1-6:ルルと愚か者達
キュアリー達が駆けつける要因となった者達、それはエルフの中でも比較的若年者で構成されているエルフ警邏隊であった。本来、森の中で異常が発生していないか巡回する為の部隊である。その為、街中で何か騒動を起こす事は少ないし、街中での権限も与えられていない。しかし、エルフの若年者達は戦争中の偏った教育により人族、魔族に対し偏執的とも呼べる敵意を抱いていた。この事が遠因とはなる。
本来今回発生する騒動は発生するはずの無いものであった。エルフ警邏隊のメンバーが人族の集団と関わりをもつ事は余程でないかぎり有り得ない事である。そして、この原因は門の前にいるはずの衛兵がいない、そして明らかに何かがあったと思われる状況。これらによって起因されていた。
森の警備より帰還した警邏隊PTが街の門付近が騒然としている事に気が付いた。衛兵がいない、その為門の入国管理は正規兵が行っていた。この事に異常を感じた彼らは、当たり前のように周辺にいた者達から断片的に情報を得たのだった。問題は、その情報が纏まった時、真実と懸け離れた物になった事である。
彼らが纏め上げた情報は、門を破ろうとした人族と衛兵が戦闘になり犠牲が出た。エルフ側に死人すら出た。そして、その人族の犯罪者達は一部を宿で拘留し、主犯は行政府へと連行された。っといった情報に代わっていた。なぜかキュアリー自身に対する情報は所々にあるが余り語られず、誤報として処理をされたのだった。
人族の犯罪者と聞き彼らはその犯罪者達が再度暴れないように監視するという名目で宿へと向かう事に決めた。しかし、監視するだけにしては殺気が溢れすぎていた。
その警邏隊が宿へと近づくと宿の前に横たわる大きなルーンウルフを見た。未だかつて見た事のない魔物に驚く中で、それでも見たことが無い故に所詮ウルフと侮ってしまった。さらには宿の前にいる為危険は無いと判断しそのまま宿へと近づいて来た。
ルルは、近づいてくるエルフ達から漂う殺気に反応し体を起こした。そして、警戒の唸り声を上げる。
「グルルルル」
警邏隊PTは突然身を起し唸り声を上げ始めたルルに驚き、思わず数歩後ずさった。そして、その自分に腹を立てる。
「くそったれ、脅かしやがって」
先頭に立つエルフが怒りに顔を赤くさせルルを睨み付ける。しかし、逆にルルに睨み返され更に後ずさる結果となった。
「こ、こいつ強いのか?」
「わからない、ただ色からしてフォレストウルフではないようだが、亜種か?」
そう話しながらも腰に吊るした剣を引き抜こうとした。しかし、その瞬間ルルから放たれる殺気が更に増大し体を硬直させた。
「これはまずいな勝てる相手じゃない」
そう告げるメンバーに対し、硬直したエルフはその事にさらなる油を怒りへ注ぐ。そして、自らの怒りのままに精霊魔法を唱え始めた。他のメンバーは、そのエルフが何の呪文を唱えているかに気が付き、慌てて止めに入ろうとする。とても街中で唱えるような魔法ではなかったのだ。
「馬鹿!なに頭に血を登らせてるんだ!」
「こんな街中でそんな魔法を!」
「カイル何考えてるの!」
同じPTの者たちが慌てる中、その静止などまったく耳に入らずそのエルフは精霊魔法を唱えた。
「我は求める憤怒の鉄槌!」
怒りのままに唱えた呪文が形を成す。だれもがそう思い身構えた。防御魔法を唱えた者もいる。しかし、皆の予想に反して魔法は一切発動する気配がなかった。
「・・・馬鹿な!なぜ発動しない!」
「ばか!この場合発動しなくて助かったんだよ!」
そう叫んだ長身のエルフが呪文を唱えたカイルの頭を殴った。
「いてぇ!何すんだよ!」
「馬鹿野郎街を破壊するつもりか!」
ドカッ!グワシャ!
そう告げる長身のエルフがカイルへと意見をしようとした時、何か音がしたと思うと目の前からカイルの姿が消えた。
「へっ?」
そう呟いた時、カイルのいた場所には先ほど宿の前にいたルルが前足を横殴りにしたような態勢で静止していた。カイルは、その前足の先へと視線を向けるとカイルが壁にブツカリ倒れている。そして、腕が曲がってはいけない方向に曲がっているのが確認できた。
「う、うわぁ!」
驚きの声を上げるとともに、長身のエルフは後方へと飛び下がった。
そして、他のメンバーもようやく状況が掴めたのか慌てたように武器へと手を掛けた。
ストン、バキッ!グワシャ!
ストン、バキッ!グワシャ!
同じような音が更に4回続いた。それぞれ武器へと手を掛けた警邏隊PTのメンバーが等しくルルに殴り飛ばされ壁へと打ち付けられる。
驚きで初動を行う事の出来なかった長身のエルフのみが被害に会っていない。そして、何が起きたのかを理解できた長身のエルフは指一本動かすことが出来ない。
ルルはしばらくそのエルフを眺めた後、敵対行動をとる事がなかった為軽く跳躍を行いまた宿の入口へと移動した。そして、最初の時と同じように入口を塞ぐように蹲った。
「あ、あ・・・」
ただその場に座り込んでしまう長身のエルフ。そして、それを見ていた群衆から数人のエルフが飛び出し壁に叩きつけられたエルフ達の元へと駆けつけた。
「命はあるぞ!」
「大丈夫だ、こっちも死んでない!」
そんな叫び声が周りで響き渡った。そして、その様子を見ていた正規軍の兵士達も駆けつけてくる。
「なんだ!何が起きた!」
「あの魔物の仕業か!」
兵士達が武器を構えルルへと近づいて行った。そして、悲劇は続く。
キュアリーとアリアが宿へと駆けつけた時、そこには広場中に呻き声、泣き声、悲鳴などが溢れかえっていた。広場の至る所で兵士達が腕や、足を在らぬ方向に曲げ体を丸めて倒れ伏している。
キュアリーが宿へと向かうと、宿の入り口ではルルが尻尾を大きく振ってキュアリーの帰還を喜んでいた。広場に転がる兵士とは違い、傷一つ負った気配は無い。
「ルル、何か問題はあった?」
「ヴォン!」
「そっか、問題無だね、よかったよかった」
そう言ってキュアリーはワシワシとルルの頭を撫でてやると、ルルは目を細めて頭を更にキュアリーへと押し付けてくる。そんなほのぼのとした光景とは裏腹に、アリアは広場の惨状に大慌てで走り回っていた。
「な、何が起きたんですか!ああ、誰か治癒士を早く呼びなさい!急いで!」
突然の出来事に思いっきり動揺しているアリアは明らかに治癒士の格好をしているキュアリーの事をすっかりと忘れていた。
忘れていたというよりキュアリーと治癒が結びつかなかったのかもしれないが。
そして、キュアリーも薄々何が起きたのかを理解していた。そして、その為に自分から治癒を施す気はまったくなかった。一見したところ死ぬような怪我を負ったものも見えなかった事も要因の一つである。
「あ、あの、これは何が起きたのでしょう?」
セリーヌが恐る恐るキュアリーへと尋ねた。まさか目の前にいる巨大な狼が全てを行ったとはとても考え付かなかった。
「さぁ?何があったのかな?とにかくみんなに滞在許可証が貰える事を教えてあげないとね」
そう告げるとキュアリーはルルを伴ってさっさと宿の中へと入って行く。セリーヌも慌てて着いていくが、アリアはそれどころでは無かった。
キュアリー達が宿の中へと入ると一階の広間の奥では人族の女性も、子供も、それどころか獣人の主人から店員、はたまた他の客まで一塊になって縮こまっていた。
その様子をキュアリーは怪訝な顔をして見つめる。そして、セリーヌは仲間である女性と子供の元へと急いで駆けつけた。
「どうしたの?大丈夫?」
セリーヌに気が付いた子供達は、セリーヌにしがみ付いて泣き始める。6人もの子供にしがみ付かれオロオロとするセリーヌを見てキュアリーは優しい笑顔を見せる。他の者達はその笑顔を見てようやく緊張の糸を解いた。
「あ、あの、外から来られたのでしたら、外で何が起きていたのか教えていただけますか?」
宿の主人がキュアリーへと問いかけてくる。その問いかけにキュアリーは首を軽く傾げて答える。
「何か起きてたんですか?今行政府から戻ってきたのでぜんぜん解ってないんですけど?」
「そ、そうですか、窓から見ると何人も兵士が倒れていて、ただ悲鳴と物騒な音が聞こえるだけで」
そう告げる宿屋の主人の尻尾は足と足の間に入り込んでいる。
「今は騒動は収まったみたいですよ?普通に入って来れましたし」
キュアリーのその言葉に、広間にいる全員が安堵の息を吐いた。そして、何人かの客は恐る恐る窓へと近づき外を覗いている。ただ、その表情は決して明るくは無い。
「セリーヌさん、あたしはちょっと出かけてきます。何かあったらルルに言ってください」
「は?あ、あの、その狼さんにお話しするので?」
戸惑いの表情を浮かべるセリーヌに、まったく疑問を思うことなくキュアリーは頷く、そしてルルへと話しかけた。
「ルル、お留守番よろしくね」
「ヴォン!」
そう告げるとキュアリーは足早に扉の外へと出て行った。
キュアリーが扉の外へと出ると、白いフードを身に着けた治癒士達が右往左往している。しかし、その様子を尻目にキュアリーは街の中心方向へと向かった。もちろん、その中心で叫んで指示を出しているアリアの姿もあったが、特に気にした様子はなかった。
「普通街の中心方向にあるんだけど、さっきは見かけなかったからなぁ、問題は右か、それとも左か」
そんな事を呟きながら、キュアリーが街の中心にある泉の広場に辿りついた。
「エルフの街は木の上にお店があったりするからなぁ、解り辛いんだよね。もっと解りやすい街並みにしてくれればいいのに」
そんなエルフにあるまじき発言をしながら周りをキョロキョロと見回している。そして、見回していてもまったく目途が立ちそうに無い為目の前を丁度通ったエルフへと声を掛けた。
「あ、すいません、この辺に香辛料を売ってるお店はないですか?」
「え?香辛料ですか?」
突然声を掛けられた少女は、驚いた様子で振り返った。そして、キュアリーを見た途端全身で固まってしまった。
「はい、香辛料を切らしちゃって買い出しに来たんですけどって、あの?聞こえてますか?」
少女の目の前で数回手を振ると、ようやく少女が再起動した。
「あ、は、はい!香辛料ですね!あ、あのご案内します!」
やたらと意気込む少女に首を傾げながらもキュアリーは案内してくれるならその方が楽だと判断した。
「ありがとう、初めてこの街にきたので何処に何があるかぜんぜん解らなくて」
そう言って微笑むキュアリーに、その少女は更に顔を赤くしながらも先に立って歩き出した。
「初めてなんですか、この街はどんどん大きくなってますからちょっとゴチャゴチャしてますから、あ、あたしはチハルって言います。よろしければお名前聞いてもいいですか?」
チハルがそうキュアリーへと話しかける。そして、キュアリーはチハルと名乗る少女のそれこそ日本っぽい名前に興味を持った。明らかにこの世界で普通に付けられる名前ではない。
「あたしはキュアリーって言います。チハルさんですか?不思議な響きのお名前ですね」
「あ、はい、わたしのお婆様が異世界の出身だったっていう話なんです。で、お婆様に付けていただいた名前なんです!」
少女はそう嬉しそうに名前の由来を告げた。キュアリーはこっそりとサーチでチハルのステータスを確認するが、普通のエルフに比べそう飛びぬけて高いという訳ではなかった。ただ、この時にキュアリーがエルフの基準にした数値はかつて一緒に戦ったエルフ達が基準となっていた。この為、今のエルフ達の中ではチハルは飛びぬけて数値が高いと認識されている事には気が付かなかった。
「キュアリーさんはやっぱり聖女様からお名前を取ったのですか?」
チハルのスキルを確認していたキュアリーは、ここで思わぬ事を言われてキョトンっとした顔でチハルを見た。
「えっと聖女様ですか?」
「はい、かつて世界を守ってくれた伝説の聖女様です。あの、違ってました?」
チハルの思いもよらぬ発言が続き、キュアリーは更に混乱して行く。
聖女?世界を救った?伝説?なんかこれ以上聞かない方がいいような?
思わず顔を顰めて考え込むキュアリーをチハルは不思議そうに眺めた。そして、最後の爆弾を落とす。
「あ、ごめんなさい、キュアリーさんと同じ名前の友人が結構いるんですよ、みんな由来は聖女様だったから、中には似合わないからって嫌がる友達もいますけどキュアリーさんだったら見たまんま聖女様みたいですから!」
力説するチハルの言葉を聞き、キュアリーは愕然とした。
同じ名前がいっぱい!それってどうなのよ!
キュアリーは思わず叫びそうになった。しかし、なんとかそれを堪えて歩くと、ようやく香辛料の店に辿りついた。
「あ、ここです、香辛料のお店。何を買われるんですか?」
「あ、うん塩が切れちゃって。結構溜め込んでいたから問題なかったんだけど、ついに先日最後の壺に手をつけちゃって」
そう話しながらキュアリーは店の中へと入って行った。
はてさて、キュアリーという名前のキャラクターがわんさか出てきたらどう収拾をつければいいのでしょう?
でも、普通に昔の偉人の名前を子供に付けたりしますよね?
そうは思うのです、でも、わざわざ苦労を背負う羽目になりそうな事を書いてしまったという気持ちが抜けません。だって、書いたからにはどっかで出てきますよね?同名の人・・・