[規則上の闘争=試合]
「なんで、この銃とナイフの組み合わせなんですかね?」
「さあ? グロック社から譲り受けたんじゃないのか」
今回の試合の規定上、使用できる銃器がグロック18C、及び刃物がFeldmesser78。グロック社から譲り受けたとしか思えない組み合わせだが、
「そんな訳ないだろう。戯言はいいから準備してくれ」
オーナーにせっつかれ、銃本体と予備マガジンを一条の分も含めてすべて穹が装備。ナイフだけを一条に寄越す。
「戦略としては間違ってないんすけど、なんだか心許ないっすね」
「それこそ戯言だ。オレが倒されない限り、お前は五体満足で帰してやる」
「その前提がそもそもおかしいっすよ。そりゃまあ、負けるつもりがないのは結構なんすけどね……」
ため息を聞き流し、準備室の向こうに広がっているであろう試合会場に思いを馳せる。
デビュー戦ということもあって、かなりの条件が事前に提示されている試合だ。その中には会場の構造や設備に関わるものもあった。場合によってはすべて秘匿される場合もあるから、随分と気を使ってもらっているということなのだろう。
ありがたいかどうかは別にして、役に立つのは確かだ。
今回の会場は基本的にだだっ広い空間。そこにいくつかの障害物兼遮蔽物としてコンテナが置かれているらしい。
二人対二人のタッグマッチ。だが、こちらの一人は本人が言うとおり戦力にならない。となれば、ひたすらに遮蔽物で身を隠していてもらうのが最善だが、
「正直、そこにたどり着くまでが難関かもな」
コンテナは開始指定位置からおよそ十メートル。普段ならなんてことはない距離だと思われるが、全力疾走にして一秒半程度。だが、初手から攻撃を仕掛けられたらかなり危うい距離だ。
「相手の能力がわからないってのが、一番ネックっすよね」
「だが、それはあっちにしても同じだ。ついでに言うと、お前すらオレの能力を知らない。そういえば、宿題出してあったよな?」
「御鏡さんがどうやって銃弾を止めたか、っすか?」
「そうだ。まあ、傍から見ているオーナーよりもお前の方がはるかにわかりやすいだろうがな」
穹は笑い、今一度装備の確認をしてから扉の前に立つ。
一条もナイフを心許なく握りしめながらも続き、
「デビューっすね。今までの仕事はなし崩し的に始まってましたから、新鮮っす」
「心震えるな」
ブザーが鳴り、ゆっくりと扉が開く。切れ目のような隙間も次第に広がり、先を見通せるようになる。
一歩、試合会場へ足を踏み出す。
歓声はない。およそ50メートル四方のスペースと、その上方に設けられた透明な素材の観覧ブース。そのブースからは不躾ともいえる視線がいくつも差し向けられた。だが、その一方で、何らかの紙片を握りしめて目を爛々と輝かせる輩も散見される。
「地下プロレスとかとはまた違った雰囲気だな」
「そっすね……」
一条はサングラス越しに観覧ブースを見回し、重いため息をつく。
「胃が痛くなってきたっす。予想以上にこういう視線ってきついんすね」
「はっ――このくらいなら可愛いものだ。それに、興味を持たれていることそのものに感謝すべきだぜ?」
「そんなもんっすか?」
穹はああ、と答えて改めて不躾な視線を一つ一つ正面から見返す。どいつもこいつも一癖も二癖もありそうな連中だ。恐らく、などと言うまでもなくどこかしらのチームに属する選手だろう。興味本位か、敵情視察かどうかは別にして、手の内を晒しすぎるのは避けたいところだ。
視線を正面に戻し、彼我の差50メートルの位置にいる相手を見つめる。金髪ツインテールのフリフリした服を着た少女とも言える年齢の女性と、もう一人、朴訥とした風貌の30代と思われる男。
穹は少女を差し置き、男をつぶさに観察する。一本芯の通った、乱れのない立ち姿。飾り気のないジャケットにジーンズという出で立ちだが、その下に隠れた筋肉の張り。
「ふむ……」
昨日見せてもらった試合の映像ではどうしても能力の応酬という形が目立ったが、これは面白くなりそうだ。
「その笑い方、怖いっすよ。相手の女の子おびえてるじゃないっすか」
「それのどこが悪い。気迫で負けるなら、その程度の相手ってことだ」
雑談を交わすうちに、右手側の壁が開く。どうやら、そこも扉になっていたらしい。そして、そこから出てきた人物に少々意外感を抱く。
「この度、チーム『愚者』のデビュー戦の審判を務めさせていただくアカネと申します。よろしくお願いします」
受付にいた時と同じ臙脂色の上着に身を包んだアカネが恭しく頭を下げる。だが、穹は彼女の様子は目の端に留めるのみで、関心は観衆へと移っていた。誰も、彼女がそこに立っているということを疑問視する者はいない。そればかりか、特別の興味を抱いているだろう熱のこもった瞳を向けている者もいる。
まあ、一部にはアイドル的なものを見るような異様な熱もあるにはあるが……
「では、両者ここへ」
促され、青い線で囲まれたフィールド内へ。どちらも揃ったことを確認すると、
「当試合の大まかな説明を致します――」
そう前置いて、制限時間や勝利判定、攻撃の許容範囲についてすらすらと述べていく。そして最後に、
「試合継続不可と判断を下してもなお対象への攻撃が続行された場合、審判権限で介入、及び制裁行動をとらせていただきますので、くれぐれもご注意ください」
にこやかにそう告げた。相手方の少女もこれには目を丸くするが、相方は意に介した様子もない。やはり、経験者か。
穹はアカネを見る。どちらかと言えば華奢な、しかし女性らしい体躯。だが、直感が正しければ相当な実力者だ。
如何しましたか? と問いたげな視線で見つめ返され、穹は何でもないと首を振る。納得の頷きをもって二人の無言の会話は終了。
そして――
『にゃーははは!』
耳をつんざく轟音による哄笑。なんか聞き覚えのある特徴的な『にゃ』という言葉遣いは、
「リトルグレーか……」
『だーれが、リトルグレーにゃ、キサマぁ!』
「器がリトルっすね」
一条がぼそりと言う。だが、それも聞こえていたようで、
『アカネ、こやつらに今すぐ制裁を、制裁を加えるにゃぁ!』
「却下」
即答だった。しかも切り捨てるような言葉。
『がーん……同僚にすら見捨てられたにゃ』
意気消沈したのか、音量が少し小さくなった。
『もういいにゃ。淡々と実況するにゃ』
初めからそうすればいいのに、と穹は思う。それは朴訥とした男も同じ思いのようで、観覧ブースの一角、いまや実況席となった場所に目をやってやれやれと頭を振る。
「アレはほっといていいから、始めようぜ」
「そうですね。では、両者、礼」
掛け声に合わせて軽く頭を下げる。少女は少し気取って、男は少し腰を曲げて、そして一条はやあ、と言わんばかりに軽く手を上げて挨拶。
それが終わったところで、相手と距離を置き、アカネもフィールド内の邪魔にならない位置へ。
『デビュー戦始まるにゃー……』
「…………」
やる気ないならやめればいいのに。
取り留めのない思考はアカネが手を振り上げることで中断される。気にしてる場合じゃなかったな。
「開始と同時にまずは隠れる」
「了解っす」
穹は集中。戦闘状態へ心と体を切り替える。一瞬でそれは完了し、
「っ」
振り下ろされるアカネの手がゆっくりと見える。
振り下ろされるまでの時間がひどく長い。いつものこととはいえ、明確に開始地点を定められるとこういう感覚なのか、と新鮮にも思う。
「始めッ!」
彼女の言葉と同時、重心を左へ。一条も少し出遅れたものの、動き出そうとし、しかし、
乾いた発砲音が一つ。
一条の足が反射的に強張り、体の動きを止める。
「先手必勝、か?」
視線の先には構える少女。何を? しかし見えない。
そう、何かを構える姿勢だが、その手には何もない。だが、空中にあるのは弾丸。射撃そのものを疑似的に行う能力か。いや、見えなくしてるだけだ。
根拠は手指の形。グロック独特の角ばった形状を握った時のものだ、あれは。
銃弾は一条へ。穹は体勢がすでに左へ向かっている。
穹はロングマガジンを装着したグロックを引き抜きざまに一発放つ。
弾丸の行方など追わない。経験上、必要ない。
『にゃにぃ!?』
ハクの驚きの声。アカネの眉がわずかに動く。
そのくらいで驚くなよ、銃弾を弾いただけで。
冷めた思考のまま、穹は次なる行動に移る。