1-7:塩と換金
キュアリーが店の中に入ると店の中では色々な香辛料の匂いが漂ってきた。しかし、不思議と不快な匂いではなくどちらかと言えば食欲を促進させそうな匂いであった。
「おお~~なんか見たこともない香辛料もある」
キュアリーは棚に並べられている壺の中を興味深そうに覗き込んでいく。唐辛子などは見た目でも理解できるが、粉状になった商品に関しては香辛料に詳しくない為見当もつかなかった。
「いらっしゃい、何が欲しいんだい?」
キュアリーが一個一個壺を確認しながらぶつぶつと呟いていると、店員が近くまで寄ってきた。そして、キュアリーがいくつか興味を持った物の説明を聞いていく。その間にチハルは店の奥で店長らしき恰幅の良い女性に挨拶をしている。
「御嬢さんお塩が欲しいのかい、最近中々物が入ってこないから販売量を制限させてもらってるんだよ、お一人様この量しか売ってあげられないがそれでいいかい?」
チハルと話していた女主人がそう話して小さな壺をキュアリーの前に置いた。
だいたい500gくらいかな?キュアリーは壺を持ち上げて重さを確認する。そして、壺の蓋を開け中身を確認すると、そこには綺麗に精製された塩がはいっていた。質も特に問題はなさそうである。
「ほんとはもう少し売っていただきたいんですけど、でもそういう理由でしたら我慢します」
そう言うとキュアリーは支払いをしようとして硬直した。現在の流通貨幣を所持していない事を思い出したのだった。
「あ、あの~この辺で貨幣を換金してくれる場所はありますか?」
「おや、他の国から来たのかい?いろんな国から人が来るから方々に換金所はあるけど通貨によっては換金できないから注意しなさいよ。あと、換金するなら2、3か所回ってから一番高いところに決めるんだよ」
女主人からそう忠告を受け又もチハルの案内で換金屋へと向かう。
「キュアリーさんはどこの国から来られたのです?」
「う~ん、どこというか、なんというか」
明確な返事をしないキュアリーに対し、きっと話したくない事情があるんだと勝手に誤解したチハルが早々に話題を変えた。キュアリーは別に意図して話をはぐらかした訳ではない。実際にどう説明したらよいか思いつかなかっただけだったのだが。
一件目の換金屋へと辿りついた。換金屋といっても人の往来、物の往来が盛んでなければ通貨の換金自体はあまり利のある物ではない。その為商人は別の国に行ったら持って来た物を売り払い、次にそのお金で買えるだけの商品を買って本国で売り払う。この時にはじめて具体的な利益が出るのだった。
いわゆるお金からお金へと変更する換金は主流ではない、なんらかの理由でやむなく自国の通貨で買い物をしないとならなくなった者が利用する。この為、不平等換金が主流となっていた。
換金屋=銀行みたいなイメージを持っていたキュアリーは目の前にある換金屋を見て驚きの表情を浮かべた。
「なんか換金屋ってすっごい怪しい佇まいですね」
入口の両側には明らかに堅気ではありませんといった雰囲気の護衛が立っている。
お金を扱う場所なのだからある意味当たり前ではあるのだろう。しかし、明らかに良くて貸金業、悪く言えばまぁそこはという場所と化している。
「ちょっと換金する気が失せてきたけど、換金しないと話にならないんだよね。まぁ行きますか」
「え、えっとわたしは香辛料屋で待ってようかなぁなんて」
顔を引きつらせてチハルはそう告げた。
「ん?3件は回れっておばさんが言ってたからチハルさんには着いてきて欲しいんだけど?」
キュアリーの首を傾げて真摯な眼差しっぽい何かを受け、断る事が出来ずにチハルはビクビクしながらキュアリーの後へ続いて店の中へと入って行った。この時、キュアリーが意図してこのような行動をしたのかはわかっていない。
「ようこそいらっしゃいました。換金をご希望ですか?」
店に入ると、一人のエルフが待ち構えていた。店内は対面式のカウンターが1か所、あとは待合席が4個しか用意されていない。そして、これ見よがしに巨大な金庫のドアが聳え立っていた。
「はい、これを現在の通貨に換算するいくらくらい貰えるのか教えてください」
キュアリーが古代金貨を10枚ほど店主の前に並べて置いた。
店主は、一瞬目の色を変えた、しかし、すぐに平静を取り戻してキュアリーへと顔を向ける。
「これは不思議な金貨ですな、ふむ、、重さもそう悪くはありませんな」
そう呟きながらも手元の天秤に錘を入れ、金貨の重さを図る。そして、その重さを図った後、丁寧に金貨を重ねた。
「失礼ですが、この金貨は何処で手に入れられたのですか?」
店主が金貨を机の上に並べて尋ねる。しかし、言葉とは裏腹にその視線は決して油断できない光を放っていた。
「家にあったものを持って来ただけですが?それで換金するとどれくらいでしょうか?」
「そうですな、これはどこかの国で使われている金貨ではありません。その為、実質記念メダル的な意味しかありませんね、ですから、そうですなこの金貨1枚で銀貨10枚、今全部で10枚ありますから金貨1枚といった所ですかな」
銅貨10枚で大銅貨1枚、大銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で大銀貨1枚、大銀貨10枚で金貨1枚、金貨10枚で金板1枚というのが今の通貨単位となっている。そして、金貨1枚は街の衛兵の給与1か月分に等しい。
「わぁ!結構しますね」
チハルは価格を聞いて驚いてそう言った。店主の視線がすかさずチハルへと向けらる。そして次に探るような視線をキュアリーへと向ける。キュアリーはそれに気が付いていたがそれを口に出すことなく主人へと口を開いた。
「ありがとうございます。でも換金は他のお店も聞いてからにしますので」
キュアリーがそう告げると、途端に男は焦りだした。
「え?他の店ですか?そ、それなら10枚まとめてくれるなら金貨1枚に大銀貨2枚つけましょう!」
あっという間に2割増しになる。しかし、その様子にキュアリーは明らかにぼられている事を悟った。
「いえ、お母さんにも買い物は、買うにも売りにも最低3件のお店で価格を調べなさいって言われていますので。ね、チハル」
店の主人を無視してそうチハルに言うと、チハルも漸く現在の状況を理解した。
「あ、はい、そう言われてました」
キュアリーは手早く机に広げられていた古代金貨を纏め、袋へと入れた後席を立った。
「ありがとうございました、お手数おかけしました」
「ありがとうございました」
キュアリーは店を出るときにそう挨拶をした。チハルも慌てて挨拶をする。そして、そのおかげか入り口に立っていた男達もすんなりと二人を通した。
「あの、キュアリーさん、あれってやっぱり騙されてたんですか?」
店から大分離れた時、チハルがそうキュアリーに尋ねた。そして、キュアリーはその質問に頷きながらも先ほどの換金屋へと意識を向けている。そして、もう換金屋が見えなくなる寸前で立ち止まり店をじっと見つめていた。
「あの、なんかありました?」
「う~ん、取り越し苦労だったらいいのだけどね」
そう答えながらも遠くに見える店を見つめ続ける。そして、しばらくすると店から数人の男達が駆け出していくのがかろうじて確認できた。そして、キュアリーはそれを確認したあと、チハルへと向き直る。
「ごめん、さぁそれじゃ次のお店に行こうか」
チハルは訝しげにキュアリーを見ていたが、キュアリーが特に何も話してくれないのを感じて溜息をつきながら歩き始めた。
やっぱりキュアリーは換金するのを忘れていたんですね!
それにしても、香辛料屋さんは親切な人ですね、こういう人がまだまだいるんです!
エルフだって悪い人ばっかりじゃないんですよ!
悪い人はきっと目立ちすぎてるんですw