第11話 冒険者ギルドに相談しました!
午後1時……
俺とダレンさん、そしてセーファス、ドロシアの4人で、このパーシヴァル王国の王都エルドラードの冒険者ギルドにやって来た。
冒険者ギルドに来る前に俺はダレンさんと大事な話をした。
セーファスが提案したギルドカードを使った割引の件である。
ダレンさんの店の経営にも関わる事なので俺とセーファス、そしてダレンさんの3人で、じっくりと話し合って折り合いをつけたのだ。
あとはギルド側の了解を貰うだけである。
エドは今回も店の2階で詩を作りたいと希望したので今回も留守番である。
前日にダレンさんに案内された時から感じていたが、この冒険者ギルドはエルドラードの街屈指の大きな建物だ。
白亜の豪邸と言ったら妥当な表現ではないかもしれないが、白壁が映える5階建ての豪奢な建物で遠目からも良く目立つ。
同じ色と材質の5mくらいの壁に囲まれ、正面の正門には衛兵が2人。
中に入ると敷地も広く大きめな野球のグラウンドひとつが楽に入るであろう。
正門から真っ直ぐに延びた本館への道の向かって左脇には別館が配置され、魔物の素材の買取や戦利品の鑑定を行っている。
そして右脇には大きな噴水が勢い良く水を噴き上げており、その周りに配置されたベンチには様々な人種の冒険者が思い思いに語り合っている。
まるでどこかの大学のキャンパスを思わせる趣である。
結構な冒険者の数が居るとは思ったが、朝の依頼受付と夕方の報酬支払いの時間帯が冒険者で混雑するピークなので、今居る冒険者の数はこれでも全然少ないそうだ。
ドロシアも冒険者ギルドへは初めて入るとあって最初は緊張していたが、その開放的な雰囲気に俺の手を握り、飛び跳ねながら歩いている。
セーファスもずっと研究に明け暮れていたので王宮から滅多に外出せず、冒険者ギルドに来るのは初めてだそうだ。
そのせいか辺りを物珍しそうに眺めている。
この街に疎いセーファスが俺の案内役って……やっぱり彼を王宮から追い出す口実じゃないか。
俺はそう思ったが、黙っていた。
はっきり意見を言うべき時は確かに有るが、今回は間違い無い! こういう時の沈黙は金である!
おのぼりさんのような表情をしている俺達4人に対して、しかめっ面をしているのは居酒屋英雄亭の主人であるダレン・バッカスだけであった。
やがて俺達はギルド本館の入り口から1階のフロアに入る。
その瞬間、ざわめきが起こり、何人もの視線がダレンさんに注がれた。
カウンターの奥に座っていた40歳くらいの銀髪で太った人族の男が徐にカウンターの仕切りを外して、こちらに歩いて来た。
「ダレンさん、知り合い?」
ドロシアの問いに、眉間に皺を寄せて不機嫌そうに小さく頷いたダレンさん。
やがてその男はダレンの表情に反して意外にも弾ける様な笑顔でダレンに話し掛けて来た。
「やあ、ダレンさん、やっと決心が着いたのか?」
決心?
決心って―――何だ?
「いや、それは、一切ねぇって、ギルドマスターに伝えてある筈だ」
「本当かい? じゃあ今日は何の用だい?」
何かお願いされている事に対して受ける気が無いと答えたダレン。
「頼みがあって来たんだ」
「頼み? 珍しいな。どっちにしろギルドマスターからは、あんたがギルドに顔を見せたら、すぐ部屋に通すよう言われている。こっちだ、案内するよ」
ふ~ん、何か事情がありそうだが―――凄いな。
ギルドマスターが待ちわびているなんてさ。
「で、こっちの連中はまさか、新しいクランの仲間か?」
ギルドの職員は俺達を無遠慮に指差すと怪訝そうに眉をひそめた。
「まさか! 俺はとっくに現役引退しているんだ。そっちの方は更にねぇよ。こいつらは今回の頼み事に関係しているんだ」
「そうだよなぁ、皆、華奢で冒険者って感じじゃないしな」
銀髪の中年男は自分で勝手に納得すると独り言ちる。
……悪かったな、華奢で。
事実だから言い返せないが……
俺達は1階の職員用、魔導昇降機というのに乗せられる。
これはさる迷宮で発見された魔導昇降機をこの国の魔法省の魔法使い達が分析して一般に普及させたものらしい。
このエルドラードの街の事を教えて貰っていたある日、セーファスが自分の事のように自慢していたのだ。
ギルドのエレベーターは職員のみが起動できるようになっており、一般の使用は禁止のようである。
エレベーターの乗り口もカウンターの内側の職員の詰め所内にあり、一般人は簡単に使えないようになっている。
ギルド職員の中年男が水晶製の丸い突起に手を触れてエレベーターを起動させ、扉が閉まると、あっと言う間に階数を指す針が動き、5階の所で止まる。
どうやら、最上階の5階にギルドマスターが居るらしい。
俺達はギルドマスター室の隣にある応接室へ通された。
隣室で人が動く気配があり、壁際に設けられたこれも何か魔法処理がされたらしい扉が開くと深緑の革鎧を装着した長身痩躯で金髪のロングヘアをなびかせた碧眼の女性が現れる。
年齢は40代半ばといったところだろうか。
ダレンに対する眼差しが優しい。
もしかしたら昔のクランの仲間だろうか?
「ダレン! 珍しいじゃない? もう決心がついたの?」
「さっきワトキンにも言ったが、そんな気は全然ねぇ。ただ、頼みがあって来たんだ」
「ふふふ、私に頼み事をするの? 高くつくわよ?」
「悪いが、あの話なら飲めねぇ…… それ以外の条件なら内容次第だ」
「あら、虫が良すぎるんじゃなくて!? それでは話にならないわねぇ」
「な、なんだとぉ!」
「何よ!」
あらら……雲行きが怪しい。
「ちょっと、ちょっと待ってください、ギルドマスターさん!」
俺はダレンさんとギルドマスターの間に入り、2人の諍いを止める。
しかし……
「アデリン!」
「は!?」
「あたしの名前よ、アデリン・メイヤール、そこの親爺はよく知っているけどね」
「こら、アデリン! 誰が親爺だ!」
ダレンさんがいきりたつが、ギルドマスターは彼を完全に無視している。
そして俺の方を向くと悪戯っぽい目で俺を睨む。
「こらっ、少年! 女が名乗ったんだ! あんたも、ちゃんと名乗りなさい!」
「す、済みません。タイセー・ホクトです」
俺が名乗ると、彼女は全身を嘗め回すように見詰めてくる。
「ふうん、タイセーか? あんた、不思議と言うか、面白い魔力波しているわね」
「だ、駄目っ! あたしの! あたしのだからっ!」
ドロシアが慌てて、彼女の目から隠すように俺の前に立ち塞がった。
「あっはっは! 大丈夫、あんたの色男を取りゃしないわよ。で、あんたは?」
メイヤールさんは、豪快に笑うとドロシアの名前を尋ねた。
その勢いに飲まれたようにドロシアはか細い声で呟く。
「ド、ドロシア・ダングール」
「はははっ! ドロシーか、よろしくね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それで理解していただけましたか?」
俺はダレンさんの話を組み直して、ギルドマスターのアデリンさんにも分り易く、説明した。
「ええ、じゃあこれは、そこのおっさんからのお願いではなく、契約って事ね」
誰がおっさんだと憤るダレンさんを無視して俺は話を進めた。
「そうです、ダレンさんの店の宣伝用の絵を掲出させて下さい。掲出期間に応じてギルドに掲出料を支払いますよ」
「場所と紙の大きさにもよるけど、全然構わないよ」
アデリンさんは、太っ腹である。
「紙1枚の大きさはギルドの依頼用の紙の2枚分くらいでいかがですか」
俺は、先程見たギルドの1回に掲出されていた冒険者宛の依頼用紙を思い出していた。
大体前世の紙のサイズで言えば約A3サイズの大きさだった。
倍となれば約A2サイズである。
倍で行くとすれば、いわゆる良く駅で見られるポスターサイズ1枚サイズのB1サイズよりふた回り程、小さくなる。
「ああ、構わないよ」
「掲出料、いわゆる貼らせていただく料金は、どれくらいで受けていただけるんですか?」
「そうだね……その大きさの紙1枚につき1週間で銀貨1枚ってのはどうだい?」
これも多分、格安といって良いだろう。
しかし、俺はダレンさんの為にもういち押しする事にした。
「じゃあ、1ヶ月銀貨3枚では?」
「ふふ、良いよ。あんた、なかなか商売上手だね」
「お褒めに預かり光栄ですよ。で、掲出場所は改めてギルド内を見させて貰ってご相談しても良いですか?」
「問題ないよ」
「じゃあ、これからが本題です」
俺は今日の大きな問題である冒険者登録用のギルドカードを使った企画を提案しようとしていたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。