第18話 新規開店前打合せ④
俺達は残りの給仕人募集の絵を中央広場と職人広場の掲示板に貼らせて貰った。
ポスター盗難が心配ではあるが、この王都エルドラドでは窃盗が厳罰なのでこんな絵のように目立つ場所にあるものを昼間取ったりはしない。
問題は夜間だが衛兵が結構、巡回しているので結構、治安が保たれているのだ。
「タイセー、お腹空いたよぉ!」
ドロシアが空腹を訴えたので、街の魔導時計を見るともう12時を回っている。
「私も結構、お腹空いたかも」
今度はケルトゥリだ。
俺だって……腹が……減った。
呟きたくなるよ、どこかの1人で食べまくる番組の主人公じゃないけれど。
決めた、帰ろう! ダレンさんの店へ! もう試食用の料理が出来ている筈だ。
俺達はペットフードのCMに出演する動物さながらにまっしぐらに戻ったのであった。
俺が店の裏口を開けると、いい香りが漂って来る。
「わあおん!」
ドロシアが思わず吠え立て、尻尾をぶんぶん振っている。
俺も獣人だったら同じリアクションだったろうね、きっと!
ケルトゥリは黙って鼻をひくひくさせている。
表情はと言うと満面の笑みである。
「おお、待ちくたびれたぞ!」
セーファスが迎えに出て来た。
彼は一足先に帰宅済みでエドと共に俺達を待っていてくれたのだった。
「まずはスープのバリエーションだ」
ダレンさんがいろいろなスープを小皿に盛ってくれる。
ポトフ、ポタージュ、オートミール、エンドウマメのスープ、キャベツスープの5種である。
「全部、美味いな~」
「いけますね~」
この中でも俺が注目したのはいろいろな野菜を雑多に煮たポトフである。
ダレンさんのポトフは鶏がらで出汁を取り、ソーセージやベーコン、人参、じゃがいも、キャベツ、たまねぎを煮込んで野菜の甘味を充分に引き出し、塩、コショウで味付けを調整してそれにワインを隠し味に加えたものだ。
これはスープの出汁のバランスや素材の種類を変えたり、中身の肉や野菜を差し替える事でバリエーションが大幅に増えて、お客を飽きさせないメニューに使えるのではないだろうか?
何気に豆類のスープもバリエーションが色々出来そうだ。
ダレンさんがどんどん料理を運んで来る。
次に肉料理だが、1番使用が頻度多そうな豚肉も塩や香草を使った今までの丸焼きだけではなく、ポークソテーや挽肉から楕円形に成形し、ダレンさん特製デミグラソースを使ったハンバーグが人気を博しそうだ。
俺はそれに揚げ物のバリエーションを加える事を提案していた。
豚肉はトンカツ、そしてハンバーグ素材を生かしたメンチカツ、そして酒のつまみに合いそうな鳥の唐揚げである。
エールにぴったりな唐揚げは勿論、トンカツとメンチカツは彼等が食べた事のない衣の食感と衣にソースが絡んで絶妙な美味しさだと大好評であった。
魚料理は鯉やなまずなどの川魚中心だが、焼き魚を始めとし、蒸し料理や燻製などの手法を多用する事でお客に飽きさせないようにする。
卵料理もダレンさんの得意分野。
オムレツも卵オンリーの物だけではなく挽肉入りの物など彼のバリエーションは多く、スクランブルエッグ、目玉焼きなどを混ぜるとコスパが良くなりさそうである。
パンは当初自家製でもという意見もあったが、手間とコストを考えてダレンさんが懇意にしているパン屋さんから毎日焼きたてのパンを数種類ずつ小まめに仕入れる事になった。
デザートは、これもダレンさんが毎日市場に行った時に1番コスパが良いフルーツにする。
干菓子や揚げ菓子なども構想していたらしいが今回のメニューには手が回らなかったようだ。
最後に酒だがワインやシードルは勿論、エールの種類の多さがダレンさんの店の売りで、実は全てダレンさんが試飲して味を確認したこだわり振りなのだ。
俺は今回、それらを冷やして飲むと言う提案をした。
セーファスが水属性で軽度の凍結魔法で適温に冷やして貰っている。
これは酒だけではなくマグ自体も冷やして酒の温度が上がらないようにしてあるのだ。
最初は半信半疑だった皆もひと口飲むと表情が一変する。
「タイセー、こりゃ、美味いな! 美味すぎる! こんな酒の飲み方があったなんてよぉ!俺は人生殆ど損してたぜ!」
それは大袈裟だって、ダレンさん。
しかし、他の皆も美味いらしく何杯もお代わりをする始末だ。
「セーファさん、分りました? これの作業が出来て、ダレンさんの料理の補助が出来る魔法使いさんが欲しいんですよ」
「ああ、タイセー。良い人が見つかったんだよ、それも2人も!」
「2人?」
「ああ、1人は俺みたいな器用貧乏な魔法使いで直ぐ働けると言うし、本人も乗り気だ」
「へぇ、よかったですね」
「だけどもう1人が…… 俺が魔法省に顔出したら摑まったんだよ?」
「ええっ? 摑まったって?」
「悪い事した訳じゃないぞ。ダレンさんの事を根掘り葉掘り聞いて来た大物魔法使いが居てさ」
何か妙な雰囲気だったと言う。
「それダレンさんに言ったんですか?」
「ああ、……でもほっとけってさ」
「ふ~ん……」
それで俺達の方は巧くいったかどうかと、セーファスが聞いて来た。
「はあ…… 絵は無事に貼れましたよ。でも……」
「でも?」
「ギルドマスターのアデリンさんの食いつきが良すぎて……何かその……」
何か……予感がするんですよと言うと、セーファスも大きくふうと溜息をついてこう呟いた。
「タイセー、それ……何かこっちの大物魔法使いと同じ……だな」
その時であった。
セーファスと話していた俺の肩が背後から思い切り叩かれたのだ。
「い、痛ってぇ~」
「な~に、話しているのさ、タイセー!」
「そうよだよぉ! 美女2人ほっといてさ」
振り返るとケルトゥリとドロシアである。
叩いたのはケルトゥリらしい、思い切り叩きすぎて自分も痛かったのであろう、手を擦っている。
そして2人共、顔が赤い! 更に目も据わっている!
これは、やばいと思ったのだろう。
セーファスがそそくさと席を外す
……に、逃げたな!
「そ、そうだ! 2人に話す事があったんだよ」
目の前にどかっと座った2人は俺の顔を見て、にやにやしている。
目つきが悪いな……
あ、あの……あんた達はどこぞの不良ですか?
まあ、良い、とにかく話をしなくちゃならん。
「俺、マニュアルを作ったんだ」
「マニュアルって何?」「そうそう何よぉ?」
「給仕人のマニュアルさ、開店から閉店までの段取りとお客さんがお店に来た時から帰るまでの応対の仕方を纏めてあるんだ」
「それが、どう私達に関係あるのよぉ?」「あるのよぉ?」
うわぁ! 絡み酒だよ、こりゃあ。
「あ、あのさ。今日俺達で給仕人募集の絵を貼ったけど、良い人が来なかったら皆で暫く手伝う事になりそうかなと思ってさ」
「タイセー!」「そう、タイセー!」
いきなり怒鳴る2人。
「貴方、酒場でドロシーが変な冒険者に口説かれても平気なの?」
「そうだよぉ、ケリーが酔っ払った変な冒険者に抱きつかれても平気なのぉ?」
ええっ!? いきなり何?
そりゃ、嫌だけどさ、良い訳ないじゃない。
「だったら!」「そうそう!」
勝ち誇るように言い切る2人!
「しっかり2人を摑まえてて!」
「そうそう、あたしもケリーだったら良いよって!」
そう言うと2人共、また冷えたエールが入ったマグを掴んでぐいっと一気に飲んでいる。
やがて船を漕ぎ出した2人はソファに座ったまま、仲良く眠り込んでしまったのである。
その瞬間、またぽんと肩を叩かれた。
いつの間にかダレンさんが毛布を持って立っていたのだ。
「ははは、もてる男は辛いな」
「ああ、ダレンさん」
「お前の教えてくれた料理とこんなに美味い酒の飲み方で店も巧く行きそうだ」
にやっと笑いながら、眠りこける2人にそっと毛布をかけてやるダレンさん。
「お前、この娘達は大事にしてやりな、それが男の甲斐性ってなもんよ」
「はい!」
俺は苦笑いをしながらもはっきりと返事をするのであった。
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