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[彼方より、此方に来たれり。此方より、彼方に至れり]

 舞い落ち、朽ちた銀杏の葉を踏みしめながら、青年は歩く。その歩みは確固としているが、まとう空気は捉えどころがなく、夢幻なのではないかと錯覚させるほど。

 彼の名は御鏡穹みかがみ・そらという。

 その穹という青年を見つめ、いや、観察する者がいる。

「随分と遠い場所まで来てしまった」

 木陰に身を隠し、息も潜めていたのだがそんな独り言が漏れた。穹との距離はあったし、当然その声は届いていないはずだったが、

「そこに隠れている奴。いい加減姿を見せろ」

 観察者は身を震わせた。二つの意味で、だ。一つは純粋な驚き。二つ目は歓喜から。どのみち、いずれは姿を見せるつもりだった。彼は身を隠していた木陰から朽葉を踏みながら姿を見せた。


       □


 穹は視線の主が素直に姿を見せたことに幾ばくかの驚きを感じていた。かの者の隠形は完璧に近かったし、そのまま姿を隠し続けられば勘違いだと割り切っただろうからだ。

 だが、その肢体をつぶさに観察するうちに認識をやや改めた。身を隠していた時点で断然怪しいと言えるのだが、その身に纏う装束からすれば可愛いものである。身を隠されることは穹にとってある種の日常でもある。

 明るい茶の跳ねっ毛。口元にはいささか胡散臭い笑みが浮かんでいる。上衣は黒を基調として、肩と脇にオレンジのラインが入った短めのコート。その下にはオレンジ色のシャツが見えている。下衣は妙にぴったりとしたコートと似たような意匠のタイツのようなズボン。まあ、そこまではいささかの変態性が垣間見えることを除けば許容の範囲としよう。

 だが、

「それは……ヘルメットか?」

 そう思わず聞いてしまうものが頭部にあった。鈍い銀色が陽光を反射している。形状はヘッドマウントディスプレイに近いかもしれない。顔の上半分をすべて覆い、目の部分には横長の黒いガラス質のものがあるのみで、その中は伺い知ることができない。

「仮面、と思ってくれればいい」

 仮面ね。やや高い声の言う言葉を頭の中で反芻する。本人が言うのだから、それ以上突っ込むのも野暮だろう。そう判断し、質問を切り替えた。

「なぜ隠れてオレを監視していた?」

「どうしてだと思う?」

 口元に笑みが浮かび、楽しげに聞き返してくる。知るか、と思わず反駁しそうになったが、相手の思う壺かもしれない。一度息を吐き、穹は自身を取り巻く環境と相手の技量を秤にかける。

「依頼か標的か? いや、依頼だな。標的を前にしてだとすると、お前の態度は不自然だ」

 それが彼の手法かもしれないが、勘は否と告げている。それを裏打ちするがごとく、ヘルメット人間は乾いた拍手を送ってきた。そして、緩やかな歩調で距離を詰めてくる。

 変な真似をしたら一撃で喉を掻き切る用意はある。警告の意味も含めて殺気を送ると、奴は笑みを深くした。

「はじめまして。私はそうだね……差し詰めオーナーといったところか。そう呼称してくれ」

「オーナー、ね」

 肩書きと覚しきものを名乗り、名は明かさない。ヘルメットといい、正体を明かしたくない人物か。まあ、別段困るのは穹じゃない。

「ではオーナーとやら。標的、報酬、リミットを教えろ」

「……その前に質問いいかな?」

「一つなら答えてやる」

 返しに彼は真顔になり、

「蒼という人物に心当たりは?」

「…………」

 自分で、表情が険しくなったと理解できたが、制御は不可能だった。穹の表情をどう受け取ったのかはわからないが、彼は一度頷き、

「標的は都度指定。報酬は君の望むもの。リミットは……契約時から君もしくは私が死ぬまで。どう?」

 穹は黒いガラスに覆われた目元を睨みつけるように見つめる。だが、彼はどうじた様子もなく、だからと言って口元に笑みが浮かぶこともない。レンズの奥から感じる視線は穹の表情一つ見逃すまいとするかのような鋭いものだ。本気、か。

 実にふざけた依頼と思えるが、意外とそうでもない。つまるところ、専属契約ということだ。だが、報酬がふざけすぎだ。望むもの、ね。

「スカウトならそう言え。紛らわしい。だが、その提示条件はあまりにもオレを舐めすぎじゃないか?」

「そうかな? 私の出せる精一杯なのだが……例えば何が気に入らない?」

「望むものなどという曖昧な言葉で濁そうとするあたりだ。オレが真に望むものを与えうるということを証明できなければ、それはただの飾りで一文の価値もない」

 なるほどね、と彼は呟き、顎に手を当てる。しばしの黙考の後、

「なら言い直そう。君が望むだけの衣食住、娯楽を与えよう。これでどうかな? 条件としてはかなり明確になったと言えると思う」

「……言っただろう。証明できなければそれは飾りだと」

「じゃあ」

 にやり、と彼は今までで一番愉快そうな笑みを浮かべ、足元のマンホールの蓋をいとも簡単に開いた。どちらかというと華奢な体躯からは想像もできないことだが、それ以上に意図がわからない。

「ついてくるといいよ。私の仕事場や君の家になるかもしれないものがある」

 覗いたマンホールの中は暗く見通せないが、それは確実に地下へ続く道でないと思った。

 まるで不思議の国のアリスが落ちた穴だ。異世界に繋がっていると言われてもおかしくなさそうな。

 そんな穹の心を読んだのか、

「ワンダーランドがすぐそこにある」

 クスクスと笑い、彼はなんの躊躇もなく穴に飛び込んだ。

 穹はその姿が一瞬で掻き消えるのを目にし、ほんの少しの迷いの後に警戒だけは解かずにその謎の縦穴へと飛び込んだ。

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