事を考えようよ」
モーリスは何故か達観したような態度である。
「あ、あの先々って? え~と?」
「名前くらいすぐ覚えてくれよ、セーファス・モーリス、セーファで良い。先々ってのは言っている通りの意味さ」
「言っている通り?」
「君も神の使徒の癖に鈍いなぁ。ああ、そうか。これは内緒だったな! 済まん、済まん! 君と同様俺も厄介払いされたんだよ。あのバルフォアの爺さんにな」
セーファは俺にそう言うと苦々しい表情で舌打ちをしたのであった。
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