1-68:獣人さんがお家の前に集まっていた
人とはいつの時代においても自分の物指でしか物事を計る事が出来ない。
これは昔から良く言われている言葉であった。
そして、その事を実感した時は、得てして大失敗を仕出かした後である。後の祭りである。
ドワーフ達がその事を実感できたかどうかは不明であるが、自分達の目論見が大きく軌道修正させられた事は確実である。
「さぁ、いくよ。ここを潜ると一気にマナが少なくなるから注意してね」
キュアリーは自分達の後ろを歩くドワーフ達にそう声を掛ける。
そのドワーフ達は、見るからにボロボロになった所々焦げた装備を身に付け、これが今の流行なのか全員がアフロヘアーで異様な雰囲気を醸し出していた。
「む、扉が開いておる」
彼らの目の前には長く閉ざされた姿しか見た事の無い扉が、今や大きく開かれた状態で佇んでいるのが見えた。そして、その門からは彼らが見ている間にも、ホーンラビットなどの魔物達が現れては森の中へと駆け抜けていくのが見える。
「私が先頭で行くからきゅまぁは最後尾をお願いね」
「うん、そしてらバズさんから順番に通ってね」
「わ、わかった」
「門を出た先が今どうなっているかは解らないから一応警戒してね」
キュアリーは自分の後に続くバズ達ドワーフに注意を促しながら門を潜って行く。
その後ろをバズが、その後ろを4名のアフロドワーフが着いていき、最後にきゅまぁが通り過ぎる。
エルフ2名とは違い、ドワーフ達の表情には欠片も余裕が感じられない。
「おっと、まぁ私達はまったく眼中になさそうだなこれ」
門を出た瞬間に目の前から門へと走り込もうとしたフォレストホークを屈んで躱し、キュアリーは門の外の様子を伺う。
「おお、出て来たのじゃな、あちらはいかがかな?」
頭上から声を掛けられるが、キュアリーはそれを一切無視して門の前の空地へと足を進めた。
「これは、確かに体感できるくらいにマナが薄いぞ」
「こんな事が本当にあるとは」
ドワーフ達皆は驚きの表情を浮かべる。
そんなドワーフ達を他所に、キュアリー達はこちらへと流れ出ているマナの状況を確認していた。
「これって不味いよね、マナの流出を止めた方が良くない?」
「う~~ん、門を閉じれば止りそうかな?でも、閉じるとそれはそれで問題だよね?」
砂漠に僅かに漂う水の匂いに集まってくる生き物の様に、この門を目指してどれだけの生き物が移動を始めているのか。その状況で突然マナを遮断しては混乱を更に拡大させる事と成りそうであった。
「でも、もしまたドラゴンがやってきたらまたつっかえそう?」
「う~~ん、キャンディーあとどんだけあったっけ?」
きゅまぁは自分のアイテムボックスの中身を確認している。
しかし、そもそも比較的大きめに作られている門ではあるが、人外に対応してはいない。
ドラゴン以外の巨大生物が来れば同様に門を塞いでしまうだろう。
「門を大きくするしかないかな?でもそんなに簡単に大きくは出来ないよね」
「う~~~ん、爆破してみる?」
酷く軽い調子できゅまぁが物騒な提案を行う。
「ま、待たれよ、ほれ、なんじゃ、他に方法もあろうに」
「「え?あるの?」」
キュアリーときゅまぁが揃って疑わしそうな眼差しを門へと送る。
「う・・・・・・」
黙り込む門に対し更なる疑いの眼差しを送るキュアリー達であったが、ともかく今はエルフや獣人達の状況をドワーフと共に確認へ向かった。
「破壊した後に閉じる方法も考えないとね」
「閉じれないと最悪ですもんねぇ」
去っていく二人の後ろ姿を門のガーディアンは見送るのだが、その眼差しはどことなく涙目のように感じられた。
そんな二人は塔を経由してエルフの村へと向かうが、塔の前にある広場に到達した時大勢の獣人達の姿が見えて驚きの表情を浮かべる。
「ちょっと想定外、結界が作動していないから有りうる事ではあったけど」
「おお、良く此処まで入れたね」
塔を中心にしてある程度のスペースは広場と成っている。しかし、そもそもプライベートスペースである事も有りその広さは数十人も入ればいっぱいいっぱいであった。
そして目の前では、その狭いスペースに最低でも200名以上はいるのではと思われる獣人達が犇めき合っていた。
「不味いね、塔の中にも入れてる?」
キュアリーが鋭い眼差しを集団へと向けるが、塔の扉は一応閉じられている。
もっとも閉じられているからと言って中に人が入っていないとは限らない。
「まだ私物の整理ぜんぜん出来てないんだけど」
「うわぁ下着脱ぎ散らかしてたり、見られちゃ駄目な物とかそのまんま?」
一件心配しているように見えて目を異様にキラキラさせて問いかけるきゅまぁを無視するキュアリーであるが、その内心では結構焦っていたりする。
大丈夫よね?何か出しっぱなしにしてたっけ?
そんな事を思いながらも今起きている状況をどう収拾すれば良いのか何も思いつかない。
「爆破する?」
「爆破爆破言うのは止めなさい」
そう言いながらも状況は混沌としている、そして二人の後ろではドワーフ達がボソボソと小さな声で話し合っていた。
「おい、予想以上に多いな」
「しかし、あれを味方に付ければ勝ち目があるんじゃないか?」
「獣人は単純だからな」
何か勝手な事を発言しているなと思いながらも、そちらを無視して広場へと足を進める。
獣人やドワーフに比べ華奢なキュアリー達がまるでお祭り会場の様にギュウギュウに詰まった中を進むのは非常に難しいが、二人はその中を強引に腕力で掻き分けていく。
ドワーフ達も慌ててその二人の後を進もうとするが、そもそもドワーフ達は背が低い為に今度は視界が遮られて人混みの中で方向を見失ってしまう。
「何じゃ、どこへ行けば良いのだ」
「おい、バズはどこだ!」
「塔を目指せばよい!」
「そもそも塔が見えん!」
ドワーフ達が芋洗いされている間にもキュアリー達はどうにか塔の前へと姿を現した。
「これはキュアリー様、お待ちしておりました」
集団を掻き分けて近づいてくる者がいる事に気が付いていた獣人達は、若干警戒しながらその様子を見ていた。そして、出てきたのがキュアリーで有る事に安堵し、その後ろに着いてきたきゅまぁを見て怪訝な表情を浮かべる。
「貴方達はどうしてここに?」
相手の挨拶に返事を返す事無く、キュアリーは率直に尋ねる。ただその態度に一部の獣人が不快感をあからさまに浮かべるが、それを視線で宥めユーリは今の状況をキュアリーへと説明した。
「エルフの村の前に駐留するには我々の数はいささか多いようです。その為、エルフ達も苛立ちを見せ、あの場所にそのまま留まるよりは移動した方が良いと判断致しました。幸いにしてドラゴン達が通った跡を通る事が出来ましたので、比較的容易にここまで来る事が出来ました」
「そう、それでこの後はどうするの?」
「それが、当初私達が考えていました塔と、今の塔とでは明らかに状況が変わっているようで」
困惑を浮かべるユーリを見ながら、そもそも獣人達が目指して来たのはこの塔であった事が容易に察せられた。
「そうね、少し前まではマナが塔から拡散されていたからね」
今何が起きているのか説明する事無く、キュアリーは相手が今何を望もうとしているのかを見極めようとしていた。それでいて、今この場所まで進んできた事をいささか失敗だったかとも考えていた。
「私達は安住の地を探し求めております。ただ、その為に無理な危険を抱え込むつもりはありません」
キュアリーの警戒を感じユーリはそう告げるが、ユーリを取り巻く獣人達は明らかにキュアリーを警戒していた。
その時、漸く人混みを抜けてドワーフ達がキュアリー達の所へと現れた。
「え?ドワーフ?」
まったく予想していなかったドワーフの登場にユーリを含め獣人達は驚きの声を上げる。
そして周囲から上がる声に、ドワーフ達は困惑の表情を浮かべて周りを見回すのだった。




