1-65:追いかけっこは終わらない?
「あ~~~、すっごい体中が強張ったような気がする!」
変身キャンディーをステータス画面で強制解除したキュアリーがぐぐぐっと体を伸ばしながら声を出す。
その様子を苦笑しながら眺めるきゅまぁはドワーフ達に治癒魔法を掛け始めた。
「それにしても何が起こったんですか?ドラゴンさんを止めに行ったはずなのにドラゴンさんこっちに来ちゃってます」
ドタドタ暴れているドラゴン達の様子が気になるのかチラチラ見ながらドワーフ達の怪我の治療を進めるきゅまぁであるが、キュアリーは若干肩を落しながら力なく呟く。
「うん、物事って予定通りいかないのよねぇ」
「意味が解んないですって」
本当に疲れた様子のキュアリーに苦笑を浮かべるきゅまぁであったが、とにかくあちら側の騒動は落ち着きそうなんだとこちらも肩の力を抜く。
「それにしてもこっちでマナが補給できたからかな?前より一回り以上大きくなってるね」
「そうなんですか?ドラゴンってだいたいあんな感じじゃなかったでしたっけ?」
そもそもの騒動を知らないきゅまぁは今までの記憶からそれ程違和感を感じていないようだ。
しかし女王様ドラゴンのみならず、他のドラゴン達も漸く体つきがよりドラゴンらしい威容を醸し出している。もっともドラゴン間でギャーギャーガウガウやっている為に残念感が漂ってはいるのだが。
それでも、先程までの下剋上は収まったのか、本来の立場を再確認したというか、ドラゴン達はそれぞれに立ち位置を定めた様だ。
「グルルルル」
取り巻き達に囲まれた事で女王様ドラゴンも落ち着きを取り戻し、周囲へと視線を向ける余裕が出来たようで先程から何かを探しているような挙動をする。
その動きにキュアリーは一抹の不安を感じはするが、ともかくきゅまぁが治癒したドワーフ達を協力して隅っこに集める。
「うわぁ、でもまだ麻痺ってるってすごいね。魔法耐性が少ないのか、はたまたINTの数値が低いのか、まぁ両方の可能性もあるけど」
「何か棒でツンツンしたくなりますよねぇ」
何気に外道な発言をするきゅまぁだが、そこに悪意は欠片も無い。
ドワーフ達がキュアリーやきゅまぁの発言に抗議をしようとしているようではあるが、麻痺している為何を言っているのか聞き取ることが出来ない。
ただドワーフ達を弁護するとするなら、そもそものレベルがきゅまぁと大きく違う。そしてキュアリーも気が付いていないがきゅまぁとキュアリーが戦った場合、ステータスの数値だけで言えばきゅまぁが圧勝する。
それは長きに渡り塔に引き籠っていたキュアリーと、各地を彷徨っていたきゅまぁとで今や大きくレベルのみならずPSにも隔たりがあるからだ。もっともきゅまぁの性格とパッシブスキルのドジっ子が有る為勝敗は不透明になるのではあるが。
その為、ドワーフ達にとってきゅまぁのサンダー系攻撃はほぼ100%の確率で麻痺が入る凶悪な物と成っていた。
「ドワーフさん達どうしましょ?」
首を傾げながら口元に人差し指を当ててう~~んと悩むきゅまぁ。その姿に緊張感の欠片も感じられない。
「ここに放置しても良いけど、まさかとは思うけどドラゴンさん達のご飯にされちゃったら寝覚めが悪いよね」
「ですねぇ、でも固そうだし、美味しく無さそうだから大丈夫かも?」
「結構きゅまぁも言うようになったね」
「えへへ、がんばりました!」
「何を!?」
訳の分からない遣り取りをしている二人であるが、今一つドラゴンの生態について詳しくない。そもそもドラゴンがドワーフを食べるかどうかの判断がつかないのだ。別にドワーフ達に恨みも無いし、騒動の種を持ち込んだという意識は多少はある。
それに今後の事を考えればドワーフ達と友好的な関係を結べれば良いなという気持ちもある。
「「「「「う~~う~~う~~~」」」」」
二人の会話に一斉に抗議の声を上げるドワーフ達を見ていると中々にそれも難しそうではあるのだが。
「キュアリーさん、ところでルルちゃん達はどうしたんですか?一頭も見当たらないんですけど」
きゅまぁの指摘で周囲を見渡すが、確かにルーンウルフ達の姿が無い。
「あれ?ルル達どこいった?」
「ルルちゃんはこっちに来たんですか?」
「えっと、あ、来てないかも?」
二人で顔を見合わせるが、もちろんお互いの顔を見ても答え何か出る訳がない。
「ともかくあっちの世界に戻ってみるしかない?」
「でも、ドワーフさん達は?」
「ギャルルルン?」
「「え?」」
キュアリーの真後ろからすっごく生臭い臭いがするのと、生暖かい空気が感じられる。
そ~~と二人が音のした方向を見ると、おっきなおっきなドラゴンの顔が有った。
「あ、そっか、私って変身解けてからもバッチリ姿見られてたわ」
「え~~~っと、わたしは関係ないですよ?」
薄情にもきゅまぁはジリジリと後ろへと後ずさる。キュアリーはキュアリーできゅまぁを巻き込もうとするが、そこはきゅまぁの危機感知能力が勝ったのかすでに射程圏内から脱出していた。
「えっと、えへへ、あれは助けようと思ったんだよ?」
ピクピク笑顔を引き攣らせながらも、ゆっくりとドラゴンの顔から遠ざかろうとする。
そのキュアリーの視界の片隅ではきゅまぁが麻痺したドワーフ達の影に隠れるようにして此方を見ている。
その眼差しはキラキラと輝きを放ち、その口はゆっくりと音を立てずに言葉を紡ぐ。
(がんばって!巻き込まないでね!)
キラキラした眼差しでキュアリーを見つめていたドラゴンは、しばらく鼻をスンスンさせた後ニッコリと口元を笑顔のように歪ませた後、ぱっくりと大きく口を開けた。
「う、うらぎりもの~~~~」
バクン!
キュアリーは口が閉じられる前に叫びながら逃走を始める。その後ろではきゅまぁがなぜか小さく肉球の絵柄の付いた旗をパタパタと振っているが、キュアリーには見ている余裕は無い。
女王様ドラゴンはそんな逃走するキュアリーの後ろを頭を下げて口をバクバク開閉させながら追いかける。
「ちょ、ちょっと!助けてあげた、じゃない!」
ヒョイヒョイと器用にドラゴンの噛みつきを左右に避けながら、キュアリーは必死に走り回るが、明らかに余裕は感じられない。
「ギャルルル」
キュアリーの言葉に返事を返す女王様ドラゴンであるが、その目は決して笑っていないというか明確な殺意が感じられる。助けられた云々は別として、何かすっごい尊厳を傷つけられた事があったのだろう。
「こ、この~~~~!」
しかしドラゴンの女王様は女王様で少々頭に血が上り過ぎていた。それこそ相手が生半可な相手でない事を完全に失念していた。
ドラゴンの口を咄嗟に地面に転がりながら避けたキュアリーは、強引に体を捻りながらもその閉じられようとしている口の中へと何かを投げ込んだ。
ピカッ!
そしてその瞬間に女王様ドラゴンの巨体が周囲に光を発し、その光が収まった跡には一匹のレッサーパンダがポケ~~とした表情で座り込んでいたのだった。
「キュキュキュ?」
右を見て、左を見て、そして地面に転がって自分を睨み付けるキュアリーを見返したレッサーパンダはクルリと後ろを振り返ってキュアリーから遠ざかろうとする。しかし、その眼差しの先にはとっても熱い眼差しを注ぐ雌ドラゴン達がいた。
「シャーーシャーーー」
その眼差しをじ~~~と見返した後、雌ドラゴン達を数回威嚇し、またクルリと体を回転させてキュッキュと鳴きながら未だ地面に倒れているキュアリーの足元に駆け寄って頭を摺り寄せた。
「クルルル?」
黒い円らな眼差しで見上げるレッサーパンダは相変わらず凶悪な可愛さではある。
しかし、元が何かを嫌という程に把握し、先程まで追いかけっこしていた立場からはどうしても注ぐ視線は冷たくなるのも仕方が無いと思う。
「じ~~~~~」
思わず声を出してレッサーパンダを見返すキュアリーに対し、レッサーパンダはチラチラと後ろのドラゴン達へと視線を注ぎながらもキュアリーの体にガシっとしがみ付いた。
そしてそれは新たな追いかけっこの序章だった。
「うわ~~~~ん、ドラゴンって実は鳥課だったりしないよねぇ!さっきの教訓ぜんぜん生きてないって!」
ドタドタとドラゴン達に追いかけられるキュアリーだが、相も変わらずドラゴン達の足の引っ張り合いで危機的な状況をなんとか回避している。そして視界の外では、なぜかきゅまぁとドワーフ達が揃って肉球の旗をパタパタと振って応援しているのだった。




