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[受付嬢(紅白)]

 一旦廊下へ出たあと、延々と代わり映えのしない白を見続けながら歩くこと五分。位置関係の把握を諦めたくなるほど平坦な色彩は急に途絶え、一転して華やかな、いや、派手な色彩が咲き乱れる空間へと出た。中央部にはカウンターが備えられ、受付嬢と思われる女性が応対をしている。

 宙に浮かぶ映像を映したボードの数々。そして、それを見上げながらグラスを傾ける人々。

「ここがロビーだ。そこらへんにいるのは、観客か選手のどちらか。まあ、選手も観客になれるから、どのみちここにいるのは観客ということだね」

「なるほど。自分の試合じゃない限りは観戦できる訳だ。いい暇つぶしになるっすね」

 穹はさっと人々を見回し、ここに屯している連中の九割は瞬殺できることに確証を持つ。特殊な能力をもっていようとも、それを使用する人間が愚鈍ではどうしようもない。

「…………」

 だが、瞬殺できなさそうなうちの更に数名。穹は思わず戦慄し、そしてにやりと笑う。

「楽しそうだね?」

「ああ、楽しくなりそうだ」

 一筋縄で行かないどころか、太刀打ちできるかも怪しいかもしれない数人。警護の仕事ではついぞ出会えなかった本気で命を削り合えるような相手がここには確実に存在する。そのことに歓喜しないわけがない。死にたいわけでも殺したいわけでもないが、どこか血に飢え、そして強敵とあいまみえることを望む自分が確かにいる。

「怖いっすよ、御鏡さん」

「どうとでも思っとけばいい」

 そう、他人の視線など知ったことか。

「ま、観察はそのへんにしといてよ。これから登録しなきゃならないんだから」

 オーナーの言葉に視線を向けると、その指は受付を指差していた。

「わかったよ」

 円形に組まれ、四方にあるカウンターのうち、来た方から一番近いところだ。

「ようこそ。チームの選手登録ですね。こちらにチームのオーナーカードを」

 手馴れた様子で制服らしい臙脂色のジャケットを着た女性は応対する。オーナーも慣れているとまでは言えなかったが、自然な動作で上着の内側からカードを抜き、示された機械へとかざす。

「確認できました。これより、チーム『愚者』の選手登録を開始します。お二方はそちらに必要事項をご記入願います」

 受付嬢が腕を振ると、穹たちの目の前にそれぞれボードが現れ、文字列と四角枠が表示され、さらに手前側にキーボードと類似した配置の入力用と思われるボードも現れた。

「言っておくが、やり方はしらないぜ?」

「言われなくても知ってるよ。今から説明する」

 オーナーの前には別のボードが表示されていたが、それを放置して穹たちに使い方の説明をかなり端折った形でする。

 一条は流石に飲み込みが早く、さっさと入力を開始する。穹もその様子を横目に眺め、見様見真似で入力を行う。しかしわかれば早いもので、名前に始まり、性別や年齢などの各種項目を埋めていく。多くある項目を最後まで埋め終わるのに十分はかからなかったはずだ。

「ありがとうございました。では、少々お待ちください。すぐに登録をいたしますので」

 受付は手元にボードをいくつも表示しては消しを繰り返し、手続きらしきものを進めていく。その様子を手持ち無沙汰に眺めていたのだが、気になることがあった。

「あんたは元選手なのか?」

「……好奇心からの詮索であれば、もう少し仲を深めてからしていただくと嬉しいのですけど」

 やんわりと質問を拒絶された。だが、場合によっては話しても構わないという意思表示でもあるように感じられる。実に人間らしい受け答えで、穹は少しばかりこの受付に好感を持った。

「じゃあ、名前ぐらいはいいだろ? これから世話になりそうだしな」

「そうでございますね」

 拒否する理由もないと彼女も思ったのか、手続きの手は休めずに、僅かな微笑とともに名を名乗る。

「アカネと申します。お見知りおきを」

「入力したんだからわざわざ名乗る必要もないんだろうが、御鏡穹だ」

 握手に応じれる状態でないのは目に見えていたので、軽く頭を下げるにとどめる。

「御鏡さんって案外手が早いんっすか? そう言う噂は聞いてなかったけどな」

「くだらないこと言ってると、試合中に脳天ぶち抜くぞ」

 登録しながら早速仲間割れをしそうになっている穹たちの間をぶった切るように着地を決めた小柄な人影。

「にゃおぅ!」

「で、登録ってのはすぐ終わりそうか?」

「ええ、二人分ですし、間もなく終わりますよ」

 そう言う間にも指は動き続け、やがて、今までよりもやや強くボードを押すと同時に静止。電子レンジのような間の抜けたチンッというサウンドエフェクトがすると、何かの機械からデスクの上に二枚のカードが吐き出された。

「完了です。こちらが穹さんの分。そしてこちらが……えっと――」

「覚えてないんすか」

 一条がズルリと脱力した。

「ああ、そうです。イチジョーさんですね、イチジョーさん。今初めて記憶しました」

「…………」

 大丈夫か、この受付嬢。しかし彼女は意に介した様子もなく、二枚のカードを穹たちに手渡す。

 描かれた図案は先ほどオーナーが機械にかざしたものとほぼ同様のもので、タロットの愚者だ。しかし、タロットの愚者と違うのはアルカナの番号を示す0ではなく、22であることと、他にもいくつか数字やら文字列が書き込まれていることだ。文字列の中には穹の名前もある。

「これが選手用のカードというやつか」

「そうにゃ」

「…………」

 アカネってこういう喋り方はしないと思うのだが。穹が首を捻っていると、思いっきり足を踏まれた。

「さっきから、意図的に無視してるでしょ!」

「あ?」

 穹は右を見て、左を見て、そして再び右を見る。

「幻聴か」

「いやいや御鏡さん、そろそろ無理ありますって」

「何がだ?」

「これですよ、これ」

 そう言って、一条は足元から何かを持ち上げた。小型のヒト科ヒト亜科に属し、白髪銀眼、グレーの制服を着崩した性別雌と覚しき個体だ。

「リトルグレイか?」

「確かに服はグレーでチンマイですけどね……流石に異星人ではないと思うんすけどね。まあでも、ここがそもそもどこか、っていう問いの答えによっては間違ってないのかもですね。うーん、結局どうなんすかね?」

「オレに聞くなよ。で、オーナー、こいつの問いに答えは返せるのかい?」

 穹は目の前のリトルグレイはひとまず置いといて、話を沈黙を保っていたオーナーに振る。

 オーナーは苦笑いして、

「そこについてはおいおい話すよ。でも今は、その子について紹介しよう。とはいえ、その子は私よりもここに長いからね。先輩と言えるんだが……」

「ハクだ。ここで受付の一角を任されている!」

 やたらと威勢がいい。穹は改めて色素の薄く見える小柄な少女を見下ろした。そして、アカネと見比べる。制服の形こそ同じだが、色の違いや態度の違いなど、差は大きい。そもそもこの暴れん坊の雰囲気を漂わせる少女が人の言う事を聞いて正確に事務処理できるのだろうか。

「意外と優秀ですよ? まあただ……」

 視線が泳ぐ。そしてそのままアカネは黙り込んだ。なんとも不安になる態度だな。

「まあいい。オーナーが言うには特殊な能力を得られるというのだが、それはいったいどうすれば?」

 妙な雰囲気になりつつあった場を変えるために、別の質問をアカネにぶつけた。だが、答えたのはリトルグレイことハク。

「にゃにを言ってる! すでに選手カードが発行された時点で習得してるにゃよ」

「なんだと?」

「ほれ、こうするとにゃ」

 ハクが穹のカードをさっとなぞるとその直上にボードが現れ、いくつものメニューが表示される。次いでその中から一つの項目を選ぶと、情報が表示された。

「これが今所持しているスキルにゃ」

「これが?」

 読んでみると、穹が所持している能力は、『硬度変化』というもので、物質の硬さを変えられる能力らしい。ただし、生物に適用するのは困難らしい。

「ふむ……」

 便利そうだが、使いどころに悩みそうな力でもある。障害物の排除などには威力を発揮できるだろうが、攻撃転用は……

「そうでもないか」

「にゃんだ。一人でニヤニヤして」

「なんでもいいだろ」

 小突いてくるハクの頭を掴んで押しのけ、一条へと目を向ける。

「お前はどうだ?」

「まあ、なんというか……後で見せるっすよ」

「そうか」

 なら、ここですることは、

「後は試合の登録か?」

「それは既に済ませましたよ。明日の試合ですし、能力になれるためにも一度部屋に戻られては?」

「そうだね。私たちも戻ろうか」

 オーナーに促され、穹たちは歩き出した。そのあとに付いてこようとするハクだったが、

「貴女は仕事でしょう? 待ちなさい」

 そうアカネに物理的に引き止められ、別のカウンターへと強制的に押し込められた。

「じゃ、戻ったら作戦会議っすね」

「そうだな」

 穹はカードを頭上にかざし、明日の戦闘に想いを馳せた。

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