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第17話 新規開店前打合せ③

 俺達はその場で何人もの冒険者に囲まれてしまう。

 まあ取って食おうとかそんなものじゃないし、アデリンさんが居るから大丈夫なんだが。


「皆さん、どうしたんですか?」


「どうもこうもダレンさんの店にはまた行きたいと思っていたんだけど……そのメニューも一新するんだよね、実はいつも同じような料理だったから……」


 ああ、その先は仰らないで結構です。

 今度は日替わりもありますから、安心してください。

 お気持ちは大体分りますから……


「オープンは10日後なのか? ギルドカードを持っていけば割引なんだろう?」


 そうです! 5%割引ですよ。

 だからぜひ、ご来店くださいね、お願い致します!

 俺達は矢継ぎ早に質問をされたが、こんな感じで出来る限り丁寧に答えておく。


 こんな対応が後々の集客に繋がるんだよね。


 そんな俺達のやり取りをアデリンさんは最初はにこにこして聞いていたが、態度が一変したのは給仕人募集のポスターを見てからであった。


「ちょっと、ちょっとタイセー」


「これって?」


「さっき掲出する前に見せましたよね? ダレンさんの店の給仕人募集の絵ですよ」


 そんなもの見ちゃいねぇって奴ですね、分ります。


「給仕人って?」


 ええっ? 給仕人……知らないんだ?


「だって餓鬼の頃から冒険者一筋だったからねぇ」


 俺の心の声を見透かしたかのようにアデリンさんが呟いた。

 やばい! 目が怖い、ダレンさんみたいに変な音で指を鳴らさないのは助かるけど。


「給仕人は店でお客様が食事をする時に相手をしていただく従業員ですよ。料理のオーダーを取ったり、料理があがったら、それをテーブルに出したり、たまに厨房で洗い物など雑用もして貰います」


「へぇ……、そんな事、今までダレンが1人でやっていたのにね」


「ダレンさんには料理に集中して貰いたいのでそういう方を雇う事を決めたんです」


「成る程ねぇ、ねぇ……これ、給与当店規定、経験者優遇、休日週休2日、シフト制可能、随時募集、委細面談って何?」


「給与当店規定はダレンさんの店の規定に基づいて給料を払うって意味ですよ。経験者優遇は給仕人の経験者は採用の可能性も含めて良い条件を提示しますって事です。


「そうか……経験者が有利なんだね」


 まさか……でもこれって、まる分りだよね。


 焦った俺はしっかりフォローしておく事にした。


「でも、未経験者が駄目って訳ではないので、応募は出来ますからね」


 その時のアデリンさんの顔色ったら……ぱああっと光るってこの事か。


 やっぱり分り易いや、俺は気を取り直して説明を続けた。


「週休2日は1週間のうち、2日休みが取れて、シフト制は午前出勤と午後出勤の勤務形態の勤務の相談が可能、随時募集は暫くの間、すぐに働ける人を募集しますって事で、最後の委細面接は詳しい条件は実際に会って説明しますのでそれで決めましょうって事です」


「成る程ねぇ……うん、分った」


 分った……か、俺は知らないよっと!

 気がつくと俺とアデリンさんの周りには人垣が出来ていた。

 俺が説明した店の労働条件をメモしている人も居た。

 応募しようと思ってくれたんだろうか?


「じゃあ、アデリンさん、ありがとうございました」


「ああ、またね・・・


 俺は最後の言葉の意味が気になったが、とりあえず冒険者ギルドを後にしたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 次に行かなくちゃ行けないのは、ケルトゥリの前職場であるパーシヴァル・タイムズだ。

 俺が行って退職の話をしなくてはならなくなった、何故に?

 社屋に着いて扉をノックしたが相変わらず、ミラードは出て来ない。

 また借金取りでも来たと思って居留守を使っているのだろう。

 俺が肩を竦めてケルトゥリを見ると、彼女が代わって扉の前に立った。


「私よぉ! ミラード」


 ケルトゥリの声で扉が恐る恐るといった感じで開かれた。

 そして立っているのが間違いなくケルトゥリだと認めるとやっと扉が開いたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「な、何だって! う、うちをやめたい!?」


 ケルトゥリが退職したいといった時のミラードのうろたえようは異常と言ってもいいほどだった。


「ええ、そうよぉ」


 それに対してケルトゥリは淡々としたものだ。


「り、理由は、理由は何なんだ!」


「はい、タイセー、説明してね」


 いきなり俺に話を振るケルトゥリだが……

 おいおい、ミラードが今にもかみつきそうな狂犬顔で俺を睨んでいるよ。

 まあくどくど説明しても同じだからな、シンプルに話しますよ。


「はっきり言えば、彼女は御社をやめて俺達と仕事をしたくなったそうですよ」


「ど、どうしてだ!?」


「どうして? と言われても、ミラードさんの出した新しい労働条件が合わないからじゃないですか? 確か代わりはいくらでも居るって仰っていましたし、後は俺に聞かれても分らないので、本人と直接話してください」 


「ぐうううう……」


 ここでケルトゥリが身を乗り出して、ここぞとばかりに捲くし立てた。


「だって貴方、私に無理な広告の営業やれだの言ったわよね。私が拒否したらだって言ったのは貴方だし……」


「ぐうううううう……」


「ああ、ミラードさん、別件の話もあるんです。あくまでもダレンさんの意向という事でお伝えしますが、今回の広告掲載もお断りさせていただきますので」


 俺はさりげなく広告出稿の断りも入れる。


「な、なあ~っ!」


 確かに従業員はやめるわ、充てにしていた広告は入らないわでダブルパンチだけど……

 そんな哀れな目をして俺を見ないでよ、只でさえ前世の上司だった部長に似ているんだからさ。


「ケ、ケリー、頼む! 昔付き合っていた仲じゃないか? 頼む! 戻ってくれぇ」


 えええっ! このおっさんとケルトゥリが……付き合っていたの?

 あらぁ、ミラードが土下座までしてケルトゥリに戻って欲しいと頼んでいる。

 恐る恐るケルトゥリを見ると……う、うわぁ! まるで般若だよ。

 アールヴに般若って例えは変かもしれないけど、この時はそう思ったんだ。


「最低ね! タイセー、ドロシー、もう行こう!」  


 ケルトゥリは哀願するミラードに冷たい一瞥をくれると俺とドロシアの手を掴んで逃げるように部屋を出た。

 そしてそのまま俺達の手を引っ張って中央広場まで走ったのだ。


 流石に息を切らして立つ俺達。


 辺りを見回すと広場のベンチが丁度空いていたので3人で腰を下ろす。

 ベンチに座ったケルトゥリは漸く俺達の手を離すと、顔を上に向けたのだ。

 俺はそのポーズがどういう意味なのか、知っている。

 俺も悲しくて泣きそうになる時、人に涙を見られないようにそうするから……


 今のケルトゥリは俺達に涙を見せたくないのだ。


 10分ほどしてやっと彼女は、ぽつりぽつりと話し始めた。


「あの人ね…… 昔は颯爽としていたのよ、あの瓦版だって昔の内容はもっと夢に満ち溢れていたの」


 ぐすんと鼻を啜るケルトゥリ、俺はすかさずハンカチを渡してやった。

 彼女はありがとうと言い、ハンカチを受け取ると鼻ではなく目頭を押さえた。


「でも巧く行かなくて、あいつはやけになって人間の女と付き合い始めて、私とは別れるわけもなく……いわゆる私は都合の良い女だった」


「…………」「…………」


「月日が経って、私とあいつは男女の仲ではなくなったけど、仕事仲間としては続いていた……だけど昔のときめきは一切無かったわ。単に惰性で仕事をしていたの」


「そんな時に俺達と会ったんだな」


「そう、あなたたちと頑張ればこんな私でも仕事に前向きに取り組める気がするのよ。ふふふ、特技も無いし、逆にわけありでこんな不器用な女だけど、あなたたちの仲間にしてくれる?」


 ケルトゥリは泣いて真っ赤になった目で俺達を見つめている。

 俺達の返事は当然決まっていた。


「大歓迎さ!」「あたしもぉ!」 


「あ、あ、あ、ありがとうぉ!」


 俺とドロシアの返事を聞いて感極まったのだろう。


 ケルトゥリはゆっくりと手を伸ばし俺達に抱きつくと、人目も憚らず抱きついて号泣するのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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