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[本当の始まりに向けて]

 続けて牽制の一発を少女の方へ。あえて狙いを定めず、弾筋を読ませない。穹と同じ芸当ができるとは思ってないが、一人の前例がいると警戒もする。それにここは一種の無法地帯。通常の法則など、当てにならないといった意味での。

 打った弾丸は狙いを定めなかった故か、少女にかすりもせずに壁に着弾。少女自身は身を竦めていたので効果はあったと言える。

 だが、その間に男が俊足で前進。狙いは明らかに一条だ。

「おれっすか!?」

『にゃっはっはっは! いいぞ、やるにゃ!』

 煽るリトルグレイ。実況なんだったら、公平に徹してほしいものだが。

 一条は先の一撃の硬直から解放されてはいたが、猛然と迫る男に対して及び腰だ。しかも、彼に与えているのはナイフ一本のみ。いざという時に振り回せば牽制になると思って持たせたものだが、あの男相手には通用しそうにない。

 穹はホルスターに銃を収め、その代わりにナイフを引き抜きざまに男を強襲。

 見透かされているのは目に見えていたが、穹が斜め横の位置からナイフを突き出すのへ、無造作に手を伸ばされ、

「っ!」

 ナイフ自体を掴まれて、ありえない力で振り回された。

 このままでは床に叩きつけられる。

 一瞬の判断でナイフから手をはなし、さらに自ら転がることで距離を開ける。それも、一条のいる方に。

「一条」

「な、なんすか?」

「意外に状況は厳しい――が」

 穹は自分の口元が笑みを形作っていることを自覚していた。

「約束通り、五体満足で帰してやる。だから、お前は言いつけに従って能力を発動させとけ」

「わかったっす。どのみち、おれに出来ることなんかほとんどないんすから……」

「はは。じゃ、後学のためによく見とけよ」

 視線の先で男が穹から奪ったナイフを弄んでいる。少女も腕を突き出した構えで向かって左後ろに陣取る。相変わらず、掴んでいるものは見えない。

「これも仕事なんでな……悪く――」

 重心を前に、蹴り出す足に体重を乗せず、前に置いた足の膝から力を抜くことで、滑らかな動きで男に肉薄。

「思うなよ?」

 先ほど俊足を見せた男だったが、それは巧みな体運びというよりは強靭な筋力の賜物。ナイフを素手で掴み取り、そのまま振り回したカラクリはわからない。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 滑らかな走り出しに一瞬の虚を作った男だったが、すぐに迎撃の体勢を整える。

「いいな、お前。だけど残念だったな」

 男の一メートルほど手前で、穹は走り出しと同じく重心の移動で体を右に。

 ホルスターから二丁のグロックを引き抜き、そのまま射撃。狙いは少女。

 戦い慣れしていないのか、走っている最中も威嚇や援護の射撃がなかった。そのことを考えて、男を挟んだこの位置取りではあの少女も撃てまい。

 フルオート機能は使わず、狙った箇所に正確に弾丸を撃ち込んでいく。

 まず退路を塞ぎ、そして、胴体に計15発という、ロングマガジンの半分ほどの鉛玉を叩き込む。

 吸い込まれるように弾が少女の体に着弾。ほぼ同時に紅い花を散らし、力を失った肢体は床に崩れ落ちた。

『にゃっ、容赦にゃいにゃ……』

 ハクの呆然とした呟き。

「おいおい、別に殺傷力のある弾じゃないだろ? 容赦ないとは随分な言われようだな」

 それに、と穹は続ける。

「たとえ、この弾が殺せるもんだとしてもだ。オレはそんなことで躊躇ったりもしないけどな」

「……鬼畜なだけですよね、それ」

『そうにゃ……』

 そういう世界で生きてきた。それに、女だからと弱かった奴らなんていなかった。それぞれに牙を磨き、性差ゆえの弱さを自覚した上で、それを乗り越えて挑んできた。

 それを正面から迎え撃たなくてどうする。

「お前も、その程度の気持ちでこの場に来てるわけじゃないだろ?」

 問う先は、穹が撃った少女本人。彼女は痛みに顔を顰め、もがきながらも身を起こす。

「そうよ。この程度で恨み言なんて、言うわけないでしょ!」

 この試合に置いて、殺傷性のある武器は支給されていない。グロックに装填されている弾丸は着弾と同時に一定の痛みを与える効果のあるペイント弾。ナイフも鉄製だが、刃物としての機能はない。ただ、こちらは鉄の棒だと思えば、いくらでも殺傷するだけの使い方は出来るが。

「手を抜かないでくれたことに感謝するわ。でも、このくらいで戦線離脱するほど弱くない。そこは見くびって欲しくないわね」

「見くびってないさ」

 このペイント弾で与えられる痛みは実弾のおよそ十分の一。それがレギュレーションに書かれていた効力だ。つまり、15発もの弾丸は実弾1発の1.5倍もの痛みを与えた計算。単純なものでもないのだろうが、素直に称賛に値すると思う。

 だから、その称賛は態度で表わそう。

「だから、叩き潰してやる。お前ら二人まとめて、な」

 穹の挑発に、二人は、

「面白いことを言う」

「その傲慢な鼻っ柱を叩き折ってあげるわよ」

 そう応じ、男は素手のまま、少女は左手に銃、右手にナイフを構えた。

『第二ラウンド、といったところかにゃ? しかし――』

 実況席のハクはちらりと一条に視線を向け、

『ハク以上に部外者感があるのは気のせいかにゃ? いちじょー』

「わかってるんすよ? この場でおれだけ何もしてないってのはわかってるんすけど、何もできないんすよ……」

『哀れにゃ……どうしてそいつをデビュー戦に出場させたのか謎にゃ』

 その思いはわからなくもないが、一条が役に立たないのは致し方がない。能力の運用について、目途が立たないのだから。だから、今回は別の役に立ってもらおう。

「一条、お前はただ見ていろ。見て、学べ。敵を倒すとはどういうことか。倒すにはどうすればいいか」

「しょうがないっすね。今回は勉強に徹するっすよ」

「ああ、それでいい」

 後の全てはオレが引き受ける。穹はそう呟き、少女と同じように左手に銃、右手にナイフを持つ。だが、構えない。

「叩き折ってやるわ」

「やってみやがれってんだ」

 挑発が行き交い、そして、銃声が戦いの火ぶたを切って落とす。

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